集められた視聴者たち

阿々 亜

集められた視聴者たち

 前島莉友まえしま りゆ

 国内最大のアイドルグループSBY109の元メンバーで、3年前に卒業し、現在は画配信サイトU-Tubeで主に活動している。

 前島莉友はアイドル活動中はあまり注目されておらず、人気がでないため運営から早めの卒業を勧告されたくらいであったが、U-Tubeに転向後は、その類まれなる企画力とトーク力から、一躍人気配信者に躍り出た。

 ファンの数はアイドル時代の10倍以上にのぼり、チャンネル登録者数も100万人を超えていた。

 莉友の売りはゲリラ生配信で、配信の1時間前にSNSで突然告知をかけてリスナーを集め、日本各地の思いもかけない場所で生配信を始めるのだ。

 ただし、生配信の収録場所はいずれも僻地だった。

 なぜならば、人口密集地で登録者100万人のU-Tuberが収録場所をオープンにして配信を行うともなれば、ファンと野次馬が殺到し大混乱になるからだ。

 そういった都合で、今までの生配信では集まってもせいぜい数十人という規模であった。

 莉友の配信場所は、北は宗谷岬、南は与那国島、上は富士山の山頂にまで及び、その奇想天外な行動力がまた話題を呼び、配信者としての莉友の知名度を高めた。


 そして、今日もリスナーを集める緊急告知が発信された。

 だが、今回は今までと明らかに違う点があった。

 配信の場所が、あろうことか新宿のアルタ前なのであった。

 首都東京のど真ん中。

 しかもその新宿の中でも、アルタビジョン前の通行者数はトップクラスであり、1日平均20万人とも言われている。

 そんなところで莉友が生配信を開始すれば、大混乱は必至だった。


 何かがおかしい……

 何かがいつもと違う……


 俺はそう思いながら、アルタ前にやってきた。

 平日の昼間であり、人通りは多いながらもそこそこだった。

 だが、次第に俺と同年代の男の数が増えていく。

 十中八九、告知で集められた莉友のリスナーたちだ。

 数はどんどん増えていく。

 数十分後には、アルタ前は20〜40代の男たちでごった返していた。


 そして、告知された配信開始時刻が来た。

 どこに莉友が現れるのかと、その場の全員がキョロキョロしていると、広告が流れていた巨大なアルタビジョンに変化が起こる。

 ザーッという雑面のあと、どこかの薄暗い部屋が映る。

 その部屋の中心には、体を椅子に縛られた20代中盤くらいの女性がいた。

 黒い艶ややかなロングストレート。

 部屋が薄暗いし、口元が布で覆われ、力なく頭をうなだれているため、顔がわかりにくいが、髪型や体格から莉友であると思われた。


 集まっていたリスナーのほとんどが、縛られているのが莉友だと気づき、どよめき始める。


「なんだこれ!?」

「何かの演出か!?」

「はは、たぶん、ドッキリか何かだろ……」


 リスナーたちの疑問に応えるかのように、画面のフレームの外から人影が入ってくる。

 その人影はピエロのような衣装に身を包み、頭をターバンのような布でくるみ、顔にはピエロの仮面を被っていた。

 リスナーたちの中でもアイドル時代からの古参ファンは、その姿を見てピンときた。

 莉友がアイドル時代に脇役で出演した映画にでてきた、殺人鬼の衣装とほぼ同じものなのである。

 そして、映画の中で莉友が演じた少女はその殺人鬼に殺されている。


 その衣装が示唆することを察した者たちは思った。


 悪い冗談だ……

 冗談であってくれ……


 リスナーたち全員が固唾を呑むなか、ピエロがとうとう声を発した。


『ようこそ、我が同志諸君。お忙しい中、集まってくれたことに感謝する』


 声は変声器を通しているようであり、くぐもった低い声だった。


『諸君らは今、我らが女神、莉友の身を案じ心が張り裂けそうなことだろう。安心してくれ、莉友には傷一つ付けていない。今はまだね……』


 脅迫めいたピエロの言動に一同が再びざわめく。


『本題に入ろう。今日、諸君らに集まってもらったのは他でもない。我々の中に潜む裏切り者をあぶり出すためだ』


 一同は何のことか意味がわからないといった表情をしている。


 ただし……

 俺を除いて……


『莉友は誰か一人のものじゃない。俺達全員のものだ。なのに、俺達の中に莉友を独占しているものがいる』


 俺はピエロの言葉に背筋が凍りついた。


『そう、俺達の中に莉友と交際しているヤツがいるのだ』


 まさか……


『そいつと莉友がどこまでいっているのか……考えるだけでも吐き気がする』


 心臓の鼓動がばくばくと速くなっていく。


『許せないよなー。お前らもそうだろう?』


 そんな……


『俺達はそいつを見つけ出して、八つ裂きにしなければならない。そこで俺は、そいつを捕まえるためにこの舞台を用意した。今日ここに集まった者のなかにそいつがいる。今からそいつをあぶり出す!!』


 ピエロは懐からリボルバータイプの拳銃を取り出し、銃口を莉友の頭に突きつけた。


『なあ、莉友……俺もこんなことはしたくないんだが、莉友にも責任があるんだぞ。莉友は俺達を裏切って、たった一人の男と関係を持った。許されることじゃない。だから、莉友と俺達が進むべき道は2つしかない。莉友と交際していたヤツが名乗り出て俺達にリンチされるか、それとも……』


 ピエロはリボルバーのハンマーをガチャリと下ろした。


『莉友が誰の手も届かないところに行くかだ』


「やめろぉぉぉぉぉぉーっ!!」


 ピエロの凶行に耐えきれず、俺はそう叫んでいた。


 群衆の中でも俺の絶叫は響いたらしく、周囲の者たちが俺から距離を取りながら注目する。


「やめろ……やめてくれ……」


 周りは俺の様子から、俺が何者か察し始めている。


 もう逃げられない……


「莉友と付き合っているのは……俺だぁぁぁぁぁぁーっ!!」


 俺はそう叫んで、アルタの巨大ビジョンを睨みつけた。

 なんらかの方法で、こちら側の音が向こうに聞こえているのか、ピエロはこちらの方を向く。

 おそらく、向こうのカメラの真下か真上に、こちらの様子を観察するモニターがあるのだろう。


『お前が……』


 ピエロは憎しみのこもった声で呟く。


 そう、莉友と付き合い始めたのは、莉友がアイドルグループSBY109を卒業したすぐあとだった。

 莉友がSBYにいた頃に、俺達はすでに友達以上の関係だったが、SBYには恋愛禁止という鉄の掟があったため男女の関係になることができなかった。

 だけど、莉友がSBYを卒業して、俺達は大手をふって付き合えるようになった。

 だが、今度は莉友がU-Tubeで人気がでて、ガチ恋を含む熱狂的なファンを大勢抱えることになってしまい、俺達の関係は再び秘匿されることになった。

 今年、莉友は26歳になった。

 今までのような関係をこれからも続けていくことに耐えられなくなった俺は、莉友との結婚を決心した。

 もう結婚指輪と婚姻届けも用意してある。

 毎週のように莉友に結婚しようと説得しているが、U-Tubeのファンたちを大事に思っている莉友はなかなか同意してくれない。

 そんな矢先にこの事件だ。


 周りの莉友のファンたちは憎しみのこもった目で俺を見ている。

 俺はこのあとどうなるのだろうか?

 ピエロの言うとおり、莉友のファンたちにリンチにされるのだろうか?


 怯えて足がすくんでいると、群衆をかき分けて黒服の男たち数人が俺のところにやってくる。

 男たちはスマートフォンを取り出し、ある者は俺の写真を撮り、ある者は動画を撮っている。


『ふーん、そんな顔してたんだ……』


 巨大ビジョンの方に目を戻すと、ピエロもいつの間にかスマートフォンを取り出し、画面をまじまじと見ていた。


 そうか……

 この男たちはピエロの手下で、俺の顔を向こうに送っているのか。


『ああ、思い出したー。SBY時代に握手会で何度か見たことあるわー……』


 ピエロの口調は先程までとどこか変わっていた。

 なんというか、女性っぽい喋り方だった。


 ピエロは頭に巻いていたターバンを外した。

 ターバンの下から黒い艷やかなロングストレートの髪が流れ落ちる。

 そして、ピエロはその仮面も外した。

 仮面の下からでてきた顔を見て、俺は絶句した。


「莉友……」


 そう、ピエロの仮面を被っていたのは莉友だったのだ。


 俺は慌てて、莉友だと思っていた女の方に目を向ける。

 女はうなだれていた頭を上げ、縄をほどき、口元を覆っていた布を外す。

 莉友に似た黒いストレートロングの髪もウィッグだった。

 それらを外して初めて分かる。

 背格好こそ莉友に近いが全くの別人だった。


「莉友……なんで、こんなことを……」


「うるさい、このストーカー!!」


 ピエロの仮面に変声器が仕込まれていたのか、莉友はいつもの声に戻っていた。


「ストーカー……俺が……?」


「そうよ!! SBY時代から毎週毎週気持ち悪い手紙送り続けてきやがって!! 私とアンタが付き合ってる? 握手会くらいでしか会ったことないのに、どこをどうやったらそうなるのよ!? この妄想狂!! 送られてくるのが手紙だけだったから長年放置してたけど、あの婚姻届けと指輪が送られてきたときは、もう気持ち悪さの臨界点突破よ!! 手紙の投函地域から都内にいるのはわかってたから、今日こうやって舞台を整えて、アンタをおびき出したってわけよ!!」


「そんな……」


 俺がストーカー……

 俺の愛は、莉友に届いていると思っていたのに……

 莉友と結婚して、幸せな家庭を築くはずだったのに……


「さーて、今日お集まり頂いたリスナーのみなさーん!! 当チャンネル初のプレゼント企画でーす♪」


 莉友は俺に向けていた嫌悪の表情から、いつもの配信で見せている営業スマイルに戻る。


「そこにいる“自称私の彼氏”を皆さんに差し上げまーす!! 皆さんの好きなよーにやっちゃってくださーい!! これにて本日の配信は終了でーす!! 今日の企画が面白かったという方はチャンネル登録、グッドボタンよろしくお願いしまーす!! それじゃあ、いつもの挨拶行きますよー!! おつりゆー!! じゃーねー!!」


 莉友は流れるような速さでお決まりの締めの挨拶をして、配信を終了してしまった。

 アルタの巨大ビジョンには「本日の配信は終了しました」という文字が右から左に流れていく。


 俺は周りを見回した。

 集められた数百人の莉友のリスナーたちが、今にも飛びかかってきそうな目で俺を睨んでいた……




 集められた視聴者たち 完

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