ポイ捨て
熊笹揉々
第1話 ポイ捨て
私が仕事終わりに人通りの多いメイン道路を歩いていると、前を行く若者が路上の構築物にゴミを置いていくのを目撃する。
私はそれを見て、嫌な気持ちになる。まず、街が汚れるのが我慢ならないし、加えて、それを処理する人がいなければいけないことが許せない。何といっても、自分の出した結果に責任を持たない人間が私は嫌いなのだ。
とはいえ、私が自分で拾うのは少し骨が折れる。おそらくは、これが一番許せないことなのだと思う。バック・トゥー・ザ・フューチャーで主人公が挑発に乗ってしまうように、私は自分の落ち度を指摘されるのが実は嫌なのだ。
この路上にきれいともいえるように置き去りにされたゴミは、私の嫌な部分を刺激して、なおかつ自分を正当化させるという、全体を象徴しているのだ。
私はそんなことを考えながら、もう100メートルはゴミから離れてしまっている。前を行く若者ももうあのゴミのことなど忘れたことだろう。
私もゴミのことは考えるのをやめる。美人が前から歩いてきて、それとすれ違ったからだ。美人はいるだけで人を幸せにするからすごいし、私は好きだ。
そう考えると、私はあのポイ捨てされたゴミのようなものかもしれない。私はまたあのゴミを思い出す。要するにあのゴミは、こうして何の役にも立たず、穀つぶしの私そのものなのだ。
私はそう思いいたり、急に引き返す。捨てなければならないという強迫観念に駆られ、歩行者にぶつかりそうになりながらあのゴミの置かれた構築物のところまで来る。
と、来てみるともうそのゴミはない。もしかすると、あのゴミは何かのメッセージだったのではないか。つまり、あの若者から別の仲間への言葉、またはあの中に何かが入っていた可能性だってある。
私は泥棒組織が道すがら伝言を渡すシーンを想像する。確かにそういうシーンがあるのだ。ドラマの見過ぎでそういうものが浮かんでくる。
私は一人、大人数が行き交う通りで立ちつくし、自分のあり方を考えてしまう。あんなに嫌いなポイ捨てが、実はポイ捨てですらなく、言葉のように人から人へと渡っていく宝物だったかもしれないのだ。
となると、あれは私などではなく、ちゃんとした人間の象徴であろう。私は劣等感に駆られ、車道を走る高級車の前に飛び込む。
キキィーというブレーキ音が響き渡る。私は高級車に弾き飛ばされ、10メートル離れたところに頭から着地する。血がドバドバと流れ、私は意識を失いかける。
そのとき歩行者の列が目に入る。そしてその中にあの若者がいるのが見える。薄れ行く意識の中で、その若者がほくそ笑む姿が見えてしまったのだ。そして、すべてはこの若者の策略だったのだという妄想が私の最後の記憶になる。それで最後だ。
私がボロボロになってベッドに横たわっている。それを医者ではなく、複数のエンジニアが火花を散らしながら修理している。その中の一人のエンジニアがいう、「ああ、今回も失敗だ。容姿をもっとよくすれば思考パターンもよくなるだろうか。ともかく、バグを見つけたくらいで死んでしまうなんて、何とも情けない限りだ。悔しいよ」。
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