枯れてこそ

晴れ時々雨

第1話

 特に理由のない闇なのだろう。

 それは生きていると生産される分泌物のようなものなのか、生まれ落ちたときから備わったものなのかはわからない。

 生活に紛れてしまえば、気にならなくなるくらいの負の感情。


 その人は伴侶を亡くしたばかりだった。

 精神的な疲労が体にも影響を及ぼしたのが、通常時を知らない私にもわかる程度に衰弱していた。そもそも私は故人とも関係が薄い。

 弔問に訪れた際に挨拶してくれた、妻と名乗るその人は退廃的に美しかった。

 弱々しく儚げな佇まいで、祭壇に活けられた立派な生花を背に立つ未亡人は、短期的な盛りをせせら笑う枯れゆく花のように、棺桶の中の人の次に洗練されていた。

 もう、生きていく上で恐れるもののなくなった潔い枯れっぷり。この人に重なった、乾燥した茎に惰性で繋がっている茶色味を帯びた花弁の影から、この人のもつ生来の闇が見え隠れしていた。

 容姿の美しさと醸し出す雰囲気だけで私はこの人のことを好きになった。

 彼女の家はきっと片付いていて、陽射しが注ぎ、これからもっとシンプルになるだろう。

 喪主は息子のようだが、お願いだから彼女に要らぬ干渉をしないで欲しい。

 あんなに闇が喜んでいる。

 羨ましい。

 でも彼女と親しくなる理由も方法もない。それに別になりたくはなかった。とても好きだけれど。

 葬儀という特殊な状況を排除して考えたときに、彼女のような人は私の好みだということに気がついた。痩せて背が高く、自分を不健康だと思っている女性が好きだ。

 もしこの人が同僚だったら、などと想像して楽しむ。きっと、交流としては今とほとんど変わらない。ただ定期的に姿を見られる。それはとても素晴らしい思いつきだった。

 何となく、故人に嫉妬した。でもすぐに嬉しくなる。彼女はもうひとりだ。

 これだけ綺麗ならば、自信家の男の目に留まるかもしれない。彼女はきっと他人と異性として関係を持つことに興味がないだろうから、そういう男は玉砕する。

 葬式の規模から、独り身の彼女が餬口ここうに困らない程度のものは残されているだろうが、それでも社会性のために世間へ出てゆく夫を亡くした女というものは、怪しい魅力が滲んでいるものだ。

 ただ人付き合い全般にかけて興味を失っている彼女を振り向かせようと尽力するような甲斐性のある男はいるだろうか。

 いると仮定して続ける。私の理想としてはいて欲しい。だって魅力的だから、放っておかれるはずがない。

 親切から始まるアプローチに戸惑う彼女を見かねて、私が進言する。

 今の生活を失ってまで男を招き入れる価値はあるのか考えてみたらいいと。

 中年男のしかばねがまた増えてゆく。

 そういうところ、私と同じなような気がする。

 私は話を聞きに彼女の家へお邪魔して、持参した3個入りのケーキの箱と、小さめの花束を渡す。

 ちゃんと枯れる花を。

 菊じゃなくて悪いけど、砕け散った男たちの死体へたむける仏花のつもり。なるべく花びらを落とさない花にするわね。だってそうじゃなきゃ、しかばねまで保たないといけないでしょう。

 だったら相手は、一度も結婚したことのない男がいいな。その方が、この一連の摩擦で生じるエネルギー量の大きさと比例するような気がする。童貞、まで望んだら危ないかしら。ま、そこまで求めなくてもいいかもしれないけど。

 侵してみなさいよ。

 そして彼女の稀少さを思い知るがいい。

 もう何人も男を殺しているんだから。

 あなたたちはきっかけに過ぎない。

 私は彼女が何でもいいのよ。

 隠されることを逃れた闇を持つもの同士、それを従えて、または対等に、同じテーブルに着くことができる。


「本日はお越しいただき、まことにありがとうございました」

 彼女の礼に、しめやかに返礼し、斎場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

枯れてこそ 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る