8.馬車作成
軽い自己紹介を交わした後、オズワルドは本題に入る。
「そうかレティシア、物は相談なんだが」
「レティで大丈夫です。オズワルドさん。その…お金…ですよね?」
オズワルドはふと、レティが気味の悪い上目遣いをしていることに気がつく。
それはどこか、ヘラっとした卑屈な笑み。
まるで誰かに媚びるような顔だった。
それはレティ自身すら気づいていない。
心の病理。
人は古来不幸を嘆く。
だが、どれだけの人間が気づけるだろうか。
その不幸を呼び寄せているのは自分自身だということに。
オズワルドはレティの過去を知らない。
レティが故郷ラングスカで両親という後ろ盾を失い、他の商人たちに足元を見られてきたことなど知らない。
レティが理不尽に怒りながらも、その尊厳を摩耗させ、俗悪な環境に順応しつつあったことなど知るよしもない。
知る必要などないのだ。
ただ一瞥しただけで事足りるのだから。
「先に金の取り決めをすること自体は悪かねぇんだが、これじゃダメだな」
オズワルドは頭を掻きながらそんなことを言う。
長き旅路の経験から、人相を見ればその者が抱える心の病理くらい察せる。
世界を五度も救っていれば誰だってそうなるだろう。
オズワルドの脳裏にぼんやりと浮かぶのは、強欲のアステリアの姿だった。
あの女がここにいたら、骨の髄まで搾り取られた上に娼館に売り飛ばされそうだ…。
『ヒャーッハッハッハァ! 酒ェ! 金ェ! 男ォ!!』
いつぞやのアステリアの声が脳内に響く。
あいつ、今グレイフォードだっけ? 詐欺と殺人と借金踏み倒しのフルコンボで収監されたって聞いたけど。一ヶ月もあれば獄中で金稼いで出てきそうなんだよな……。どうせ処刑も全部失敗するだろうし。
「……?」
レティが心配そうな顔でオズワルドを見る。
何かわたし間違ったことしちゃいましたか? みたいな顔だ。
空想のアステリアがレティの横でまくしたてはじめた。
「おおー! お嬢ちゃん商人なの? すっげ! いいね! 最高ッ! ヒュー!」
図々しくも肩を抱き始める。
「やっぱ駆け出しって大変だよな! うんうんわかる! お姉ちゃんわかるなぁ~! 何事も最初は実績だよね! 名を売らなきゃならない! これが大変なんだよね……。一番ツラい頃だよ。いやさ? だからこそ! 先輩として助けになりたくってさぁ~。ってわけで、名義貸してくんない? 代わりに私がすげえことしてやるからさ! はい、ここにサインね~! 人間、人を信じられなくなったらオシマイだからね~!」
借金の付け替えは書面一枚でできる。
出会って三十秒で借金地獄。
目に浮かぶようだった。
「あ、あの……。私、何か悪いことしちゃいましたか?」
レティがオドオドとそんなことを言っている。
ありったけの金品を背にしていい顔ではなかった。
「ああ? やめろやめろ。なんだその「わたしはお金しか取り柄がありませんよ」みたいな顔は。お前も商人なら毅然としろ。無意味に自分の価値を毀損するな」
「は、はい!」
レティの背筋が伸びる。
摩耗し、砕けかけた尊厳がたった一言で回復していた。
「よし、いい顔になったな」
レティは知らない。
オズワルドが数多の英雄を支え、励ましてきたことなど知らない。
その結果として世界が五度救われていることなど知らない。
だが、そんなことはどうでもいいこと。
このページの外側にある物語だ。
重要なのは。
これまで奮起した英雄たちと同じように、レティもまたその心を取り戻したということだけだ。
ちなみにオズワルドはと言うと。
なんだぁ? 急にキラキラした目になったぞ。
まぁいいか。
といった具合である。
神話の当事者とは、案外そんなものなのだった。
「それで、物は相談なんだが……。この馬車直したら壊したのチャラにしてくれないか?」
オズワルドはもののついでに交渉を始める。
本来なら、レティは俺が馬車を破壊したことを怒ってしかるべきだし。
対価を要求できる立場なのだ。
それをしないということは、レティは何の後ろ盾も持っていないと暴露したに等しい。
食い詰めていないまともな盗賊が商人を襲うことをためらうのは、商会や冒険者ギルドからの報復を恐れるからだ。
つまり、実際には後ろ盾がなかったとしてもブラフを張るべきだが…レティはそれすらできていない。
「えっ、直せるんですか?」
この状況なら【クラフト】を使うかのようにみせかけて【チート・クラフト】を使えるだろう。
「失敗したら馬車は消滅するが、それでもいいならな」
「お、お願いします! このままだと財産の大部分を放棄することになっちゃうので……」
あの…とレティが続ける。
「その条件って【クラフト】スキルですよね? あの剣技って【剣士】系スキルじゃないんですか?」
「さぁ、何のことかな。ま、許可はもらったちゃっちゃとやるぞ」
「あ、はい」
オズワルドは多くを語らない。
スキルの全容がわからない以上、すべては憶測になるからだ。
オズワルドは馬車に近寄り、手をかざす。
スキルの名を口には出さず、ただ心で唱えた。
【チート・クラフト】!
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル4
【ワールドチェンジ】
・SLG『文明の箱庭』レベル3
ワールドスキルが追加されました
【農地作成】
【平地作成】
【石臼作成】
【水車作成】
【道具屋作成】
【鋼の剣作成】
【鍬作成】
【ポーション作成】
【エーテル作成】etc…
――――――――――
オズワルドは面食らった。
それもそのはず。
SLG『文明の箱庭』がレベル3になったことで、作成できるアイテムが増えていたのだ。
多すぎて画面に収まりきらないほどに。
画面に触れるとスルスル文字が流れていく。
睡眠不足で目が霞む。
これだから年食うとダメだと目をこすりながら、目当ての馬車を見つけた。
あ! あった!
――――――――――
【鋼の剣作成】
【鍬作成】
【ポーション作成】
【エーテル作成】
【ハイポーション作成】
【ハイエーテル作成】
【自転車作成】
【馬車作成】◀ ピッ
【車作成】
【召喚屋作成】
【暗黒破壊竜グランギニョル作成】etc…
――――――――――
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