第40話 気になる...

冬休み明け

斎木晃大は登校する途中、肩まわりの軽さに少し驚いていた。

(ああ……ほんとに治ってきたんだ。)

ゆっくり腕を回してみても、じんわりとした違和感はあるけど、もう痛くはない。


その日の4時間目、席替えしたばかりの教室。

斎木の斜め前の席――最近よく視界に入るようになった子がいた。


三浦ほのか。

明るい声で笑うタイプで、よく友達の名前を呼んでる。

体育のときも、なんとなくクラスの空気を動かすような子だった。


ただ、斎木は今までちゃんと話したことはほとんど無かった。


チャイムが鳴って休み時間になったときだった。

ほのかがふいに振り向いて、斎木を見た。


「あ、さいきくん。

 なんか今日、顔色よくない?……あ、いや、逆に前より元気って感じ?」


突然の声に、斎木は一瞬固まった。


「え、あ……まあ、ちょっとな。肩、もう大丈夫だから。」


ほのかは目を丸くして、ぱっと笑った。


「ほんと?よかった!

 最初のころテーピングしてたとき、めっちゃ痛そうだったから…ずっと気になってたんだよ?」


(……気になってた?)


心臓が急に忙しくなる。

けど、立ち上がるような大きな感情じゃない。

ただじんわり胸の中が温かい。


ほのかは続けた。


「部活、野球なんだよね?

 怪我しててもずっと我慢してたでしょ。ちゃんと治ってよかったね。」


ふんわりした口調なのに、その言葉は真っすぐだった。

それが妙に印象に残った。


斎木は、言葉が出てくるまで少し時間がかかった。


「……ああ。ありがとな。」


短い言葉なのに、ほのかは「うん!」って嬉しそうに頷いた。


その光景が、思った以上に心に刺さってくる。


(なんだこの感じ……。)


ただ一言話しただけ。

それなのに、授業中、つい何度も斜め前の席に視線が泳いだ。


---


放課後。

練習に向かう前、斎木は商店街のガラスに映った自分の姿を見る。


本当に今日は顔色がいい。

いや、たぶん肩が治った安心感だけじゃない。


(……さっきの、三浦の言い方か。)


あっけらかんとしてるのに、やけに胸に残る。

気にしてなかったのに、気になる存在になってしまった、そんな感じ。


肩を回しながら歩いていると――

ふいに、視界に白いウィンドウが浮かんだ。


《デイリークエスチョンが復旧しました》


(え?)


思わず立ち止まる。


《プレイヤーは“負傷状態”から回復しました》

《本日よりポイント獲得が再開されます》

《※ポイント量は一時的1 → 2 に上昇しました》


(……マジかよ。)


ずっと止まっていた“日課”が、唐突に動き出した。

気が抜けそうになるけど――胸の奥は妙に熱かった。


(やっと戻った。

 これでまた、あの日々に戻れる。)


野球ができない時間の苦しさを思い出し、拳を軽く握る。

怪我に悩んでいた期間とは違い、視界がはっきりしていた。


その横で、ウィンドウの下にもう一行。


《本日のクエスト:

 “ランニング10分 → キャッチボール20分 → 指定練習メニューの消化”

 クリア報酬:ポイント2》


(……いつもよりきついな。

 でも……今日は行ける。)


肩が軽い。

気持ちも軽い。


それに――


(気になる子に“元気そう”って言われて、

 へばって帰るわけにいかねぇな。)


自分でも驚くほど、自然にそう思った。


---


新川中のグラウンドに着くと、すでに一年生の掛け声が響いていた。

高梨、川越、本田、黒木――

いつものメンバーがいつもの声を出している。


黒木が気づいて手を上げた。


「おっ、晃大!マジで戻ってきたな!」


高梨もニヤッとする。


「肩どうだよ。投手候補から落ちるのかと思ったぞ?」


「落ちねぇよ。今日から普通にやんぞ。」


即答すると、周りが軽く沸いた。


「よっしゃ!じゃあランニングからだ!」

「投手候補はブルペン向かえー!」


走り出したとき、空気の冷たさが肺に刺さった。

でも、その痛さすら懐かしかった。


(戻ってきた……完全に。)


ウィンドウが小さく光る。


《デイリークエスチョン:進行中》


心の中で、ひそかに笑った。


---


練習を終えて家に帰る頃には足が棒のようだった。

ポイントを手に入れた通知が浮かぶ。


《達成:+2pt》


(キツいけど……悪くねぇ。)


部屋の明かりの中、ふと今日の朝の教室を思い出す。


『今日なんか顔色いいね?』


その一言が、一日の最後まで残っていた。


(……明日もちゃんとやろ。)


怪我明けの身体なのに、気持ちは不思議と軽かった。


ただの回復じゃない。

野球ができる安心。

仲間に戻れた実感。

そして――少しだけ気になってしまう存在。


それら全部が混ざって、

斎木晃大の足を、明日へ向けて静かに押していた

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