第12話 「ゆうやけ」を守るために

 大村おおむらさんは1杯目にいつもの酎ハイカルピスを注文し、芋焼酎が好きだという高木たかぎさんは「赤霧島あかきりしま」のお湯割りを頼んだ。お食事はとりあえずとどて焼きと、大村さん好物のポテトサラダ。


 大村さんに結婚を前提として、と言った高木さんだが、実は結婚そのものにはあまり関心が無いのだという。それだけ真剣な思いだということを、伝えたかったのだそうだ。


「私、ひとり暮らしが長いからか、もう誰かと一緒に暮らしたいて思わないんですよ。ひとりで好き勝手してきたからやと思うんですけどね。もうひとり暮らしが楽で楽で」


 高木さんはそう言ってからからと笑う。高木さんは決して顔の造形が整っているわけでは無いのだが、溌剌とした笑顔がとても魅力的である。


 高木さんと由祐ゆうは年齢もそう変わらないと思うので、ひとり暮らしの年数もそう変わらないと思う。なので高木さんが言うことが分かるのだ。


 育ててもらった施設の居心地も悪くは無かったし、今でもとても感謝しているが、やはり物心ついてからの入所だったので、少なからず窮屈さはあった。なので独立してからは、解き放たれた様に晴れ晴れとしていた。


 自分のペースで家事ができる、ごはんが食べられる。もちろんお仕事があるわけだから、それに合わせて動くことになるのだが、心の自由度が違うのだ。


 由祐は幼いころからお母さんのお仕事の都合で、ひとりで寝て、ひとりで起きていた。だからもしかしたらなのだが、自立心の様なものが養われたのかも知れない。


「せやので、私、結婚するとしたら別居婚が希望やったんです。でも、それを受け入れてくれる人ってなかなかおらんかなぁって思って。せやので大村さんが結婚できひん、一緒には暮らされへんて言うたとき、ちょうどええわって思ったんです」


「はい。ぼくも誰かと一緒に生活するんが苦手なんやって伝えて。それで、お付き合いをしましょうってなったんです」


 なるほど、大村さんはそれも理由のひとつにしたのか。それで高木さんが納得し、しかも同じ様な状況だったから巧くいったのだ。ある意味気が合うとも言えるだろう。


「でも、指輪だけは買おうねって言うてて。今度の休み、一緒に見に行くんです」


 大村さんはそう言って、柔らかく笑う。本当に微笑ましくなって、由祐も「ええですねぇ」と笑みを浮かべた。


 別居で事実婚ということだろうか。だがどんな形であれ、大事なのはふたりの心が通い合っているかどうかだ。例え一緒に暮らしていても、心が離れてしまったら悲しいことだ。だからそうならない様に、様々なものの中から手段を選んで。そうして絆を紡いでいく。


 ああ、本当に良かった。なんて素敵なのだろうか。由祐はふたりが醸し出す穏やかで甘やかな空気感に浸りながら、しみじみと思ったのだった。




 その日の深夜、帰り道。由祐は幸せな思いに包まれていた。自分もいつか、なんて想像をしてしまうほどに。子どもが望みにくい年齢になったとしても、大切な人と思いを重ねていく尊さを、由祐は感じていた。


 大村さんは高木さんが住まう大国町だいこくちょうに居を構えるそうだ。高木さんの前だから「お引越し」と言っていたが。そうして適度な距離を取りつつ、ふたりで心地の良い時を送っていく。


 大国町は、新世界しんせかいがある大阪メトロ御堂筋みどうすじ線および堺筋さかいすじ線の動物園前どうぶつえんまえ駅から、御堂筋線で1駅北上した大国町駅が最寄りである。十日えびすで賑わう今宮戎いまみやえびす神社や、金運の神さまで有名な大国主おおくにぬし神社がある。


「大村さんと高木さん、良かったですねぇ」


 由祐が浮かれて言うと、カートを引きながら横を歩く茨木いばらきさんは。


「まぁ、なる様になったんやろ。けど、稀有なパターンでもある。大村もそれを分かってるやろから、それなりにやるやろ」


「……線引きって、ことですか?」


 由祐の心がかすかに冷える。文字通り、水を差された様な気持ちになってしまう。


「そうや。だからこそ大村は高木を大事にするやろ。人間と、人間の世界で、人間の価値観で過ごすことを選んだんやから」


「あやかしと人間の価値観て、そんなに違いますか?」


「どうやろな。大村みたいに他人を大事にするやつもおれば、それこそ雲田くもたみたいに自分が良ければええっちゅうやつもおる。そこは人間と変わらんやろ。けどな、やっぱりあやかしと人間は次元がちゃうんや。そこを分かってへんかったら、互いに傷付くだけや」


「分かる様な、分からん様な」


「あんま考えへんでええ。ただ、お前はあんまあやかしに踏み込むなよ。店で喋ったりする分には何の問題もあれへんけど、不用意なことはすんなよ」


 しっかりと釘を刺されてしまったわけだが、それはきっと由祐のためなのだと思う。由祐が傷付かないために。大村さんの苦悩を見てきたからこそ分かるのだ。だから由祐は。


「はい」


 素直に頷いた。


 多分今の「ゆうやけ」は、あやかしと人間の絶妙なバランスで成り立っているのだと思う。それはきっと茨木さんの力のおかげなのだろうが、由祐はそれを崩したく無い。あやかしにも人間にも楽しんでもらえて、由祐にとっても居心地の良い空間なのだから。


 新世界という場所柄、人間では一見さんのお客さまだって多い。大通りから外れているからか観光客やインバウンドこそ少ないが、ご常連も含めて美味しいお料理とお酒、過ごしやすい空間を提供したい。


 そのために、由祐は立場を自覚し弁えて、粛々と、笑顔で、前を向いていくのだ。肝に銘じようと思う。これからも「ゆうやけ」を続けていくために。

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