実の回想 その一
クラスメイトが楽しそうに家族の話をしたり、クリスマスや誕生日にプレゼントをもらった、お正月にお年玉をもらったなどの話をしたりするのを聞くたびに、私はひどく惨めな気持ちになり、自身の境遇を恨んだ。
家族で食事なんて一度も行ったことがない。プレゼントをもらったこともない。お年玉だってもらっていない。近所のおじちゃん、おばちゃんが見かねて三千円のお年玉をくれたこともあるけれど、すぐにバレて母に取り上げられた。親に隠そうとするなんて、と怒鳴られ、殴られた。そのお金を使って母は、知らない男の人と晩酌をした。私と姉の幸恵は、邪魔になるからと真冬の外に放り出された。
そんな不運な境遇を共にすることで姉妹仲が育まれるかというと、そうではなかった。むしろ私たちは険悪だった。性格の不一致もあった。どちらかといえば男勝りで体を動かすことを好む姉と、図書館で本を読んだり、勉強して知識を蓄えることが好きだった私。ただそれ以上に二人の仲を悪化させたのは、やはり、この境遇だった。
母はよく、私たちを残して何日も家をあけた。当然お金などなかったので、家にあるもので飢えを凌ぐしかなかった。しかし母はかなりの吝嗇で、また料理もしなかったので、食材はほとんどなかった。いつも家にあるのは、菓子パンが数個と、カップ麺が数個だけ。この少ない食料を、私たちは醜く奪い合った。そうするしかなかったのだ。私たちにとって、お互いは食料を奪い合うライバルでしかなかった。仲良く分けっこなど、していられるような余裕はなかったのだ。苦境でこそ仲は深まるなんて、そんなのは嘘っぱちだと私は思う。疑心暗鬼になり、互いを憎むようになって、醜く争い合うだけだ。
私より二年早く中学を卒業した姉は、就職先も決まらないまま当時交際していた男子大学生の家に転がり込んだ。中学生と交際する男子大学生なんてまともな人間ではないことは間違いないが、姉は愛に飢えていたのだろう。あるいは、今の状況を脱するためならば、新たな地獄に飛び込む覚悟でもあったのかもしれない。
それから二年が経ち、私も中学を卒業した。その間、姉とは一度も連絡を取らなかった。スマホは持たされていなかったし、かと言って家の電話に掛けてくるはずもない。そもそも、私と連絡を取りたいなどとは思わなかっただろう。
私は中学を卒業後、社員寮がある工場で働いた。すごく忙しかったし、キツかったけれど、給料は悪くなかった。休みの日や仕事が終わったあとは、必死に勉強をした。大学に行きたかったのだ。本当は高校にも行きたかったけれど、それは諦めて、なんとか勉強して一年で高卒認定試験に合格した。
それから受験勉強をして、理系の通信制大学に進学した。幼い頃からの夢だった、科学者を志してのことだ。
働きながら授業を受け、同じ大学の大学院にまで進んだものの、転職先はなかなか見つからなかった。私の経歴は見るからにワケアリだったし、当時はまだまだ科学の世界は男社会だった。色々と資格勉強をし、製薬メーカーの営業や大学の研究室でのアルバイトなど、様々なところを渡り歩いたが、望んでいる働き方はできていなかった。
そんなある日のことだった。もう十年以上も連絡を取っていなかった姉から電話が掛かってきたのは。
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