輝魂のルミナリア
りんご雨
プロローグI
『
所謂「死にゲー」と呼ばれるジャンルを、史上初VRとして落とし込んだ試験作である。
事前告知の通りならば、この作品で求められるのはスティック操作ではなく、プレイヤー自身の反射神経や判断力。
他のフルダイブ技術を用いたゲームと異なり、死の恐怖が常に張り付いていると言っても過言ではない。
ベッドの上で横になり、ヘッドギアを装着する。
自分でわかるほど、期待に胸が膨らんでいた。
心拍が上がり、無意識のうちに口角が上がっているのが感じられる。
視点操作でソフトを選択。
画面の暗転から十秒、二十秒が経過し、ようやく視界が開かれた。
目の前に広がるのは、果てしなく伸びる白い地平線。
無機質な石畳が視界いっぱいに敷かれている。
そんな景色をぼんやり眺めていると、突如ウィンドウ形式のキャラクリ画面が開いた。
「外見の詳細設定……は変えなくていいか」
客観視すれば、俺は美少女だ。
それはもう『絶世の』と言っていい。
現れたゲームウィンドウの中で、小柄な少女――否、少年が佇んでいる。
これが俺。
ゲーム内ということで多少滑らかになっているが、それを抜きにしても白磁器のように美しい肌。
昔――まだ幼稚園に通っていた頃だったか。
幼女向けアニメで「かわいい×かっこいい=最強」の方程式を導き出してから、絶えず行ってきたスキンケア。
顔面に関しては完全に遺伝の勝利である。
濡鴉色の髪は肩口で揺れ、身長は150cm台で止まったまま。童顔も相まって、小動物みたいに見えるらしい。
そう。俺は「かわいい」のだ。恥ずかしいから外では言わないけど。
とまあ己の容姿に絶対的な自信を置いている
昨今のラノベ美少女は白髪碧眼が定番だが、俺は赤にした。
血のように深く濃い赤だ。かっこいい。眺めるだけで気が昂ぶる。
……睫毛も白く、少し長くしておこう。
これに関しては完全に趣味である。
名前はどうするか。
このゲーム会社が出すゲームは、ダークファンタジー寄りの世界観が主流。光と闇のコントラストが強く、俺みたいなコアなファンが多い。
昏い世界に差し込む光……ラテン語に直訳したルクスは少し男性名すぎる。
ルシア……いや、ゲーム名を文字って「ルミナ」にするか。
響きも世界観に合っている。
続いて職業。
全ステ1の「貧困」を迷い無く選択。
理由としては、他職業は序盤からある程度ビルドが決まっており、特化しなければ中盤以降に苦戦を強いられてしまうことが挙げられる。
しかし貧困は違う。
序盤こそ苦しいが、自由で快適な成長ができるのだ。
過去作で何度か同じような経験をしたからには、その失敗を活かさなければ勿体ない。
初期装備も頼りない布切れ程度。
だが、それも成り上がり物語みたいで悪くない。
最弱から最強に――というありがちな妄想も、俺の決断を後押しした。
キャラクリが終わり、ポップアップ上にある「ゲーム開始」のボタンを押す。
視界が暗転し、ムービーが始まった。
徐々に、目が世界を認識する。
ここは洞窟だろうか。
小さな川のせせらぎ、反響した滝の音で目が覚めた……という設定やのだろう。
足裏に触れる地面は砂利のようにざらつき、岩の冷たさが皮膚を刺す。
俺は上体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
目の前の水溜まりに映る自分の姿。
なるほど。こうやって自キャラをプレイヤーに見せ、世界への没入感を高めているのか。実際、俺は今最高に昂っている。
ムービーが終わり、意思が現実のものではなく、この肉体に宿る。
所持品はない。
強いていえば、燻んだボロ切れとズボン……それから、刃こぼれの酷い小さな短刀だけ。
十分だ。
十分、戦える。
洞窟を進むと、鍾乳石から垂れる水滴のような音が聞こえる。
普通なら気にも留めない環境音だが、この手のゲームは見落としが命取りだ。
半身を翻すと、天井からスライム――のようなゲル状の何かが、べチャリと嫌な音を立て落ちてきた。
真下にいたら顔に貼り付いて窒息するだろう。
周辺には白骨や血溜まりもある。
……窒息で血? と疑問を持つが、演出、もしくはゲームからのささやかなヒントだったと割り切ろう。
天井スライムに短剣を突き立て、そのまま横に裂く。
体力は少なかったらしく、体はすぐに灰になって消滅した。
満面の笑みを浮かべていると、同様の敵がぼとぼと降ってくる。
資金となるソウル・ジェム――通称
最序盤。それもチュートリアルでの金策に丁度良い。
フルダイブ特有の体の動かし方にも慣れてきた所だ。
次々と降ってくる敵を片付けながら、少しのジェムを稼ぐ。
そうして進んでいると、やがて洞窟内に祭壇の光が見えてきた。
事前情報の通りならば、あの光の祭壇は魔物が寄ってこない安置であり、ゲームオーバーとなった場合にはここからリスポーンすることになる。
今出てきたウィンドウによれば、ここに到達し休憩をすることで体力が全回復、敵がリポップする仕様らしい。
Gを元手にレベルアップも行える。
現在のレベルが1であり、レベルを上げるのに求められるGは700……幸いにも手元には855Gがあるため、筋力、技量……とならぶパラメータの中から体力を上げる。
体力――そう一括りに言っても、それは最大HPを示さない。
どちらかと言えば持久力、スタミナの分野だろう。
長い時間のダッシュが、回避が、攻撃などのアクションが可能になるという力。
俺が今、一番求めているステータスのひとつだ。
ピコンッと軽快な音を立て、レベルが上がる。
同時に、視界左上のスタミナバーの容量も増えた……ように感じる。
まぁ、序盤の変化なんて誤差の範囲だ。
先に進むと、明らかに物々しい広場に辿り着いた。
洞窟の最奥に辿り着いたのか? なんて考えも頭を過ぎったが、すぐにそれが間違いであることに気付く。
広場の天井、その瓦礫から光が射し込んでいたのだ。
つまり、ここは推定チュートリアルボスとの戦闘エリア。
それを倒すことで、初めて外に出られるのだろう。
MMO要素もそこで開放されると信じたい。
ボスは何だろうか。
道中の敵のことを踏まえると、スライムキングのような敵だと予想するが、それにしたって場が広い。
警戒を忘れずにナイフを構え、ゆっくりと足を踏み出す。
それは突然だった。
ムービーが入ったのだろう。
一瞬の暗転と共に、自分が動かしていないにも関わらず足が動く。
鼓膜が破れるかと思う程の咆哮と共に、山のような巨体が飛来した。
風圧が砂塵を巻き上げ、頬に細かな切り傷を刻む。
獣臭と灼けた金属のような匂いが絶妙なバランスで混じり、ツンと鼻の奥を刺した。
爬虫類特有のウロコに鋭い目付きが高所から俺を睥睨し、ソレは威嚇するように大きく翼を広げた。
……チュートリアルボスには、大まかに二つの種類がある。
一つは、モブ敵。一般的なフィールドボスですらないコイツらでさえ、操作に慣れないプレイヤーは苦戦する。
だからこそ、チュートリアルにはぴったりなのだ。
もう一つは、弩級の強敵。物語終盤で再登場し、リベンジマッチとなる形のボス。つまりは死にイベだ。
あークソ。
どこにチュートリアルでドラゴン出してくるゲームがあるんだよ。
こちとらレベル2だぞ――と悪態を吐いたところで何も変わらない。
しかし……どうするか。
一旦死ぬか――いや、ひとりのゲーマーとして、せめて行動パターンだけは覚えておきたい。
どうせゲームだ。
死にはしない。
震える体に鞭打って、ムービーの中の俺はナイフを構えた。
肉体に意識が宿る。
「……ははっ」
思わず、笑みがこぼれた。
理不尽に立ち向かうのは得意分野だ。
俺は過去作や別ゲー、PVPを含んだほぼ全てに打ち勝ってきた。
……だからこそ、気付いたことがある。
戦闘をムービー内で行わない。
それはつまり、理論上は勝利することが可能であるということだ。
極論、避けて殴っていれば勝てる。
半ば思考放棄のような結論を降し、俺はドラゴンへと向かって駆け出した。
――死にイベを初見で突破したらかっこいいな、なんて内心で思っていたことは内緒だ。
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