第33話 初の変化球

一打席勝負の後。

教室で荷物をまとめていたら、部室にいた二年が言った。

「斎木、監督がブルペン来いって。」


胸がザワッとした。

怒られるのか?

褒められるのか?

いや、どっちでもいい。呼ばれるだけで手が震えた。

ブルペンに入ると、監督が壁にもたれて言った。


「斎木。変化球、何を投げたい?」


俺は迷わず言った。

「カーブ、です。」


監督は少し笑って、捕手に構えさせる。

「よし。なら今日から“本物のカーブ”教える。」


カーブの基礎 ― 握り方

監督は俺のグラブに手を入れ、ボールを渡して説明した。


握り

中指と人差し指を、縫い目に沿ってしっかりかける

人差し指は軽く添える

親指はボールの真下

ボールの3分の1を“外すように”軽く持つ

ギュッと握らず、縫い目に指を引っかける意識

監督「カーブは“掴む”んじゃない。“引っかける”んだ。」

俺はボールを回し、縫い目を指に乗せた。


投げ方(監督式)

監督は手を振りながら説明した。


ポイント

① 腕の振りはストレートと同じ速さ

 → 緩めるとバレる。打たれる。

② ボールを抜く方向は“外側へ送り出す”感覚

 → 手首をこねない。捻りすぎると怪我する。

③ 指先でボールを縦に回転させる感覚

 → “内→外へ切る”ように回転を与える。


監督「手首をひねるんじゃない。

   中指で縫い目をスッと抜く。

   “縫い目に引っかけて、落とす軌道”を作るだけでいい。」

俺の頭では理解した。

でも実際に投げると――


一球目

監督「投げてみろ。」

俺は真ん中に構えたミットへ向かって振りかぶる。

シュパッ

ボールは妙に速く、ただ“変な回転のスローボール”みたいに曲がりもしない。

捕手「んー…回転が死んでるな…」

監督「斎木、いまのは“ただの棒球”。

   変化球は回転が命なんだ。」

少し悔しかった。

監督「焦るな。カーブは“完成に時間がかかる球”だ。」


翌日・木曜

放課後、俺は自主練で一人ブルペンに入る。

まずは壁に向かって

“カーブのスナップだけ”を100回。

中指で縫い目をひっかけ、外へ抜く。

縦に縦に、回転をかける。

少しずつ、

「スッ」

「クルッ」

と、回っている気がした。

ただ、本物にはまだ遠かった。


金曜 ― やっと“カーブらしい回転”が出た

監督がたまたま見に来ていた。

「斎木、投げてみろ。」

俺は深呼吸して投げた。

シュルルルッ……

前日とは違う音がした。

捕手のミットにゆるい速度で吸い込まれる。

捕手「おっ、いまの“縦に回ってる”ぞ。」

監督「……やっと形になったな。」

回転はまだ浅い。

落差なんてほとんどない。

軌道は“ゆるいストレート”みたいだった。

でも――

緩急と回転だけで、十分にストレートと差が出ていた。

監督「いいぞ。これがカーブの入口だ。

   落差なんて後からいくらでもつけられる。」

俺はミットに向かって何球も投げ続けた。

少しずつ、

ほんの数センチ、

軌道が沈む。

金曜の最後の球だけは、

捕手が思わず「おぉ」と言うぐらい“カーブの形”になっていた。

それだけで、胸が熱くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る