第11話 「CGだろ?」と現実逃避する元勇者に、4K画質の「現実」を教えることになった

 決戦の日。東京都心に出現したBランクダンジョン『機械仕掛けの迷宮(クロックワーク・メイズ)』の入り口広場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。


 詰めかけた報道陣のフラッシュ。野次馬たちの喧騒。そして、上空を飛び交う無数の撮影用ドローン。


 それらが注目するのは、今日行われるたった一つのイベント――通称「真贋(しんがん)戦争」だ。


 片や、Sランクから転落し、起死回生を狙う元人気パーティー『ブレイブ・ストリーム』。片や、彗星のごとく現れ、常識外れの手法でダンジョン配信界を席巻する『レンズ・スタジオ』。


 敗者は引退、全アーカイブ削除。配信者の生命を懸けたデスマッチが、今始まろうとしていた。


 ◇


「おいおい、随分と余裕そうだな、レンズ。負けて泣きを見る準備はできてるか?」


 スタート地点で、カイトが勝ち誇ったように笑いかけてきた。彼が身に纏っているのは、新品のミスリルアーマーだ。その輝きは、彼がこの勝負に全財産――いや、借金までして賭けていることを物語っている。


「……カイトか。久しぶりだな」


 俺は愛機『ヴェリタス・ゼロ』のセンサーチェックをしながら、顔を上げずに答えた。正直、彼に関わっている時間は惜しい。このダンジョンの光源は特殊だ。配管から漏れるオレンジ色のナトリウムランプと、歯車の隙間から走る青白いアーク放電。この「ミックス光」のホワイトバランスを調整するのに忙しいのだ。


 俺の冷淡な態度が気に障ったのか、カイトの眉がピクリと跳ねる。


「ふん、相変わらずスカした態度を。……だが、その減らず口も今のうちだ。見ろよ、これを!」


 カイトが指を鳴らすと、背後からトオルが得意げに進み出てきた。彼の手元にあるコントローラーによって、一台の巨大なドローンが重厚な駆動音を立てて浮上する。  漆黒のボディに、禍々しい赤色のLED。カメラレンズは複眼のように並び、下部にはスタンガンまで装備されている。


「紹介しよう! 最新鋭軍事用ドローン『レッド・ホーク(紅の猛禽)』だ!」 「うぇーい! 見てくださいよレンズさん、このスペック! 対衝撃シールド搭載、オートマッピング機能付き、さらに敵性反応をAIが0.1秒で感知して自動回避するんすよ! レンタルの保証金だけで数百万しましたけど、これさえあればこの『機械迷宮』なんて散歩コースっすわw」


 トオルがヘラヘラと笑いながら、俺の三脚をチラリと見る。


「それに比べて……プッ。相変わらずその鉄パイプ(三脚)っすか? アンティーク趣味もそこまでいくと痛いっすねぇ」 「…………」


 俺は作業の手を止め、ゆっくりと彼らの自慢の機体を見上げた。ふむ。確かに、スペック上の数値は高い。軍事用というだけあって、装甲も厚いし、出力も桁違いだ。  金に糸目をつけなければ、現時点で手に入る最高の機材の一つだろう。


 だが。


「……可哀想に」 「あ?」 「いい機材だ。だが、使う人間がその性能を理解していない」


 俺は淡々と事実を告げた。


「このダンジョンの特性を調べたか? 地下へ進むほど磁場が強くなる。そのドローン、磁気シールドの施工が甘いぞ。あと、AIの回避ロジックが『屋外戦』の設定のままだ。狭い迷宮内で高速機動すれば、壁に激突して自爆するのがオチだ」


「は、はぁ!? 負け惜しみ言ってんじゃねーよ!」 「うるせぇぞレンズ! どうせお前の動画はCGなんだろ? 生身の勝負でボロが出るのが怖いからって、俺たちに難癖つけてんじゃねぇ!」


 カイトが顔を真っ赤にして怒鳴る。やれやれ。技術的なアドバイスをしてやったのに、聞く耳なしか。俺はため息をつき、隣でガチガチに緊張しているアリスの方を向いた。


「アリスちゃん、調子は?」 「は、はいっ! 師匠! 昨日教えてもらった『カメラ映りの良い走り方』と『被弾した時の美しいリアクション』のイメトレは完璧です!」 「よし。その意気だ」


 アリスは巨大な大剣『ドラゴン・スレイヤー』を背負い、悲壮な決意を瞳に宿している。彼女にとっては、かつて自分を無能扱いした世間へのリベンジマッチでもある。


「緊張しなくていい。カイトたちは『速さ』を競うつもりらしいが、俺たちの目的は違う」 「えっ? 違うんですか?」 「ああ。俺たちの目的は、このダンジョンの美しさと、君の可愛さを4K映像で世界に届けることだ。レースの勝敗なんて、その『ついで』でいい」


 俺が言い切ると、アリスはポカンとした後、ふわりと表情を緩ませた。


「……ふふっ。そうですね。師匠となら、どんな場所でも『撮影会』になっちゃいますもんね!」 「その通りだ。さあ、行こうか」


 午前10時00分。ダンジョン管理協会の職員が、スタートピストルを空に向けた。


 パンッ!!


 乾いた銃声が、開戦の合図となった。


 ◇


「っしゃあああ! 行くぞお前ら! 最速タイム叩き出して、あいつらに格の違いを見せてやる!」 「了解っす! AIナビゲーション起動! 最短ルート検索完了! ドローン先行させまーす!」


 カイトとトオル、そしてエレナが弾かれたように走り出した。彼らの作戦は単純明快。「スピード勝負」だ。敵を無視できる場所は無視し、トオルのドローンが示す最短ルートを駆け抜け、一秒でも速く最奥のボス部屋を目指す。なりふり構わぬ全力疾走。その背中は、焦りと余裕のなさを雄弁に物語っていた。


 一方、俺たちは。


「――ストップ」


 スタートしてわずか10メートル。最初の曲がり角の手前で、俺は足を止めた。


「えっ? 師匠、どうしたんですか? カイトさんたち、もうあんな先に行っちゃいましたよ!?」


 アリスが慌てて振り返る。中継ドローンを通じて見ている視聴者たちも、「えっ?」「諦めた?」とざわついているのがコメント欄からわかる。


 俺は三脚『アトラス・ポッド』を地面に突き立て、周囲の壁面を見上げた。そこには、大小無数の真鍮製の歯車が複雑に噛み合い、蒸気を噴き上げながら回転している、スチームパンクな絶景が広がっていた。


「いいかアリスちゃん。ダンジョン攻略において最も重要なのは『速さ』じゃない」 「えっと、じゃあ何ですか?」 「『ロケハン(下見)』だ」


 俺はファインダーを覗き、壁面の歯車の回転リズムと、蒸気の吹き出すタイミングを確認する。


「この第1層『蒸気の回廊』は、視界が悪い。だが、この蒸気は一定の間隔で噴出している。そして光源は、上部の配管から漏れるオレンジ色の光……」 「師匠……? 今、レース中ですよね……?」 「焦るな。ほら、あそこの蒸気の吹き出し口。あそこに立ってみてくれ」 「こ、こうですか?」


 アリスがおずおずと蒸気の中に立つ。プシューッという音と共に白い煙が彼女を包み込み、銀髪が風になびく。オレンジ色の光が逆光となり、彼女のシルエットを幻想的に浮かび上がらせた。


「ビューティフル……!」


 俺は思わずシャッターを切った。


「映画のワンシーンみたいだ! よし、そのままゆっくり歩いてくれ。剣の切っ先は少し下げて、憂いを帯びた表情で……そう、完璧だ!」 「は、はいっ! ……って、これ本当にレースなんですかぁ!?」


 俺たちは、全速力で走るカイトたちとは対照的に、まるで休日の散歩でもするかのようにゆっくりと歩き出した。


 《 レンズ・スタジオ配信コメント欄 》  : 始まった!  : カイト組、必死すぎて草  : 一方、三脚ニキは撮影会を開始しました  : 余裕ありすぎだろwww  : 舐めプか?  : いや待て、映像めっちゃ綺麗だぞ……  : スチームパンクな背景に銀髪のアリスちゃん……最高かよ  : これ映画? 実写?  : クオリティが高すぎて、見てて飽きないわ


 視聴者の反応は上々だ。俺はニヤリと笑う。


 カイトたちは勘違いしている。この勝負の勝利条件は、「どちらが速くクリアするか」ではない。「どちらがより多くの視聴者を魅了し、数字(同接)を稼げるか」だ。


 必死に走るだけの男の背中と、映画のように美しい美少女の冒険譚。どちらに人が集まるかなど、火を見るよりも明らかだ。


 それに。


「……それに、あの走り方じゃ、すぐにスタミナ切れを起こす」


 俺は先行するカイトたちの背中――すでに豆粒のように小さくなっている――を見つめた。


「この『機械迷宮』は、ただの迷路じゃない。侵入者の行動パターンを学習し、罠(ギミック)を配置する『生きたダンジョン』だ。何も考えずに突っ込めば、ダンジョンの『免疫機能』に排除される」


「えっ? 免疫機能……ですか?」 「ああ。見てな。……3、2、1」


 俺がカウントした瞬間。遠く前方の通路から、けたたましい警報音と、カイトたちの悲鳴が響いてきた。


「うわあああっ! なんだこの大量のロボットはぁぁ!」 「せ、先輩! ドローンが! ドローンが敵と認識されて攻撃されてますぅぅ!」


 通路の床が開き、無数の『スクラップ・ソルジャー』が溢れ出してきたようだ。  トオルのドローンが出す高周波音や、AIのスキャン波が、逆に敵をおびき寄せてしまったらしい。


「さて、アリスちゃん」


 俺は三脚を肩に担ぎ直した。


「ここからはアクション・シーンだ。彼らが作った『騒ぎ』を利用して、最高の画を撮らせてもらうとしよう」 「はいっ! 私も戦います! ……って、ええっ!? あのロボットの群れに突っ込むんですか!?」 「安心しろ。俺の『演出』があれば、君は無傷で勝てる」


 俺たちは悠然と、悲鳴の響く戦場へと歩を進めた。  これはレースではない。  一方的な「格付けチェック」の始まりだ。

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