第五話:宰相子息の機転と根暗な令嬢の運命
フェルナンド王子の顔色は優れない。リンハルド王子の問いと、ユーリアの静かな視線がエルヴィネータを追い詰める中、状況を打開したのは、やはりこの場で一番社交に長けたラファエル・メルボルンだった。
彼は、私の根暗な態度と突然の弓の腕、そして私が何かを必死に隠そうとしている様子から、事態を素早く察した。
(なるほど。辺境伯令嬢は、どうやら王子の「護衛」として、妃候補を装いこの場に送り込まれたらしい。だが、本人にはその自覚も意欲もない。しかも、あの弓には、王族や聖女が注目するほどの、何か特別な秘密がある)
ラファエルはすっと身を起こし、一同に聞こえるよう、朗らかな声を張り上げた。
「皆様、これはいけない。いくら緊迫した状況とはいえ、第一王子殿下をこのような重い雰囲気の中に留まらせてはいけません。殿下はご気分を害されていらっしゃる」
彼はフェルナンド王子にそっと歩み寄り、優雅に頭を下げた。
「フェルナンド殿下、お気を悪くなさらないでください。ここは一度、社交の場へと戻すべきです。王宮が正式な場所ではない故に狙われたのなら、むしろ我々が普段通りに振る舞うことで、『これはただの親睦会だ』という体裁を強く保つ必要があります」
そして、アンゲリカに視線を送る。
「アンゲリカ嬢、家主として、この会を『単なる無礼講の親睦会』へと切り替えるのはどうでしょう。我々が怯えていれば、狙撃犯の思う壺です。例えば……夜間、警護付きで湖畔を散策する、など」
アンゲリカは一瞬でラファエルの意図を理解した。彼は、エルヴィネータを「護衛」として動かしやすくしつつ、王子たちへの警戒を緩めていないことを外部に示すことで、狙撃犯を油断させる策を提案しているのだ。
「ええ、ラファエル様の仰る通りですわ」
アンゲリカは優雅に頷いた。侯爵家の頭脳は即座に決断を下す。
「皆様、ご心配をおかけいたしました。この別荘地の警備は私が責任を持って強化いたします。しかし、私たちハイベルク家は、いかなる脅威にも屈しません。今夜は、夜会に切り替えます。この閉鎖された図書室ではなく、あえて人の目を意識し、我々が楽しんでいる姿を警備兵と使用人たちに見せつけましょう」
家主であるアンゲリカが賛成したことで、状況は一気に「社交の再開」へと傾いた。
しかし、この決定は、エルヴィネータにとってさらなる重圧となった。
「エルヴィネータ嬢。貴女の弓の腕は、我々にとっての心強い味方だ。夜間の散策時には、是非とも我々の側にいてもらいたい」
フェルナンド王子が、縋るような視線で私を見た。
その隣では、ユーリアが静かに微笑んでいる。
(「穢れを拒む力」を持つあなたなら、私の治癒の力以上に、彼を守れるでしょう)
ユーリアの視線は、そう語っているようだった。彼女は、私が守りの役割を担うことを受け入れている。
そして、リンハルドは、目を輝かせながら私を見つめる。
「夜会か。兄上を守る貴女の『古の魔導具』が、再び起動する瞬間をこの目で見られるとは、最高の研究機会だ!」
三人の視線が、針のようにエルヴィネータに突き刺さる。
(私を放っておいて!妃候補にならずに、ただ静かに護衛の任務を終えたいだけなのに!)
ラファエルが、私を護衛役として公に動かしやすい状況をわざわざ作ってしまった。アンゲリカもそれを追認した。もはや、私はこの場で「根暗な令嬢」という鎧を纏って壁に隠れていることは許されない。
私は、息を詰まらせながら、小さく頷くしかなかった。
「……承知いたしました。皆様のお傍で、『守り』の役目を務めさせていただきます」
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