第41話 誕生日の悲劇

今日は2月18日。

斎木晃大、13歳の誕生日。


だけど、朝から胸の奥は晴れなかった。


(誕生日なのに……なんでこんな気分なんだよ。)


理由は分かっている。

肩だ。


1月に入ってからも、テーピングを“外していい日”なんて一度もなかった。

学校ではなんとか外していたけど、帰ったらすぐ巻く。

練習の時は必ず巻く。

巻いてないと不安になるほどだった。


痛みはない。

でも、腕を回すたびに、奥のほうがかすかに引っかかる。


(治ったはずなのに……なんでだよ。)


野球ノートを開けば、現実はもっとはっきりしていた。

ゲームウィンドウのステータスで、肩力と球速の数値が微妙に下がったまま戻らない。


ーー肩力:36 → 33

ーー球速:106km/h → 102km/h


このまま練習していても、元に戻らない感じがずっとしていた。


(誕生日なんだし、気にすんなよ俺……とか思うけど、無理だ。)


結局、昼過ぎ。

母に付き添われて病院に行くことにした。


---


待合室で順番を待ち、診察室に呼ばれる。

前に診てくれた医者がカルテを開きながら眉を寄せた。


「……うん、ちょっと聞いてほしいんだけどね。」


嫌な空気が一瞬で漂う。

斎木は思わず背筋が伸びた。


医者は淡々と説明した。


・最初の診断で“安静2週間”と言ったのは、あくまで軽度を想定したもの

・だが実際は筋と関節まわりが深くダメージを受けていた

・本当は1ヶ月以上の制限が必要な状態だった

・その誤差で、回復の一部が遅れて“違和感が残る状態”になっている

・その影響が消えるには、少なくとも“あと2年近く”かかる可能性がある


「……2年?」


自分の声なのに、どこか他人の声みたいだった。


医者は慌てたように付け足す。


「もちろん、日常生活に支障はないし、悪化するわけでもないよ。

 ただ、スポーツ選手的な“完治”という意味では、まだ時間が必要なんだ。」


(……2年もこのまま?)


その数字が頭にこびりつき、呼吸が浅くなる。


母は心配そうに肩に手を置く。

斎木は頭では分かっているのに、心が追いつかない。


でも、もっと現実的な“問題”があった。


---


家に帰り、自分の部屋のドアを閉めた瞬間。

白いウィンドウが無音で浮かび上がった。


《※肩部に長期的な違和感を確認》

《ステータス変動:肩力・球速の自然回復は停止》

《回復にはスキルポイントが必要になります》


(……うそだろ。)


詳細ボタンを押すと、さらに文字が増える。


《肩力を1上げるにはポイント2が必要》

《球速の上昇も同様:ポイント2必要》


(ポイント2って……マジかよ。)


今まで、肩力はポイント1で上げられた。

球速も同じ。

つまり、今回の“影響”はシステムにも深く刻まれたわけだ。


誕生日なのに、最悪の報告ばかりだ。


けど、それでも。


(……戻れないわけじゃねぇ。ポイント使えば……ちゃんと取り戻せる。)


白いウィンドウが静かに明滅する。


《あなたはまだ成長期です》

《回復は遅いが、強化は可能です》


まるで励ますような文章に、少しだけ肩の力が抜けた。


(2年か……長いけど。

 でも俺、2年くらいで諦めるほど弱くないだろ。)


自分に言い聞かせるみたいに、深く息を吸う。


---


誕生日ケーキを食べたあと、部屋に戻る。

さっきより気持ちは少し落ち着いていた。


肩をゆっくり回す。

違和感は確かにある。

なくなるのは遠い。


でも――


(……だったら、取り戻すまで毎日やるだけだ。

 ポイントだって、稼げばいい。)


拳を作った瞬間、またウィンドウが小さく光る。


《誕生日ボーナス:+2pt》


(……ありがとよ。)


今日の現実は、正直きつい。

だけど、立ち止まるような理由にはならなかった。


「2年もかかるなら、その2年で強くなってやる。」


静かな部屋に、誰にも聞こえない決意だけが落ちた。

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