第4話 熱い日差し、友の勇気
ミーティングルームに全員が集まると、
いつもより空気が張り詰めていた。
今日が三年生の最後の大会。
一年の俺ですら、胃の奥が重くなる。
山田監督がゆっくりホワイトボードをめくる。
「では、スタメン発表をする。」
その瞬間、
部屋の空気がピン、と震えた。
山田監督:「一番 ライト 田淵」
「二番 ショート 工藤」
「三番 センター 三輪」
「四番 ファースト ——花王」
その名前が呼ばれた瞬間、
部屋に重みが落ちた。
先輩たちが自然と頷き、
花王先輩は無言で帽子のつばを少し触った。
あの人の雰囲気だけで“エース打者”だと分かる。
いつもノックの時は怒鳴ってくるのに、
今日の顔は違った。
試合になると、別人みたいに頼もしい。
監督は続ける。
「六番 サード 藤崎」
「七番 キャッチャー 薬師寺」
「八番 レフト 山根」
「九番 ピッチャー 岩倉」
そして——
「控え、守備固め要員。
レフト……一年、佐藤。」
「それに.......」
胸が一度大きく跳ねた。
正式に名前が読まれた。
一年で、大会のメンバー。
スタメンじゃなくても、
ここに名前があるだけで十分すぎるほど重い。
宇治が隣で少しだけ肘でつついてくる。
宇治:「晃大……良かったな。」
佐藤:「……うん。」
喉が乾いて声がうまく出なかった。
ミーティングが終わって準備に入ると、
同級生の一年たちが俺の周りでヒソヒソ言い始めた。
「一年で選ばれて調子のってんじゃね?」
「昨日ミスってたよな?」
「守備固め? それって“危なくなったら代わりに使う”ってことだろ?w」
「花王先輩に怒られてビビって送球ぶれたくせに」
聞こえないふりをした。
でも、耳は全部拾ってしまう。
胸の奥がズキっと痛む。
昨日のミスが鮮明に蘇る。
宇治がその輪に入ってきて、
全員を睨んだ。
宇治:「お前らさ、出れもしないくせに言うなよ。
試合で名前呼ばれたやつの前じゃ、黙っとけ。」
一瞬で空気が凍った。
一年A:「……は? なんだよ、宇治」
一年B:「別に悪口じゃねぇし」
宇治:「じゃあ“試合で”見せてもらえよ。晃大が、どっちにしろ結果出すから。」
言い切った宇治の背中が、少しだけ大きく見えた。
俺は、胸が熱くなるのを感じていた。
佐藤:「……ひかり、ありがと。」
宇治は鼻で笑って肩をすくめる。
宇治:「結果さえ出しとけば誰も文句言わねぇよ。
それに——
昨日の追い方、マジでビビったからな。」
その言葉に、ほんの少しだけ勇気が灯った。
グラウンドへ出ると、
他チームがすでにアップを始めていた。
審判の声。
金属バットが当たる乾いた音。
スタンドの保護者、兄弟たちのざわめき。
夏だ。
大会の匂いだ。
一年でも飲まれるほどの“本番の空気”だ。
胸がドクドク鳴る。
でも怖いだけじゃない。
昨日とは違う感覚がある。
——この空気、嫌いじゃない。
スタンド横のスペースで、
俺はひたすら送球の確認をしていた。
チェストからのスロー、
ステップを小刻みにして送る、
低い弾道で中継へ……。
だが。
ストン。
力が入りすぎてワンバウンドが逸れる。
次は山なりになってしまう。
「ダメだ……またブレる……」
焦りが喉につっかえた。
そこへ、花王先輩が通りかかった。
一瞬、身が硬くなる。
花王:「一年」
佐藤:「っ、はい!」
花王:「昨日の……守備あれは、ほんとによかった」
え……?
怒鳴られると思ったのに。
花王:「ただし。守備固めなら“ミスしないこと”が仕事だ。
無茶してでも喰らいつけ」
短く、それだけ言って去っていった。
でも、胸の奥が熱くなった。
一年でも、ちゃんと見てくれていたんだ。
試合開始5分前。
アナウンスの声が響く。
「まもなく、藤本南部シニア 対 北川シニア の試合を開始します。」
帽子のつばに手を添えた。
震えてる。
でも、それでいい。
緊張してるってことは……
逃げなかった証拠だ。
ウィンドウがそっと開く。
ーー通知ーー
《状態:集中(中)》
《試合開始へ移行》
《クエスト:初陣 発動》
《報酬:試合中に判明します》
よし。
行くぞ。
俺の夏が、やっと始まる——。
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