病める時も 健やかなる時も

みみのり6年生

病める時も 健やかなる時も

ジャパリパークには一つ禁忌がある。それは、アニマルガールとニンゲンが、恋をして、お互いを愛し合うことである。



「ニンゲン」


アニマルガールのわたしにとっては近くて遠い存在だ。姿形はそんなに変わらないのにそれ以外がまるっきり違う。なにもかも。むしろ似てる所を探す方が大変なんじゃないかな、と思う。


何を隠そう、わたしはアニマルガールだ。「ティラコスミルス」という動物のアニマルガールらしい。でも今のわたしには何のアニマルガールかは関係ない。


なぜなら今のわたしは、「ヒト」であるからだ。


駆除隊の朝は早い。もう初夏に入りかけているというのに太陽はまだ先っぽしか見えていない時間に起床のベルが鳴る。


わたしは起きて本来だったら耳があった場所をボリボリ掻いた。もうずっと長い間引っ込めていたのでもしや耳が消えたんじゃないかと思って片耳だけひょっこりさせてみる。良かった。普通にあった。


わたしはベッドから勢いよく立ち上がると姿見の前でくるりとターンしてみせた。よし!今日も尻尾も耳も出ていない。見てくれは完全に「ヒト」のそれである。


 わたしが「ヒト」として駆除隊で働く契機になったのは、巨大セルリアン

事件だった。


 元々アニマルガールが主兵力の探検隊が発足して以来、ヒトが主兵力の駆除隊の存在は不要とする意見は多く散見されていた。

「駆除隊不要論」側の意見としては、女王事件のときといい、巨大セルリアン事件の際も何の活躍も見られない、そもそもアニマルガールでなければセルリアンと戦えない等々、中には誹謗中傷に近い意見もあった。


そんな意見に対し、駆除隊側は何かしら功績を上げることしか、存在価値を示す方法は持ち合わせていなかった。しかし、セルリアンとヒトの間には容易には埋められぬ溝がある。


そういった事情でわたしは「ヒト」に扮して駆除隊として活動している訳である。


わたしの正体を知る者は今のところ駆除隊長しかおらず、アニマルガールもわたしの正体を知ってる娘はいない。別になんとも思っていないが、バレたらどうするかは未だ悩んでいる。というのはわたしは「ヒト」でありたいのである。



姿見の前でボーっとしているとお日様はもう既に真ん中まで出かかっていた。いけないいけない。着替えなくては。


アニマルガールの衣装を脱いで、駆除隊の制服に着替える。ちなみにわたしは一旦すべての服を脱いでから、新しい服に着変えるのがマイルーチンである。


ん?・・・部屋の遠くから特徴的な足音が聞こえる。この足音はあいつね・・・なんて思っていると、案の定ノック音が聞こえた。


「いいよ〜。」

「ゲッ・・・お前裸かよ。」


男は、わたしが「いい・・・」と発音する頃にはもう開けていた。


「今更わたしの裸を見て、恥ずかしがるような仲でもないでしょう?」


姿見から顔が赤くなってるのが見えた。わたしはつい頬が上がってしまった。


「あのな。親しき仲にも・・・」

「そんなこと言ったって、その目線じゃ、信憑性は皆無だよ?」


それは・・・生理現象で・・・なんて言い訳してる姿が可愛い。まるで小動物を弄んでるみたいだ。そう考えるとわたしも大分性格が悪い。


「なぁ・・・お前、他の隊員に、見せてないよな?」

「え?普通に見せてるよ?」


男は舌を噛んだような苦い表情を見せた・・・あ、さすがに遊びすぎたか。反省


「ほら、女子同士でお風呂入ってるでしょ?」


そういう冗談はやめてくれ!とその後ガチトーンで怒られた。怒ってる姿も可愛いかったけど。まぁ、面倒くさかったからわたしは適当に「二人の秘密にする」とか言っておいた。


朝日が完全に登る頃には点呼も終了し、朝食の時間になった。


今日のプレートはコーンブレッドに、合成肉のスパム、そしてベイクドビーンズ、うん、いつも通りだ。うん。というかメニューは週ごとに決まってるし。


でも、普段とは違ってなんか深みがある味なような気がする。やっぱり隣に好きな人がいるご飯はそうなのだろう。


「お前、やけに上機嫌だな。」

「まぁね〜。いや〜、今日のご飯は美味しいなぁ・・・って。」

「?普段と同じだろ?」


君にはわからないか〜。こういうのは本来「ヒト」の領分なのにね。


周りの隊員がわたし達をからかう。照れくさいけど、周りから認められてる事がわかるから嫌いじゃない。駆除隊に入った頃のアニマルガールでも「ヒト」でもないわたしを認めてくれるヒトがいるか、と悩んでいたわたしに今の状況を教えてあげたい。


・・・くん・・・

「ティラミス君!」

「隊長?」


気づくと隊長がわたしの前に立っていた。心なしか不機嫌そうだ。ご飯くらい好きに食わせて頂きたいものである。


「ティラミス君、少し話がある。今、時間いいかね?」


「わたしは別に構いませんよ、丁度ご飯も終わったことですしね。」


隊長からされた話は、まぁ大体予測どおりの話だった。


「ジャパリパークには一つ禁忌がある。君はわかっているかね?」


「・・・わかってますよ。そんなこと。」


前例がないんだ。そう隊長は言った。そんなことわたしの知ったことではない。ならばわたしが1号になってやるまでだ。


「でも、今のわたしは「ヒト」です。そうでしょう?」

「それはだな・・・・」

「別に、わたしは探検隊に行っても構いませんがね。」


「いや・・・それは・・・困る。」


隊長は俯いた。わたしだって、どこか後ろめたく思っている自分はいる。でも、わたしにヒトとして生きることを強制したのはそっちじゃないか。ならわたしは「ヒト」として生きるだけだ。


「君は仮に彼にフレンズだとバレてしまったらどうするつもりなんだ?」


動作が隊長とわたしで逆転した。


「彼はジャパリパークの職員だ。君の正体を知ったら、恐らく君を遠ざけるだろう。」


知っていた。そんなことは。でもどうするか?それは・・・


「っ・・・」

「わたしとて、恋する気持ちがわからないわけではない。だがな・・・」


結局、何も言えず、わたしは部屋を辞した。


「だいぶ凹んでるな〜。どんだけキツく怒られたんだ?」

「うん・・・だいぶね。」


彼はわたしのことなにもしらない。だからわたしに無邪気な反応をしてくれるんだ。でも・・・わたしのことを知ってしまったら・・・多分。


「ねぇ・・・アニマルガールって、どう思う?」

「アニマルガール?ああ。可愛い子多いよな。お前ほどじゃないけどw」

「そう?・・・ありがと。」


お前、なんか変だぞ?彼はそう言った。確かに、わたしは変だ。


「おい、これは仕事なんだからな。いつもの調子で頼むぞ、なぁ?」


その一言で、わたしは今回のドライブが仕事であることを思い出した。そうだ。余計なことを考えるのはあとでいい。今は敵のことを考えよう。わたしはこの問題を頭の隅に追いやった。


今回の任務は哨戒中のラッキービーストがよく失踪する地点の捜査という話であった。こういうのは大抵の場合小型のセルリアンの仕業である。ちゃちゃっと終わらせてと・・・


「そろそろチェックポイントだ。気ぃ引き締めて行くぞ。」

「らーじゃ。」


わたしはホルスターに拳銃を収めた。ホルスターの内側ポケットにはアニマルガール由来のナイフが仕込まれていたが、そっちは絶対使うまい、そう思っていた。



チェックポイント付近は別に何ら違和感はなかった。アニマルガールの鼻からしてもセルリアンの匂いはしなかった。


「なにもないな。」

「ねー。どうする?」


彼はテキトー言って帰るか。と言った。そもそもラッキービースト自体、まだ改良途上であり、故障で暴走することはよくあった。


彼はチェックポイントに背を向けた。その瞬間であった。


「ばかっ!避けて!!!」


わたしは彼を押し飛ばした。すぐ後に丸太くらいの触手が飛んできた。わたしは体を捻って体のすぐ近くで交わす。


彼は気が動転しているようだった。わたしは拳銃を引き抜いた。


なるべく彼から離れた場所に動きながら触手の根本を狙い撃つ。一回なら貫通できなくても、同じ場所に当て続ければ勝機は見えてくるはずである。


にしても触手一本ごときにこんなに手間どるなんて、アニマルガールの力が使えれば、こんなやつ雑魚なのに・・・、わたしは歯ぎしりした。このままではそれこそ拉致があかない。


「ティラミス!!!」


彼が・・・彼が・・・触手に縛り上げられて、空高くに持ち上げられていた。


「ッ!!!」


彼を巻き込まないように、距離を取りながら戦っていたことが寧ろ裏目に出てしまった。


「ティラミス!俺のことはいいから!!!先に・・・」


わたしはこっちに迫ってくるもう一本の触手を間一髪の所で交わした。やっぱりヒトの姿だと、こんなもんか。


さっきから威勢のいい事を言い放った彼の目は恐怖で怯えていた。


その時、わたしの中で覚悟が決まった。


「待ってて!今助けるから!!!」


わたしはナイフを取り出すと、セルリアンに向かって突進していた。


すかさず触手がわたしの方に伸びてくる。わたしは尻尾で体の角度を変えるとソレはわたしの横を通り過ぎていった。


伸びてきた触手を掴んで、上空の方に放り投げると、セルリアンは全体を晒した。わたしは持ち上げられたセルリアンにジャンプで近づくと彼を抱いた触手を切り裂いた。彼を抱けるのが許されているのは世界でただわたしだけである。


触手から開放された彼を空中で受け止める。この間も触手はわたしに迫って来ていたが、わたしはナイフを片手間で投げて、セルリアンを黙らせた。


セルリアンは地面に衝突した勢いでわたしのナイフが核に刺さり、粒子となって散っていった。


わたしは一応、尻尾と耳をまた胴体に隠して、彼と向き合った。


「ごめんね。」


それしか言えない。もうなにもかも終わってしまったんだ。


「なぁ・・・」


子供を諭すような口ぶりだった。


「なんで・・・言ってくれなかったんだ?」


「だって、・・・好きだったから。」


「そうか。」


「うん。ずっといつか言おうとは思ってたんだ・・・でも。」


「なぁ、隠し事はそれだけか?」


え?


「他に隠し事はないか?って聞いてる。」


え?え!?え!?!?


彼はわたしの頬を手に取った。手があったかい。瞳にはわたしの顔が映っていた。


「二人だけの秘密、できちゃったな。」


そういうのは殺し文句にしちゃいけないんだよ。せっかくのムードが台無しだ。


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