第30話 独房の中
示された独房へ、足を踏み入れる。
他の独房と同じ。狭く、冷たく、暗い部屋だった。ベッドとトイレでもういっぱいだ。
こんなの、寝て過ごすしかないじゃん。
暇つぶしがもっと必要だったな、とウォルピアは心の中で舌打ちをする。
鉄格子で廊下と区切られただけの、簡素な空間である。窓も鉄格子が嵌まっており、採光以外の役割は望めなそうだ。
背後でガチャリと冷たい音が響き、錠が落ちる。
鉄格子には、鎖と手錠が巻き付いていた。
それは「いつでも巻けるぞ」と、まるでこちらを威圧するかのように鈍い光をまとっている。
刑務官の足音が聞こえなくなってから、窓と扉の鉄格子を強く揺らしてみる。僅かな緩みがガチャガチャと音を立てたものの、外れる気配はない。
まあ、当然か。
ベッドに腰掛けると、ギシッと嫌な音がした。気温に見合わない薄っぺらな毛布が一枚、無造作に置かれている。
ありったけ着込んでいるウォルピアは問題ないが、囚人の凍死を防ごうとしているとは思えない。
「さて……」
小さな声で呟いた。
考えよう。
この何もない空間で、何が楽しめるかを。
翌日、時刻は午前10時頃だろうか。
時計がないので正確な時刻は分からないが、朝食のパンが与えられてしばらく経った頃、刑務官によってウォルピアは連れ出された。
通されたのは、懐かしい部屋だった。
ティチューバと面会した部屋だ。
座る椅子は、先日はティチューバが座っていた椅子。
しばし待機した後現れたのは、パリス牧師だった。
「ウォルピア……」
パリス牧師は狼狽していた。
ウォルピアは困ったような微笑を浮かべて見せる。
「こんな姿を晒すなんて、なんとも……お恥ずかしいです」
「一体どういうことだ」
パリス牧師は椅子に腰掛けながらため息をつく。
「昨日、連行される君を見たと教えてくれた人がいてね。家に行ってみたらもぬけの殻で」
タキタは隠れたのだろうか?
「君を告発したという話は聞いていなかったから、すぐアビーに聞いたがね、彼女はそんなことは絶対にしないとひどく憤慨していた」
やはり、アビーではないのか。
ウォルピアは小さく唸る。
「一体だれが……。魔女裁判が始まれば、証言台に来るでしょうから分かりますが、僕は全然検討がつかなくて」
「私もだ。私が信用して雇っているのだから、村人も君を信用していると思っていたんだが」
「疑われるような言動が、何らかの落ち度が、僕にあったのでしょうか」
悲しげな声を上げてみせると、パリス牧師は胸を痛めたように眉根を寄せる。
「ああ、ウォルピア。君の疑いが晴れるよう、私もできるかぎり手を打つよ」
「ありがとうございます」
牧師の言動に、嘘があるようには思えない。牧師も告発者ではないだろう。
では一体だれが?
「魔女裁判で早く潔白をお示ししたいところですが……」
ウォルピアは言い淀む。その理由はパリス牧師もすぐ気付くところで、腕を組んで天を仰いだ。
「魔女の疑いのある者があまりに多いのでね、裁判の順番待ちは長蛇の列だ」
アビーとサリュが一生懸命頑張った結果、凍える監獄で待ちぼうけを食らっている者がたくさんいる。
「私の権限をもってしても、君を勝手に釈放することはできない。だが、少しでも早く裁判を受けられるよう、なんとかしてみる」
「あまり無理はなさらないでください、疑いのある者を庇っていると思われると良くないです」
ウォルピアは本気で心配した。パリス牧師の後ろ盾は、この村で生きるには失いたくない。
だが牧師はまるで父親のように、優しく微笑んだ。
「私は私のできることをするまでだ」
「マジ頼むよ、できるだけ早く」
独房に戻されたウォルピアは、何もない空間を見つめ、つまらなそうに呟いた。
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