第12話 「ゆうやけ」を守るために
大村さんに結婚を前提として、と言った高木さんだが、実は結婚そのものにはあまり関心が無いのだという。それだけ真剣な思いだということを、伝えたかったのだそうだ。
「私、ひとり暮らしが長いからか、もう誰かと一緒に暮らしたいて思わないんですよ。ひとりで好き勝手してきたからやと思うんですけどね。もうひとり暮らしが楽で楽で」
高木さんはそう言ってからからと笑う。高木さんは決して顔の造形が整っているわけでは無いのだが、溌剌とした笑顔がとても魅力的である。
高木さんと
育ててもらった施設の居心地も悪くは無かったし、今でもとても感謝しているが、やはり物心ついてからの入所だったので、少なからず窮屈さはあった。なので独立してからは、解き放たれた様に晴れ晴れとしていた。
自分のペースで家事ができる、ごはんが食べられる。もちろんお仕事があるわけだから、それに合わせて動くことになるのだが、心の自由度が違うのだ。
由祐は幼いころからお母さんのお仕事の都合で、ひとりで寝て、ひとりで起きていた。だからもしかしたらなのだが、自立心の様なものが養われたのかも知れない。
「せやので、私、結婚するとしたら別居婚が希望やったんです。でも、それを受け入れてくれる人ってなかなかおらんかなぁって思って。せやので大村さんが結婚できひん、一緒には暮らされへんて言うたとき、ちょうどええわって思ったんです」
「はい。ぼくも誰かと一緒に生活するんが苦手なんやって伝えて。それで、お付き合いをしましょうってなったんです」
なるほど、大村さんはそれも理由のひとつにしたのか。それで高木さんが納得し、しかも同じ様な状況だったから巧くいったのだ。ある意味気が合うとも言えるだろう。
「でも、指輪だけは買おうねって言うてて。今度の休み、一緒に見に行くんです」
大村さんはそう言って、柔らかく笑う。本当に微笑ましくなって、由祐も「ええですねぇ」と笑みを浮かべた。
別居で事実婚ということだろうか。だがどんな形であれ、大事なのはふたりの心が通い合っているかどうかだ。例え一緒に暮らしていても、心が離れてしまったら悲しいことだ。だからそうならない様に、様々なものの中から手段を選んで。そうして絆を紡いでいく。
ああ、本当に良かった。なんて素敵なのだろうか。由祐はふたりが醸し出す穏やかで甘やかな空気感に浸りながら、しみじみと思ったのだった。
その日の深夜、帰り道。由祐は幸せな思いに包まれていた。自分もいつか、なんて想像をしてしまうほどに。子どもが望みにくい年齢になったとしても、大切な人と思いを重ねていく尊さを、由祐は感じていた。
大村さんは高木さんが住まう
大国町は、
「大村さんと高木さん、良かったですねぇ」
由祐が浮かれて言うと、カートを引きながら横を歩く
「まぁ、なる様になったんやろ。けど、稀有なパターンでもある。大村もそれを分かってるやろから、それなりにやるやろ」
「……線引きって、ことですか?」
由祐の心がかすかに冷える。文字通り、水を差された様な気持ちになってしまう。
「そうや。だからこそ大村は高木を大事にするやろ。人間と、人間の世界で、人間の価値観で過ごすことを選んだんやから」
「あやかしと人間の価値観て、そんなに違いますか?」
「どうやろな。大村みたいに他人を大事にするやつもおれば、それこそ
「分かる様な、分からん様な」
「あんま考えへんでええ。ただ、お前はあんまあやかしに踏み込むなよ。店で喋ったりする分には何の問題もあれへんけど、不用意なことはすんなよ」
しっかりと釘を刺されてしまったわけだが、それはきっと由祐のためなのだと思う。由祐が傷付かないために。大村さんの苦悩を見てきたからこそ分かるのだ。だから由祐は。
「はい」
素直に頷いた。
多分今の「ゆうやけ」は、あやかしと人間の絶妙なバランスで成り立っているのだと思う。それはきっと茨木さんの力のおかげなのだろうが、由祐はそれを崩したく無い。あやかしにも人間にも楽しんでもらえて、由祐にとっても居心地の良い空間なのだから。
新世界という場所柄、人間では一見さんのお客さまだって多い。大通りから外れているからか観光客やインバウンドこそ少ないが、ご常連も含めて美味しいお料理とお酒、過ごしやすい空間を提供したい。
そのために、由祐は立場を自覚し弁えて、粛々と、笑顔で、前を向いていくのだ。肝に銘じようと思う。これからも「ゆうやけ」を続けていくために。
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