発達カフェでラブストーリーが始まるなんて聞いてない!?
落ちこぼれの冷凍食品
第1章:診断と出会いの始まり
リード文:
平凡な日常の裏で、少しずつ何かがずれていく。
そんな20代会社員・西尾由紀夫が、思いがけない“診断”と“出会い”に直面する――。
朝のオフィスに鳴り響く、プリンターの低い駆動音。
「西尾くん、その資料まだ?」
祖父江の声が飛んだ。上司であり、面倒見が良いと自称するが、
実際は他人の失敗を見つけては嬉しそうに眉を上げるタイプだ。
「はい、すぐに出します!」
返事をしながらも、指先が少し震える。プリントアウトの順番が狂っていた。
順序通りに出そうとすると、なぜか3枚目だけ裏返って印刷されている。
「ったく、なんでこんな簡単なことも覚えられないんだ」
祖父江がため息をつきながら、資料を机に叩きつけた。
「西尾くん、これくらいは新人でもできるぞ?」
(また、やっちゃったな……)
心の中で呟きながらも、由紀夫は「すみません」と小さく頭を下げる。
そんな様子を見ながら、隣の席の長久手豊がぼそっと言った。
「後でやるから」
「え?」
「いや、このデータの更新、後でやるから」
結局、その“後で”が来ることはない。彼はそういう人だ。
長久手豊――同僚にして、なぜかいつもマイペース。
仕事のペースは遅いが、なぜか誰からも嫌われない不思議な空気感を持っている。
由紀夫がフォローしなければならない場面も多い。
「西尾、さっきの件、結局どうなった?」
「……あ、豊さんの分も含めて修正しておきました」
「おぉ助かる。いやー俺、今日も定時で帰ってビール飲む予定だったからさ!」
「……はい」
(なんだこの温度差……)
昼休み。弁当を食べながら、同僚たちの会話が遠くに聞こえる。
恋バナ、旅行、SNSの話。自分はどこにも入り込めない。
(なんか、みんな当たり前にできてることが、自分には難しい)
数日後、由紀夫はスマホを見つめながら溜息をついていた。
「発達障害 大人 チェック」――。
軽い気持ちで検索してみた診断テスト。
結果は「ADHD傾向が強い」と表示された。
(あぁ……やっぱり、そうなのかもな)
正式な診断を受けたわけではないが、
“自分のズレ”に少しだけ説明がついた気がした。
けれど、不思議とホッとした。
自分が“怠け者”ではなく、“向き合い方が違うだけ”だと知ったから。
その帰り道、ふと目に入った看板があった。
「cafe knot(カフェ・ノット)」――。
温かなオレンジ色の灯りがガラス越しにこぼれている。
『話したくない人は話さなくていい』と小さく貼られた紙。
(……何だろう、このゆるさ)
戸惑いながらも、ドアを押した。
軽やかな鈴の音が鳴る。
木の香りが漂う、落ち着いた空間。
奥では誰かが笑っている。重い話をしていたのに、すぐ笑いが戻る――そんな空気。
「いらっしゃい」
カウンター越しに声がした。
もじゃもじゃ頭の男性――古橋。
「初めての人だね? ここは避難所みたいなもんだから、好きにしていいよ」
「避難所……ですか?」
「うん。社会ってのは避難訓練がないのに、炎上だけはあるからさ」
由紀夫は思わず吹き出した。
こんな空気、久しぶりだった。肩の力が抜けていく。
「それにしても君……」古橋がじっと見つめる。
「そのファッション、傾いてるな~」
「えっ?」
「上下のバランスがこう、なんというか……未来志向というか、過去回帰というか。まぁ、悪くないけど!」
「は、はぁ……ありがとうございます?!」
思わず苦笑する由紀夫。
古橋はにっと笑って、奥の席を指さした。
「まぁ、コーヒーでも飲んでけ。ここは、話しても話さなくてもいい場所だから」
その日、由紀夫は久しぶりに“居場所”という言葉を思い出した。
帰り道、胸の中が少しだけ軽くなっていた。
――そして、ここから彼の“変化”が始まるのだった。
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