第3話 ウィスキーの呪縛
あやかしたちからも、主にお酒の注文が入る。あやかしは日本古来のものだという印象が
若い女性に変化したあやかしは、白のグラスワインを何杯も注文してゆっくりと楽しんでいたし、まるでサラリーマンの様なスーツ姿の中年男性に変化したあやかしは、いろいろなフレイバーの酎ハイを飲んでいた。
「ゆうやけ」ではグラスワインは赤と白を用意している。栓ができる紙パックのものをお手頃価格で出しているのだ。赤は「タヴェルネッロ・オルガニコ」のサンジョヴェーゼ、白は赤と同じ銘柄のトレッビアーノ・シャルドネ。サントリーさんがイタリアのカヴィロ社さんと共同開発して、近年発売されたものである。
酎ハイは
そこに
レモンはサントリーさんの「こだわり酒場のレモンサワー」の素を使っている。これは居酒屋さんなどでの定番になっていて、炭酸水で割るだけのお手軽な商品だ。実際酎ハイの中でのいちばん人気である。
カルピス味もラインナップしていて、こちらはカルピスの原液を使っている。
あやかしたちがお金を稼ぐ手段は様々らしい。茨木さんの様にパチンコなどの場合が多いらしいが、人間に混じってアルバイトをしているあやかしもいるそうだ。あやかしにだって個々がある。働きたいあやかしもいるのだろう。おもしろいなぁ、なんて思ってしまうのだ。
茨木さんいわく、あやかしのお金の使い道は、人間に関わる場面になるそう。こうして人間が経営するお店で飲食することなど。本や雑誌を買ったりすることもあるそうだ。
あやかしは人間に興味が無いのだと由祐は思っていたのだが、どうやら人間の文化を楽しんでいる様である。
「すいません、会計お願いできますか」
「はい、ありがとうございます」
人間の男性のお客さまから声が掛かる。そちらを見ると、さっきまで元気だった女性が、男性にしなだれかかって寝入っていた。
「あらら、お連れさま、大丈夫ですか?」
酔っ払ってしまったのだろうか。だが顔色が悪いとか、そういうのは無い。ただ気持ち良さそうに眠っているだけの様だ。
「大丈夫です。すいません、こいつ、酒にはそれなりに強いんですけど、急に電池が切れて寝てしまうんですよ。せやからどっちかの家で飲むことが多いんですけど、たまには外で飲みたいて言うからね」
「お水、飲めなさそうですね」
「寝てしもてますからね」
男性は女性のこんな状態には慣れているのだろう。女性の肩を抱いて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「タクシーとかお呼びしましょうか?」
「あ、アプリで呼びました。ありがとうございます」
男性は少し残っていたお料理を、ひょいぱくひょいぱくと全て口の中に収める。由祐は手早く会計をした。POSレジを採用しているので、席番号を入れれば合計金額はすぐに出てくる。
「レシートか領収書はご入用ですか?」
「あ、領収書お願いします」
「かしこまりました」
金額を伝え、お金をいただいてお釣りと領収書を渡す。たくさん飲み食べしてくれたので、結構な金額になった。とても嬉しい。
「ありがとうございました。お連れさま、お大事になさってくださいね」
「ありがとうございます。また来ますね」
男性は眠り続ける女性に肩を貸し、お店を出て行った。「また来ますね」が社交辞令だとしても、言われれば心が浮き立つものだ。
しかしそれに反して、由祐の中には苦い思いが小さく沸いてくる。ウィスキーで作られているハイボールで酔い潰れてしまった女性を見て、お母さんを思い出したのだ。
由祐がウィスキーが苦手なのは、いまだに記憶に残る、お母さんのお酒臭い息が原因である。
当時は子どもだったから今以上にお酒のことは分からなかったが、深雪ちゃんとの試飲のときに香りを嗅いで、お母さんがお仕事場のラウンジで飲んでいたのはウィスキーだったのだと知った。
飲めることは飲める。味も美味しいと思う。だがどうしても、ほんのわずかな拒絶反応が出てしまうのだ。
トラウマ、というほど深刻なものでは無いと思うし、お母さんだって「ラウンジ勤めは天職」と言っていたのだから、好んで飲んでいたのだろうということは分かっている。それでも。
この歳になっても嫌な記憶が消えないことを情けないとも思いながら、今はまだ乗り越えられない。けれど、それもお母さんの思い出のひとつなのだ。
お母さんの影響でお酒が苦手になり、大人になっても飲まなかったのに、ここに来てお母さんと同じ、お酒を扱うお仕事をしている。不思議なものだなと思う。
ここが
でも今、由祐は茨木さんと出会ってしまったし、お酒だって飲める様になった。それはそれで、由祐の進む道だったのだ。
そして由祐は憩いの場を提供しながら、自分も楽しませてもらっている。由祐は男女カップルの席の後片付けをしながら、これで良かったのだとしみじみ思ったのだった。
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