17.ドラザール・ブラックフォージの受難その1
ブラックフォージ男爵領の北西にある山岳地帯。
崩壊した魔王城跡のさらに地下。
魔王不在の謁見の間にて、二人の影が揺れる。
「ヒーヒヒヒ! じゅーんびはできたようですねぇ! ドラザール!」
ははっ、と平服するのはドラザール・ブラックフォージ。
かつてこのブラックフォージ領を治めていた男爵にしてオズワルドの父である。
なぜ、こんなところにドラザールがいるのか?
なんと、ドラザールは魔王軍に寝返っているのだ!
「よもやソルディア川を経由してブラックフォージ領とグレイフォード領の境界に魔物を潜伏させているとは夢にも思うまい…。かつてブラックフォージを治めていただけのことはある」
「いえいえ、そんなそんな…」
ドラザールは笑顔をキープしつつも内心でキレていた。
目の前で偉そうにしているのは魔王の側近、インテリぶったカシアスを見ると腹が立って仕方が無い。
『我らが魔王軍の軍門に降れば永遠の幸福を約束しよう』
ブラックフォージ領との終わりの見えない戦争に頭を抱えていたドラザールにとってその誘いはとても魅力的だった。
圧倒的な魔王軍の力があれば、やれ税が高いだのと口うるさい領民を宥める必要もなければ、グレイフォード領に見栄を張る必要も、振り上げた拳の落とし所に困ることもなくなる。
魔王軍幹部として世界征服に貢献すれば、かつて治めていたブラックフォージ領どころかグレイフォード領だって手に入るだろうし、なんなら北のアルメリア領だってもらえるかもしれない。
「よくやったドラザール。褒美はそうだな。世界の25パーセントをお前にやろう!」
「ははーーっ! ありがたき幸せ!」
「ドラザール様! 流石ドラザール様!」
きっと、こうなるはずだ。
民衆に非難され続ける地方の男爵として一生を終えるか、魔王軍の幹部として辣腕を振るい、自分を見下してきたやつらに目にモノみせてやるか。
どちらを選ぶかなど明白だった。
だが、魔王クルエル・グリードは死んだ。
カシアスとドラザールが夏のバカンスに出かけている間に、勇者に倒されたのだ。
(お前がバカンスになど誘わなければぁぁ~~!)
怨嗟の声を上げそうになりながら、ドラザールは踏みとどまる。
よく考えてみればバカンスに行っていなければドラザールもまとめて勇者に倒されていた可能性が高い。
むしろ、これは幸運かもしれなかった。
ここからカシアスと二人でブラックフォージ領とグレイフォード領を攻め落とし、領民を生け贄にして魔王を復活させることができれば、四天王待遇スタートも夢ではない。
功労が認められれば、ゆくゆくは世界の30%を手中に収めることもできるかもしれなかった。
ちょっと欲張りすぎだろうか?
いや、それくらいの活躍だとドラザールは確信していた。
しかし、勇者に嗅ぎつけられる前に素早くブラックフォージ領とグレイフォード領を攻め落とせるほどの戦力は今の魔王軍にはない。
そこでドラザールは考えた。
ブラックフォージとグレイフォードにはお互いに戦ってもらい、疲弊したところを突けば両方取れるのでは?
名付けて漁夫の利作戦である。
しかし、どういうわけか戦いは鈍化するばかりでここ数年はにらみ合いが続いている。
これでは何年かかるかわからないので、カシアスと相談して魔物を動員しブラックフォージとグレイフォードを刺激することにしたのだ。
カシアスは魔物の動員をだいぶ渋ったが、ドラザールが成果を盛りに盛って説得した形である。
まず北西にある魔王城跡から山岳地帯を東に向かい、北のアルメリア領に気づかれないように少しずつソルディア川流域を降っていく。
流石に図体のでかい魔物に隠密行動させるのは無理があるので、魔物はスケルトンにした。
カシアスは勇者に倒された高位の魔物たちを低位の魔物であるスケルトンにするのを嫌がったが、ドラザールは三日かけて説得した。
ゴブリンより静かだし、食費もかからない。
川で流されても下流で組み立て直せるのもいい。
「スケルトンほど素晴らしい魔物はそういません!」
そう言い切った直後にドラザールの背中にゴブリン、コボルト、オーク、ゾンビ…その他たまたまそこに居合わせた魔物たちの視線が背中に刺さったような気がしたが気づかないフリをした。
スケルトンの進軍は三年もの歳月をかけて行われた。
他の作戦と同時進行しているとはいえ、かなりの時間がかかってしまった理由はたくさんある。
たとえば、カシアスが魔力をケチったことでスケルトンが道中で魔力切れを起こして動かなくなったり、ソルディア川に流されたまま海に流れ込んで行方不明になってしまったりした。
その他、スケルトン同士の喧嘩やボイコット。
人権運動からの革命など様々な困難に直面しつつも、ドラザールはそのすべてを解決し、スケルトンをまとめあげた。
そうした地道な努力によって、どうにかこうにか決行の時にこぎつけると。今度はカシアスが手のひらを返したように褒めてきた。
「フッ、流石ドラザール。私はやる男だと思っていたよ! お前をスカウトした私の鼻も高い高ぁい!」
それはそれでムカついた。
散々、無理だダメだうまくいかないと難癖をつけてきたくせに!
しかし、ここでキレてはこれまでの苦労が水の泡だ。
ドラザールは笑顔をキープしたまま、カシアスにへりくだる。
ここまで慎重にコトを進めてきたが、ここからはもっと慎重にコトを進めねばならない。
ソルディア川にかけられていた橋はすべて落とされているため、ブラックフォージとグレイフォードを同時に攻撃することはできない。
まず、ソルディア川流域に潜伏させたスケルトンにブラックフォージの村を襲わせる。
そして、街に潜伏させた狼男が「グレイフォードが魔物と組んだ。攻めてくるぞ!」と噂を流す。
恐慌に駆られたブラックフォージがソルディア川に橋をかけたら、その橋を利用して今度はグレイフォードの村をスケルトンに襲わせ、グレイフォードの街で狼男が「ブラックフォージが魔物と組んだ」と噂を流す。
こうすれば疑心暗鬼になったグレイフォードとブラックフォージが争いを再開してくれるはず…。
そうして潰し合って疲弊したところを…漁夫の利! 漁夫の利! 漁夫の利!
くぅ~~笑いが止まらん!
早く世界の30%が欲しいっ!!
そう、ドラザールはほくそ笑む。
私の作戦は完璧だ!
しかし、ドラザールは不運であった。
偶然にもスケルトンが潜伏していたソルディア川流域に無数の隕石が飛来したのだ。
前回の話を読んだあなたなら、もうお気づきだろう。
オズワルドが放った【メテオレイン】である。
ドガガズガガァン! ズドガァン!
ズガッ! ズドドドッドドォォン!
「な、なんだ! 何の音だ!」
「ソルディア川流域からもの凄い音がしているようです!」
「は、はぁ!? 早く水晶玉をもってこい! スケルトンたちは無事か!?」
付き人のかしこいゴブリンが急いで水晶玉を用意し、カシアスが「はぁー!」と念を込める。
三年がかりで潜伏させたスケルトンたちが次々に消し飛ばされていた。
ズガァン! ズガァン! ズドガガガガァン!
全然止まらない。
かなり長く降り注いでいる。
「は? えっ…。はぁ?」
ドラザールもカシアスも隕石を見るのは初めてだった。
「えっ、これドラザール知ってる?」
「いや、その。知らなくて…」
「そっか…。まぁ、だよね。私もはじめてみた」
「うん、ドラザールもはじめて」
「そっかー。何なんだろうな、これ」
これが自然災害なのか神の怒りなのか。
この巨大な石つぶてがどこからやってきているのか。
何もわからない。
ズドドドドドドドドドッドドォォン!
ズドオオオオオオオオオオオオオオン!!
ズギャアアアアアアアガアアアアン!!
土煙でここからはよく見えないが、この様子ではブラックフォージとグレイフォードの境界警備隊も全滅だろう。
まあ、そんな些末なことはどうでもいい。
そんなことよりスケルトンたちを失ったことの方がショックだ。
なんだかよくわからない理不尽な理由で長年かけた魔王様復活計画が破壊されていくのを、ドラザールとカシアスはただ眺めることしかできなかった。
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