不人気精霊術師のスロー(スタディ)ライフ

つかさあき

第1話 時代

1


 亜人大陸オーフェルの中原に位置する、学問盛んなイルイエ王国。

 その王立学院所の学院長室に、一人の男が学院長と向かい合って立っていた。

 学院長は手先の器用なドワーフが作った、装飾がふんだんにあしらわれた豪華な革張りの椅子にちょこんと座っていた。学院長もまたドワーフであったのだが、彼のずんぐりむっくりとした体型では椅子は大き過ぎたのだ。

「呼び出した理由わけは、分かっているな」

 問いかけというより、確認であった。

「ええ、まあ」

 男は、ぽりぽりと頭を掻く。その拍子にメガネがずれる。

「正直、ワシとしては手放したくないんだがのぅ」

 学院長は豊かな白髭をいじりながら言った。

「カルカくん、ただの人間でありながらも君の精霊術師としての腕前は誰もが認めるところだ。君自身、優秀な成績で当学院を卒業しておる」

「その節はお世話になりました」

 カルカと呼ばれた精霊術師は、ぺこりと頭を下げた。

「卒業後、進路を決めかねていた僕に、教員への道を勧めて下さったこと、感謝しています」

「それが今度は罷免くびを言い渡さないといけないのだから、皮肉よのう」

 二人同時に大きなため息をついた。

「魔法学全盛の今、君が教える精霊術は時代遅れと言わざるを得ない。魔力さえあれば誰もが習得可能な魔法。それに引き換え、魔力と術者の適性を要求されるも、成長速度は魔法学よりも遅い」

 カルカは学院長の言葉に反論しようとしたが、手で制された。

「分かっておるよ、君の言いたいことは。しかしだな、ここが王立学院所である以上、王国うえからの要望に背く訳にはいかんのだ」

「要望と言いますと?」

「不人気で、卒業後に一人前になる保証もない精霊術師を育てるよりも、より確実な魔法使いを育成しろとのことだ」

「では、僕の後任というか、空いたポストは……」

「魔法学になるな」

 キッパリと学院長は言った。その声はどこか暗かった。

「君も感じ取っているだろう、今の王国イルイエを」

「ええ、まあ」

 答えるカルカの声もどこか沈んだものだった。まだ表面化はしていないが、最近の王政は軍部の発言力が増してきている、らしい。各地に点在する遺跡に魔物が発見されたのが原因の一つだ。

「軍部の言い分は国家国民の安全のため、だが──」

 学院長の言葉をカルカが引き継ぐ。

「本来、不可侵のはずの遺跡、迷宮に眠る秘宝や希少価値の高い鉱物の確保が本音、でしょう」

 学院長は頷き、

「だが軍部の主張を陛下が承認なされた。これには反対することなど出来ん」

「将来、国家を担うべき人材を育成すべき学院所に、魔物討伐のための魔法使いを育成しろということですか」

 さっきまで少しとぼけた感じで学院長と対話していたカルカだったが、この時ばかりは厳しい口調になっていた。が、すぐに、

「失礼。言い過ぎました」

 と、頭を下げた。王命に逆らえない学院長としても苦渋の決断だと改めて気づいたのだ。

「カルカ、君は今いくつになった?」

 唐突な学院長の問いかけに一瞬戸惑ったが、

「二十三です」

「二十三か。教員の研修期間が二年だから、学院所ウチにいたのは三年か」

「短いですね」

「一瞬だな」

 ははは、と二人して笑った。乾いた笑いだった。

 ゴホン、と学院長が咳払いをし、威儀をただした。つられてカルカも直立不動の姿勢を取る。

「精霊術教員、カルカ・リッツフェール。本月をもってその職を解く」

「は。お世話になりました──ん、本日じゃなく、本月?」

 カルカの問いに学院長は椅子から降り、机の引き出しを開けながら、

「引き継ぎやら他の教員たちとの挨拶とか、色々あるだろう。ヘマをやらかした訳ではないのだからな──お、あったあった」

 引き出しからお目当ての物を探し出した学院長がカルカにそれを手渡した。

「これは?」

 見たところ、少し大きめの封筒だった。封蝋シーリングされているので中身までは分からないが重くはなかった。

「せめてもの餞別せんべつだ。元気でな」

「お世話になりました」

 深々と頭を下げ、礼を述べる。同じ言葉しか出てこない己の語彙力の少なさを恥じながら。

 では、と別れを告げ部屋を出て行こうとした時に、カルカは大事なことを思い出した。

「学院長、僕の教え子はどうなります?」


 

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