「映えない」と追放されたカメラマン、配信切り忘れでSランクボスを三脚で殴り倒す ~物理撮影が最強だと世界中にバレてます~
第1話「君のカメラ、映えないから」と追放されたが、俺にとって被写体(君ら)が賞味期限切れだっただけだ
「映えない」と追放されたカメラマン、配信切り忘れでSランクボスを三脚で殴り倒す ~物理撮影が最強だと世界中にバレてます~
あじのたつたあげ
第1話「君のカメラ、映えないから」と追放されたが、俺にとって被写体(君ら)が賞味期限切れだっただけだ
地下50階層。そこは、地上とは物理法則すら異なると言われる、Sランクダンジョン『魔哭(まこく)の回廊』の深淵だ。
天井からは、魔力をたっぷりと含んだ粘度の高い水滴が、時計の針を刻むようにポタリ、ポタリとしたたり落ちている。空気は重く、湿っており、どこか錆びついた鉄のような腐臭が鼻をつく。壁面に張り付いた発光苔(ルミナス・モス)が放つ頼りない青白い光だけが、この絶望的な暗闇を照らす唯一の光源だった。
本来であれば、国家認定のトップランカーか、死に急ぎの愚か者しか足を踏み入れないこの危険地帯。その片隅にある、魔物が寄り付かない「セーフティゾーン」で、あまりにも一方的で、そして軽い「戦力外通告」が行われた。
「――というわけでさ。悪いんだけど、レンズ。今日でパーティー抜けてくれない?」
その声は、周囲の陰鬱な空気には似つかわしくないほど、明るく爽やかだった。声の主は、サラサラの金髪をなびかせた青年剣士。整った顔立ちに、白い歯。まるで雑誌の表紙から抜け出してきたような彼は、国内最大の動画配信サイト『TubeD(チューブ・ディー)』において、登録者数100万人目前という飛ぶ鳥を落とす勢いの人気配信者パーティー、『ブレイブ・ストリーム』のリーダー、カイトだ。
俺――相沢レンズは、愛機である魔導カメラ『ヴェリタス・ゼロ』のレンズフィルターを磨いていた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
俺の視線の先には、カイトだけでなく、パーティーメンバー全員が並んでいる。 全員が、どこか気まずそうに、しかし隠しきれない「優越感」を漂わせながら俺を見下ろしていた。
「……理由を聞いても?」
俺の声は、自分でも驚くほど平坦だった。怒りも悲しみもない。ただ、撮影したデータのホワイトバランスを確認する時のような、事務的な問いかけ。
カイトは「わかってくれよ」と言いたげに、大げさに肩をすくめてみせた。
「いや、ほら。俺たちもついにSランク昇格だろ? 企業案件も増えてきたし、もっとこう、派手で『映(ば)える』映像が必要なわけよ。視聴者が求めてるのって、お前が撮るような泥臭いリアリティより、キラキラしたエンタメじゃん?」
カイトはそう言うと、隣に立っていた見知らぬ男の肩を、馴れ馴れしく抱き寄せた。全身をピカピカと光る最新のLED付きウェアラブルデバイスで固め、髪を派手なショッキングピンクに染めたチャラついた男だ。
「紹介するよ。新しいカメラマンのトオル君だ。大手事務所からの紹介でね。彼が使う最新鋭ドローンなら、4K画質はもちろん、AI自動追尾、空間演出エフェクト、それに最強の『美肌補正』まで完備されてる」
カイトはそこで言葉を切り、俺の機材へと視線を移した。その目には、明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
「悪いけど、お前のその……古臭い無骨なカメラと、バカみたいに重い鉄塊(三脚)じゃ、これからの俺たちのスピード感について来れないんだよ」
紹介されたトオルという男が、ガムを噛みながらヘラヘラと俺の前に割り込んでくる。彼は俺の目の前で、わざとらしく自分の浮遊型ドローンを指先で弄んでみせた。
「うぇーい。レンズさーん、お疲れっしたー。いやー、マジでビビりましたよ。まだそんな博物館レベルの粗大ゴミ使ってるんすか? 逆に尊敬っすわw」
トオルが、俺の愛機を汚いものでも触るかのように、爪先でコンコンと小突く。 俺の眉が、ピクリと跳ねた。
「……触るな。指紋がつく」「あ? なんだよその態度。あーあ、せっかく先輩のそのポンコツカメラ、中古屋に売って退職金代わりにしてやろうかと思ったのに。親切心を踏みにじるとか、これだから老害は」
こいつ、今なんて言った? この『ヴェリタス・ゼロ』は、古代遺跡の最奥「神代の遺構」から発掘された、現代科学でも解析不能のオーパーツだ。市場価値をつけるなら国家予算レベル。それを中古屋だと? いや、それ以前に、カメラマンの魂である機材を「ゴミ」呼ばわりしたこと。その無知と傲慢さに、俺の中で静かな怒りのシャッターが切られた。
「君のドローンの豆粒みたいなセンサーサイズじゃ、深層特有の『魔力光(マナ・ライト)』のダイナミックレンジを捉えきれずに白飛びするぞ。それに、そのAI追尾機能は魔力嵐(マナ・ストーム)の干渉を受けやすい。いざという時に制御不能になるリスクがある」
俺が淡々と事実を告げると、トオルは鼻で笑った。
「はいはい、スペック厨乙w 出たよ古参のこだわり。あのさぁ、視聴者はそんな細かい画質なんて見てないんすよ。スマホの小さい画面で見るんだから、派手ならそれでいいの。おっさんが汗水垂らして撮る、泥臭くて地味な映像とか、暑苦しくて需要ないんでw」
トオルは下卑た笑いを浮かべ、スマホの画面を俺に見せつけてくる。そこには、過剰なエフェクトで加工され、原型を留めていない彼らの自撮りが映っていた。
さらに、魔導師のエレナも腕組みをして、冷ややかな視線を向けてきた。彼女は今まで、俺の指示に従って立ち位置を調整していたが、それがずっと不満だったらしい。
「それに、あんたの撮る私、なんか可愛くないのよね。トオル君のフィルターなら、自動で脚を長くして、ウエストも細くしてくれるのに。……要するに、あんたの映像には『夢』がないのよ。見てる人が憧れるような『虚構』を作れないカメラマンなんて、三流よ」
「夢、ね……」
俺は小さくため息をつき、ファインダー越しに見るような冷徹な目で、かつての仲間たちを観察した。
(……カイトの今の表情、口角の上がり方が不自然だ。演技が過剰すぎる。それにエレナ、立ち方が照明を意識しすぎて隙だらけだ。敵襲があったら即死するぞ)
なるほど。彼らが求めているのは、被写体の魂を映し出す「ありのままの真実(ドキュメンタリー)」ではなく、自分たちを良く見せるための「加工された虚構(ファンタジー)」というわけだ。
彼らは気づいていない。俺が裏で、画角内の敵の動きを阻害したり、光量を調整して、君たちの「下手な魔法」を「神魔法」に見えるよう演出していたことに。君たちが「最近、俺たち強くなったよな?」と錯覚していたのは、俺がカメラの機能で敵の回避率を下げ、三脚による物理干渉で致命的な攻撃を防いでいたからだということに。
最近、彼らを撮っていても心が全く震えなかった理由が、ストンと腑に落ちた。彼らはもう「冒険者」じゃない。ただ数字とチヤホヤされることに飢えた「承認欲求モンスター」だ。表面上の美しさだけを取り繕い、中身が空っぽになった被写体。そんなものを撮るために、俺はシャッターを切るんじゃない。
フィルムの無駄だ。
「わかった。抜けるよ」
俺はあっさりと頷き、足元のダッフルバッグを持ち上げた。中には予備のバッテリーと、重量2トンの相棒――超高密度金属ヒヒイロカネ製の三脚『アトラス・ポッド』が入っている。
あまりの物分かりの良さに、カイトたちが拍子抜けしたような顔をした。
「……お、おう。意外と素直だな。もっと縋(すが)ってきて、泣き落としでもされるかと思ったが」 「『撮れ高』のない被写体に未練はないからな。俺は、俺の撮りたいものを撮りに行くだけだ」 「あ? ……チッ、なんだその態度は。最後まで可愛げのない奴だな。負け惜しみなんか言いやがって」
カイトはプライドを傷つけられたのか、不快そうに舌打ちをすると、踵(きびす)を返した。
「ま、いいや。じゃあな負け犬! この深層で野垂れ死にな! 行くぞトオル、エレナ! 次のエリアで華々しく『新体制発表配信』やるからな!」 「はーいカイト! あ、レンズ。邪魔だから私の荷物は置いてってよね! 重いから持ちたくないし!」 「あざーっす! 先輩、遺品回収は俺たちがやっとくんで安心してくださいねーw あ、そのポンコツカメラ、遺影撮影にちょうどいいっすね!」
下卑た笑い声が、洞窟内に反響する。 彼らはそのまま、俺を振り返ることなく、次の階層へと続く転移ゲートへ向かって歩き出した。
――と、その時だ。 カイトがふと思い出したように足を止め、振り返った。
「あ、そうだレンズ。悪いんだけどさ」 「……なんだ?」 「お前、帰還用の転移スクロール持ってるよな?」 「ああ、予備が一枚あるが」
カイトはニヤリと笑うと、俺の手からスクロールをひったくった。
「これ、没収な。トオル君が持ってくるの忘れちゃってさー。元『荷物持ち』のお前なら、徒歩で帰るくらい余裕だろ?」 「……本気か? ここは地下50階層だぞ」 「知るかよ。それが『戦力外』の扱いだ。じゃあな!」
カイトたちは俺の唯一の帰還手段すら奪い、嘲笑を残してゲートの光の中へと消えていった。
ゲートが閉じ、あたりに完全な静寂が戻る。Sランクダンジョンの最深部。一歩外に出れば、戦車の装甲すら紙切れのように引き裂く魔物がうろついている死地。そこに、俺はたった一人、取り残された。
普通なら、絶望して泣き叫ぶ場面だろう。あるいは、恐怖でパニックになり、自滅するかもしれない。
だが。
「……ふぅ。やっと行ったか」
俺が最初に吐き出したのは、絶望の溜息ではなく、心底安堵した「解放感」の息吹だった。
「あいつらがいると、いちいち『キメ顔』が入るまで待たなきゃいけなかったからなぁ。攻撃の瞬間も、『顔が隠れるから』って派手なエフェクトを要求されるし……これでようやく、俺のペースで撮影ができる」
俺は鼻歌交じりに準備を始めた。ダッフルバッグを開き、愛用の三脚を取り出す。ヒヤリとした黒い鉄塊。その重量感が、俺の掌にしっくりと馴染む。
「さてと。ここ深層50階層は、確か『アイツ』が出るんだよな」
俺はニヤリと笑った。カイトたちというノイズが消え、最高のロケーションだけが残った。これ以上の環境はない。
俺はまだ気づいていない。カイトたちが去り際に、配信の「切断処理」を怠っていたことに。そして、俺の高性能カメラが自動で回線を維持し、ここからの俺の行動が――全世界へ生中継されようとしていることに。
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