第8話運命の扉

 あ……。

 俺、死ぬのか……。

 身体が浮遊しているのがわかる。


 しかし、どこも痛くはなかった。


 トラックに思い切り轢かれたのに?

 死ぬ瞬間ってそういうものなのか?


 でも……。


 いいか。


 誰も心配するわけないし。


 それに、母さんとも逢える。


 …………母さん、俺……。

 母さんを喜ばせられたかな…。




「悠大くん!!」




 遠くからの声に気づき、目を覚ました。


 先には真っ白の天井。そして、海藤母娘の姿があった。


 ここ…病室か……?


 前後左右に視線をやる。

 頭に手を置くと、包帯が巻き付いていた。


 すると、その行動も全部見ていた海藤は涙を流した。所謂、嬉し泣きってヤツだろう。


「良かった…!目を、開けてくれた…。」


 ていうか…、助かったのか…?


「え…。トラックに跳ねられたんじゃ…?」


 2人とも無言になった。何か言いづらそうな、そんな空気を感じる。


 すると海藤の母親が口を開いた。


「悠大さん…。あなたは地面に頭を強打したの。それで意識が飛んで、ここにいる。一ヶ月もすれば普段通りに学校も通えるでしょう。」


 待て、話が追いつかない。


 確かあの時、ものすごい打撃音と急ブレーキが聞こえた。それは全部俺が受けたはず。


「…あなたのお父さんが、身を挺して庇ってくれたわ。」


 ―――!?


「と、父さんが…?なんで俺なんかを…。」

「よく聞いて。あの人はあなたの事を一番に考えているの。再婚を決意した時も、悠大さんの悲しい顔を見たくない、これをキッカケに笑顔が戻ってくれたら良いって言っていたわ。今回の件だって、そう。あなたを助けたい一心で、突き飛ばしたんでしょう。」


 あ…………。


 俺の、ため……?

 俺を、思っ、、て……?


 それなのに俺はあんな酷いことを言ってしまった。嫌いだなんて思ってしまった。


「父さん、父さんは今、どこなんですか!?」


 前のめりで海藤の母親に聞いた。らしくないのは、自分でもわかっている。


「……違う病室にいるわ。まだ目覚めていないみたい。」


 あの衝撃音が父さんが受けたものなら、軽度の怪我じゃ済まない。


 俺はガバっとベッドから飛び出して、病室を出る。


 海藤は吃驚していたが、追いかけてた来なかった。


 まだ足取りがふらついているが、関係あるもんか。


 …俺のせいだ。


 俺が話も聞かず逃げたりなんかしたから…。

 全部、俺が悪いんだ!




 片っ端から、病院を駆け巡る。 

 父さんがいるであろう病室は見つからない。


 はぁっ…!はぁっ…!


 頭の痛みもあり、コンディションは最悪だ。息切れも激しくなってきた。


 駄目だ、父さん。どこにいるんだよ…。


 俺は近くにある病室のドアに寄りかかる。 


 ………ん?

 この病室、知っている部屋だ。


 8年前、毎日通い続けた部屋。母さんの最期を看取った場所。 


 徐ろにガラガラとドアを開ける。


 そこには―――



 ―――父さんがいた。


 やっと、やっと見つけた。


「父さん!!」


 俺は無我夢中で駆け寄った。どうか無事であって欲しい。


 そこには、酸素マスクを付けている父さんの姿があった。しかし、目を開いていない。


「父、さん…?」


 俺は、悪い想像をした。いや、これは現実だ。


 屍のように横たわっている父さんを、思い切り揺さぶる。


「ねぇ、父さん!起きて!起きてよ!!目を覚ましてよ!」


 何も反応が無い。


 ふと、近くに設置されてある心拍数を測るモニターに目をやると、反応が弱まっていた。


「……ごめん、父さん。俺のせいでこんなことになって……。」


 迷惑しかかけてこなかったと思う。そういう態度をずっと取ってきたから、こんな仕打ちになってしまったんだ。反省するのが、遅かった……。


 久々に流した涙が、止まらない。

 その中の一粒が、父さんの手に落ちた。


 すると、ピクっと動いたのに気づいた。


 父さん…!?


 虚ろ目になっている父さんが、最後の力を振り絞るように、か細い声を漏らした。


「悠大の、せいじゃない。…あんな真似した父さんの責任だ。お前が無事で、よかった。」


 酸素マスクの向こう側が口角があがったのが見えた後、


 ビーーッ!!

 ビーーッ!!


 と、激しい音が病室中に鳴り響く。心拍数を測るモニターが平面になりかけていた。


 父さん。父さん、いくなよ。


 まだ、母さんに会いにいかないでよ…。

 話したいことまだまだたくさんあるのに…。

 謝りたいことだらけなのに……。


 このままじゃ俺…、



 1人になっちゃうよ―――。



 モニターには真っすぐな線が表示されていた。






「…悠大くん!」


 自分の病室に戻ると、海藤は椅子に座っていたままだった。


「ふらふらだけど、大丈夫…?」

「…なんで俺だけ生きてんのかな。」


「え……?」


「父さんが死んだ。無理だった。」

「お父さん、が……嘘……。」


 海藤は困惑しているのか、顔に両手を当てている。コイツもなんだかんだで父さんも助かったと思っていたんだろう。


「……俺が死ねばよかったのに…。俺なんか、生きる意味なんて無いんだ!!」


 早歩きで窓の方へ行き、勢いよく開けて、身を乗り出す。


 どうして俺じゃなくて、父さんなんだ。俺の方が生きている価値も無いのに。

 神はどうして、どうして、そんな仕打ちばかりしてくるんだ…!


 身体が半分まで出た、その時。


「やめて!!」


 ガシっと、後ろから抱きつかれた。


「あるよ!悠大くんは生きる意味がある!!」


 ―――――。


「…でも、父さんも母さんも、もういない。生きていても誰も近くにいてくれない。俺は、1人だ。」


 そう言うと、海藤は、抱きついている力を更に強めたのがわかった。


「1人じゃない。


 ……私がいるよ。」


 …………!


「海藤…。」


 誰かに言われるとは思わなかったその一言に驚いて俺は、海藤のほうに頭を傾げた。


 そうしたらコイツは、日の光が満ちていくような、そんな満面の笑みを浮かべていた。


「初めて私の名前、呼んでくれた…。」

「え…?」

「初めて交わした言葉。初めて知った優しさ。初めて聞けた想い。初めて見た笑顔。……どれも全部、私と悠大くんとの思い出、悠大くんが生きてきた証だよ!私、これからも君を知りたい。だから、自分が死ねばよかっただとかそんな悲しいこと言わないで…!」


 そんな風に思われていたのか…。


 やっと、気持ちが落ち着きを取り戻した、そんな気がする。


 窓から上半身が覗いている俺は、そのまま地面を見た。10階からの景色なので、相当な高さがある。


 それに気づいた瞬間、怖くて身を引いてしまっていた。やっぱり死にたくない…。

 謝れない…!これ以上は動けない…!!

 俺は、親不孝者だ……。


「あなたまでいなくなったら、ご両親だって悲しむわ。」


 これまでの病室の光景をずっと見ていた、海藤の母親が喋り出す。


 いなくなったら…悲しむ……?


「人が亡くなっても、この世に消えることまでは無いわ。だって、遺された人の心に魂が宿るもの。でも、その生者も亡くなっちゃったら、魂も完全に消えちゃうの。」


 心の中に父さんと母さんが……。


 俺は自分の心拍数も聞こえるように、手を胸に置く。


「あなたの中にもご両親はちゃんと生きているわ。あなたが生きている限り。だから、胸を張って前を向き続きなさい。」


 海藤とうんうん、と力強く頷いている。


 ……。


 魂が、俺の中に入っているのなら、2人のために頑張って生きて、みようかな。


「…………はい。」



 未来を向き出したような、俺らしくもない希望を含んだ声が病室中に、こだました。










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