愛する二人のカクレミノ
紫糸ケイト
第1話 愛してるって伝える為に
綺麗な桃色で着飾った桜が葉桜になり、新学期のワクワクや慣れないクラスにも慣れてきて、新しい担任もどんなタイプの先生なのか分かってきた四月の終わり頃。
ゴールデンウィークだというのに、このファミレスは満員だ。
大型連休だというのに、特別何か名物がある訳でもないこんな普通の店じゃなくて他に選択肢があっただろう。
「やれやれ、こんな混むなら来るんじゃなかった」
注文したコーヒーは提供された時の火傷必至な温度から程よく下がっていて、啜らずとも飲む事ができる。
「そう言ってもさー、いきなり家に入れるのは嫌だって言ったのは湊(みなと)の方じゃん」
「あそこは俺と心優(みゆう)の……特別な場所だぞ、土足で入らせる訳にはいかないっての」
ピザを四枚頼んだとしてもお互いが被らないであろう大きさの四角い机の上には俺のコーヒーがあり、隣にはティーポットと綺麗なカップが置かれている。
本来ならば四人客を想定しているであろうこの席の対面椅子には誰も座っていない。
二人客なのに、隣に並んで座っているのは少し変に見えるかもしれない。
「なんか言い方キモいんだけど……まぁそりゃね、アタシとアンタの特別な場所かもしんないけど、ちゃんと玄関で靴は脱いでもらうわよ?」
「……家に入って欲しくないって比喩だ、本当に土足で入るとは思ってない」
「それぐらいわかってるっての! ツッコミ待ちなのにマジな回答するアンタの方が分かってないんだかんね!」
それぐらいわかってる。
産まれてから17年間、双子の姉弟として生きてきた俺には姉さんの性格なんて手に取るようにわかる。
だから、あえて乗らない事を選んだだけだ。
だって、少し頬を膨らませる姉さんはとっても可愛いのだから。
「悪かった悪かった、謝るよ」
「言っとくけど、彩華ちゃんは絶対そんな事しないから、冗談でもそんな事言わないでよね! ちょー真面目なんだから!」
「言わねぇよ、こんなの心優にしか言わないって」
だけど、今回ばかりは何を考えているのかわからない。
何故……姉さんがこんなゲーム考え付いたのか……。
「……マジでやらなきゃダメなのか?」
「朝も言ったけど、別にやらなくてもいいわよ? アンタがアタシの事を諦めるなら、だけどね」
俺の右手を握る姉さんの手に力が込められた。
柔らかくて、温かくて、同い年なのに男女というだけで一回り程大きさに差ができてしまった彼女の手は、俺の指と指の間にゆっくりと、それでいて爪が手の甲に当たるように握られている。
「心優、痛い」
痛いけど、嬉しい。
まるで姉さんが"諦めないで、頑張って"と応援してくれているような気がする痛みだ。
「アンタが昨日言ってた……アタシへの愛はその程度なの?」
俺の姉、夢山(ゆめやま)心優は弟の俺から見ても最高の美人だ。
性格もいい、顔も、スタイルだって、どれをとってもパーフェクトな俺の最愛の人。
ただ唯一の欠点は……俺達が双子で、血の繋がりという壁がある事だろう。
「俺の気持ちは知ってんだろ、本気なんだ」
「だったら、アンタのその気持ちが一時的な物じゃない事を証明してみてよ」
俺は姉さんを愛してる。
姉さんだって、俺を愛してくれている。
たとえ両親であろうと俺達を止める事はできないし、このまま二人で幸せになると……思っていたのに。
『アンタは姉弟で恋人になる事を……ううん、地獄に落ちる事を甘く見てるわ、姉弟で付き合うなんて幸せな地獄に落ちる覚悟があるとは思えない』
俺は姉さんに愛を証明しないといけない。
たとえ"俺が普通の恋愛と幸せを知ったとしても"心優を選ぶのだと、彼女の中に浮かんだ俺に対する疑惑や不信感を払拭しなければいけない。
どうしていきなりこんな事を言われたのか……それはまったくわからないけれど、やるしかないんだ。
「忘れんなよ、俺のこの気持ちが本物だって証明してみせたら……」
「うん、わかってる」
姉さんは紅茶の入ったティーカップを皿に戻して、彼女の柔らかな匂いと体温が伝わる程近づいてきた。
冷静なフリをしているけれど、心臓の音が聞かれていないか心配になってくる。
煩かった家族連れの声や、店内のガヤガヤした騒音がこのドキドキで書き消される程の緊張を彼女に気付かれたくはない。
俺は、姉さんの前じゃ誰よりもカッコいい"男"でいたいんだ。
「約束どおり、アンタのお嫁さんになったげる」
俺は姉さんと付き合いたい。
家族だけど、一歩戻って恋人になりたい。
これど、これは茨の道だ。
俺の覚悟と、姉さんの覚悟が必要なこのゴールに向かう為。
「約束だぞ、心優」
握られた手を、俺も強く握ってみせる。
言葉だけじゃなくて、俺の気持ちを伝える為に。
それに気付いてくれたのか、姉さんもまっすぐに俺を見てくれて……どうしよう、めちゃくちゃいい雰囲気だ。
このまま、姉さんに迫ればき、キスぐらい……こんどこそ……!
「あっ、彩華ちゃん! こっちこっち!」
姉さんが立ち上がるのと同時に脚を踏まれた。
拒絶されたような気持ちに一瞬なるけれど、彼女の言葉と視線でその行為の意味が分かる。
そう、今日ここに来た理由たる人がやってきたんだ。
綺麗で目立つネイルをした彼女が手を振っていると、入り口付近でキョロキョロとしていた女性がそれを見つけて近づいてくる。
「アンタ、ヘタレのくせに今キスしようとしたでしょ」
「……うるさい」
「彩華ちゃんや他の人に見られる所だったのよ、周囲を見てからやんなさいよね、バーカ」
俺だけに聞こえる小声で姉さんは俺に軽い説教をしながら、ウインクを見せてくれる。
ああ、こんなにも魅力的な女性の前で俺は……。
「おまたせしました、心優ちゃんと……み、湊君」
「さあ座って座って、コイツってば彩華ちゃんの隣に座るのが恥ずかしいとか言ってたから対面だけどごめんね! はいこれメニューね!」
「あ、ありがとうございます……心優ちゃん」
「言ってねぇよ、姉さんが勝手に俺の隣に座ってきただけだろうが」
姉さんを罵倒し。
「えー、ひどーい! 彩華ちゃん、コイツのどこが良かったのかわかんないけどこんな素直じゃない奴を選んでくれて……愚弟には一生彼女とか出来ないって思ってたから、姉として嬉しいよ」
「そんな事ないですよ、み、湊君はとっても優しいし……か、カッコいいです」
「漣(さざなみ)さんも可愛いよ、その服めちゃくちゃ似合ってる」
姉さん以外に可愛いと言い。
「そ、そうですか? 妹が選んでくれた物なんですけど……少し派手すぎるかなって思ってて」
「いやいや結構似合ってるよ? 水色基調のワンピースかぁ……アタシでも似合うかな、湊」
「俺の彼女だから似合うんだよ、姉さんはそうだな……うん、全然似合わねぇ」
「彼女……えへへ、まだ慣れませんね、私が本当に湊君の彼女になれたなんて……夢じゃないですよね?」
姉さん以外に、俺の彼女だと言わないといけない。
「俺も同じ気持ちだよ、漣さんの彼氏になれて嬉しいよ」
苦痛だ。
好きな人の前で、誰かを好きだと言うのがこんなにも苦痛だとは思わなかった。
イメージはできていたけれど、まさかここまでとは……。
「紹介したのはアタシだかんね、感謝しろよ愚弟!」
「姉さんがした唯一のいい事だもんな」
「ナマイキな……今日こそその口縫いあわせてやるぅ!」
姉さんの手が俺の頬にある。
強く掴むように見えて、力なんて殆ど込められていない。
お互いの太ももは密着し、彼女に触れているという実感が、幸せがこの苦痛を少しだけ薄めてくれる。
「心優ちゃんと湊君って、本当に仲がいいですよね」
俺はこれから、漣さんの恋人として生活していく。
彼女の恋人として望まぬ普通の恋愛をして、青春を過ごさなければならない。
けれど、これでいいんだ。
この苦痛が、俺の覚悟が姉さんに愛として届くなら……。
「ナマイキな弟と話してると疲れるし、カップルの邪魔したくないから帰る! あ、ちゃんとエスコートしなさいよ、愚弟!」
「わかってるっての!」
姉さんの帰り際、彼女は俺の太ももをつねった。
感じたのは頑張れと応援する気持ちと、本気になるなと嫉妬する二つの気持ちが込められたような痛みだった。
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