道にはご注意を

猫月蘭夢@とあるお嬢様の元飼い猫ショコラ

暗い夜道

はぁはぁはぁ


 息が切れそうだ。こんなに走ったのはいつぶりか。

 思考ができるあたりまだマシらしい。


「へぇ、まだ頑張るんだぁ?」


 ニタニタと嘲笑うような声音。非常に気味が悪い上気色悪い。

 声を発するということは肺から空気を排出するということ。

 まぁ言ってしまえば、喋るよりも喋らない方が長く走りやすいということだ。

 喋ってる分、謎の黒フード男(男かは知らん)の方が不利……だと思いたい。

 正直さぁ、本当に全力疾走なんて社会人生活数年してきたけどそんなにしたことないよ?!遅刻寸前とかでやったことはあるけどいつの話やねんってくらいだし。

 あー、足がぁ。

 いってぇ。まじで痛い。

 この謎の黒フードめ。なんで追いかけ回してくるんだ。しかもナイフ持ってよぉ!

 通報したいけど通報できそうにないんだよなぁ……そんなことする暇があったら刺されそう。マルチタスクができないこの体を恨むね。


「あー、そっちの道行っちゃう〜?」


 しらねぇよ細かい道なんて!普段大通りを堂々と歩いてますけど何か?!

 おっと……これはこれは。

 行き止まり、ですねぇ。


「だから言ったのにぃ」


 ナイフを持ってこちらに徐々に近づく足音。

 私が黒フードから逃げる方法はなんだ?

 武器であるナイフを奪う?いや、ナイフは小さい。奪いにくい上近づくことにもなるから体力のない今の私には致命的。

 叫ぶ?いや、ここまでずっと走ってきたのに人間が1人も出てこなかった。

 つまりはこのあたりで歩く人は一般的ではないということ。

 他には?他に何がある?……無理だ思い浮かばん。

 叫べば無駄に体力を消費することになる上来ない確率の方が高そうとくればこいつに接近してあわよくばナイフを奪って、逃走の方がまだマシか?

 他に思い浮かぶ方法もない。

 やるか。極力こちらに近づいたタイミングで。

 後ろは振り返らない。恐怖が表面に出たらダメだ。動けなくなる。

 耳を澄ませろ。音を拾え。視界なんて消して、音だけに集中しないと。


コツ……コツ……コツ……コツ……


 今ッ。


「あはぁ。お馬鹿ちゃーん」


 やっぱ無理、ですよねぇ。

 腹部に致命的なくらい大きな傷。

 ついでとばかりに足の付け根も刺された。

 足には大動脈があるし、お腹には色々と臓器がある。

 これは……あれかな、詰んだかな。


「君が悪いんだよぉ?僕の想いを受け取ってくれないんだもん。ねぇ、紗夢さくらちゃん?」


 拗ねたようなキモい声。

 最期だしまぁ、何言っても許されるかなぁ?


「誰があんたなんかの想いを受け取るもんですか。こちとら既婚者ぞ。あと名前呼んでくんな。呼んでいいのはうちの旦那だけだ」


 不敵に笑え。

 堂々と喋れ。


「そもそもあんた誰?知らないんですけど?知らない人をこんなに執拗に追いかけ回してキモい男ですね」


 視界がぼやけてきた。

 でもまだ。

 あいつはまだ狼狽えてるだけだ。

 死んだ後の姿なんてみせるかよバァーカ。死後の姿は夫にしか見せねぇって決めてんだぞ。無理そうだけど。


「もう時期死ぬ女の近くにいるなんて暇なんですね。さっさとどっか行きません?」


 頭がもう回らなくなってきた。

 体が寒い。体温調節機能が狂ってるのかなぁ。さっきまで燃えるように暑かったはずなのに。

 あ、ははぁ。

 あいつも去ったし、みるかぁ。

 ロケットペンダント、持っててよかったなぁ。

 ありがとねぇ。

 ごめんねぇ。

 まだ、一緒にいたかったなぁ。


「愛、してるから、ねぇ……」

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