利己肯定感
小狸
掌編
もうそろそろ、分かってしまう時分であろう。
私の書く文章を読み、想像を膨らませ既に思い至っている方も多いかと思うけれど、私は自己肯定感というものが高くない。
低すぎる――と言った方が良いか。
底を
自分が人のために何かできると思ってはいないし、誰かの役に立てることなんて生涯不可能なのだと断言できる、むしろ「そこに自分がいないこと」こそが集団において最善の策だと信じて疑わない、そんな思考回路が形成されて、大人になった。
なってしまった――と、これも言い直しが必要か。
これは最近知ったのだが、大人、というものは、自己肯定感を標準装備しているらしい。
自分はここにいて良い。
自分はこれで良い。
自分は生きていて良い。
と、「自然」に思うことができているのだそうだ。
にわかには信じがたい事実である――私には一生、そんな風に思うことは不可能だ。
お蔭で就職活動の時に苦労した。
履歴書の「長所」の欄に、何も書くことがないのである。
いや、長所なんてあるわけない、短所しかない、自分は今すぐ死んだ方が良い人間なのに、どうして生きているんだ、と自分を責め続けた。
まあ、適当に貼り付けたような定型句的な文言を繋げて、その時は事なきを得たけれど。
そんな風に、低すぎる自己肯定感と共に生きてきた私ではあるが、そうなった原因、というものに、実は心当たりがある。
家庭環境である。
父は高偏差値の大学出身の割に子どもの教育に一切干渉せず、母は短大卒で教育に異様なまでに熱心であった。
それだけならまだ良い――のだが。
両親は、私のことを褒めなかった。
まあ父は良いとして(本当は家庭のあり方としては良くないのだが、これ以上触れても仕方ないのでここは放置しておく)、母は、とても、途方もなく厳しかった。
記憶に残っているのは、テストで、試験で、模試で、宿題のプリントで、漢字の小テストで、1点2点落として怒られた経験だけである。高校までは公立・県立で、私立に行く話なんて一度も出したことがなかったというのに、それにしてはと思うほどに、厳しく詰め込まれた。特に成績に関しては、厳格であったように思う。
こういう場合、大人になってから「あの時お母さんが厳しくしてくれたお蔭で今の自分があるんだ」と感謝する展開になるのだろうが、私の場合はそうはならなかった。私が、馬鹿だったからである。大人になっても、そういう風に評価が反転することはなく、「どうしてあんな辛い思いをしてまで学校に通わねばならなかったんだ?」という疑問符しか浮かばない。
母はいつも何かに怒っていた。
何に怒っていたのだろう――と、考えてみる。
私は、中学くらいまでは、ある程度お勉強のできる方ではあったけれど、決して頭の良い子どもではなかった、それは今でもそう思う。必死に努力して、
一度母の親、つまり母方の祖母に、こんなことを言われたことがある。
「あなたの頭が良いのは、お父さんの血のお蔭なんだからね」
母方の祖母は遠方に暮らしており、今は老人ホームに入っていて、時折面会に行く。
大好きなおばあちゃんではあるけれど、その言葉だけは、今でも忘れずに残っている。
血の、お蔭。
それは、私の努力を全否定する言葉だ。
結局遺伝かよ、だったら遺伝的に頭の良い人と頭の良い人で最強の子どもを作れば良かったではないか――と、思ったのだが、ふと、その言葉が、今回の考えに結びついてくるような気がした。
母は、焦っていたのではないか。
自分の子どもは、少なからず、高偏差値の人の血を継いでいる。
そして自分の伴侶は、教育には関知しない。
ならば、高偏差値の教育を受けられるよう、自分が、きちんと育てなければならない――と。
そんな強迫観念的な義務感に囚われていたのではないか、と思う。
まあ、あくまで私の憶測である。
そして、これは些細な話かもしれないので最後に付け加えておくが、母は私を褒めない代わりに、私以外の人間を褒めていた。
しかも、私に聞こえるように。
オリンピックに出場する選手しかり、努力と結果が偶然結びついた人しかり、お向かいの
それについて何かを思うことは間違っているかもしれない。人を褒めるという行為は、悪いことではない。私がそれを、「周りの人はこれくらい頑張っているのだから、お前ももっと頑張れ」「お前も今言った人々のように結果を残し努力と精進を怠るな」と言われているかのように解釈しているのは、ただの私の被害妄想である。
ただ。
これだけは、言わせてほしい。
褒めてほしかった。
(「利己肯定感」――了)
利己肯定感 小狸 @segen_gen
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