2章 多種多様なお客さま
第1話 お惣菜酒房「ゆうやけ」開店です
開店資金を少しでも節約するために、内装工事はできるだけ由祐も入らせてもらった。軽いお掃除から始まり、職人さんに壁塗りなどを教えてもらって、せっせと身体を動かした。
しかし、それは真夏に行われたものだから、職人さんも由祐も汗だくになりながらの作業になった。由祐は職人さんが着ていたクーラー付きのジャケットを貸してもらったのだが、それでも追い付かないほどの酷暑だった。
幸いだったのが、内装工事がそこまで大掛かりにならなかったことだった。客席は壁を塗り直す程度で、厨房の壁も掃除のしやすい素材に。あとはお手洗いを最新のものに入れ替え。厨房は壁以外はそのまま使える。シンクやコンロもだが、食器洗浄機も作り付けだった。これは助かる。ひとり経営の飲食店の必需品である。
お鍋やフライパン、他の調理器具は使い慣れているブランドのもので揃えた。由祐は節約生活を送ってはいたが、こういったものにはお金を使った。良いものは長持ちするので、結果節約となるのだ。
どて焼きは日々継ぎ足して作るつもりなので、専用のお鍋としてステンレス製の小振りの寸胴鍋を用意した。由祐がお家で使っているステンレス鍋と同じブランドのものなので、使い勝手の良さは分かっているのだ。
豚の角煮も同じ寸胴鍋に作り置きにすることにした。コンロが4口あるので、どて焼きと角煮を置いても2口空く。営業中の調理には充分だ。
基本は作り置きのお惣菜を8〜10品ほど作るつもりだが、メインになるものもあった方が良い。仕入れ状況に合わせての日替わりにしようと思っている。
仕入れ先をどうしようかと悩んだのだが、業者さんでは無く、
「スーパー玉出」さんは大阪では有名な、家計の強い味方である。黄色のきらびやかなカラーリングと、ひまわりの可愛らしいマークが特徴だ。
実は由祐は、「ゆうやけ」を開店するにあたって、恵美須町駅付近に引っ越しをしていた。あびこは暮らしやすい街でとても気に入っていたのだが、新世界で夜遅くまでお店をするなら、徒歩圏内にお家がある方が便利だと思ったからだ。
恵美須町から少し歩けば
「ゆうやけ」で使う食材は、基本生のものを使う予定である。だが枝豆やとうもろこし、グリンピースなどの季節野菜は、時季が外れると生は手に入らないので、冷凍野菜や缶詰も使う。
お料理は手を掛ければ良いというものでは無い。それは自炊生活をしてきたからこそ分かることだ。あびこで暮らしていたときも業務スーパーの冷凍野菜にはかなりお世話になった。
だがお金をいただいて商売をする以上、お料理にも最低限の気配りが必要だ。だからできる限り生の食材を使う。代わりに便利な調理器具を使って時短する。スライサーやキッチンばさみ、ピーラーにみじん切り器などをがんがん使うのだ。レンジだって多用する。
そんな今日のお惣菜。
まず、必ず作るものがある。ポテトサラダ、白和え、卵焼き、青菜のごま和えと、たたききゅうりである。今日の白和えはひじきと枝豆、ごま和えはほうれん草と人参だ。
ポテトサラダは、お家で作るとなかなか手間の掛かるものだ。そういうものこそ、お外で味わって欲しい。
皮を剥いて適当に切ったじゃがいもは、耐熱容器に入れてラップで覆ってレンチンして水分を拭き取り、マッシャーで荒く潰したら、お塩とバターと少量のお酢を混ぜ込んでおく。
じゃがいもの粗熱が取れたら、スライサーで輪切りにしたきゅうりと、同じくスライサーで薄切りにした玉ねぎをそれぞれ塩揉みし、洗って水分をしっかりと絞って、じゃがいもに混ぜ込む。
他に合わせるのは、ベーシックに短冊切りのハム。それらを全て混ぜ合わせたら、マヨネーズと白こしょうで味を整える。
具材は一般的なポテトサラダだ。だがそれが良い。炒り卵を加えたり、ハムの代わりにかりかりベーコンを入れたりと、レシピは多岐に渡る。だが「新世界にある何の変哲も無いお惣菜酒房」だからこそ、こういうのを取り入れたいのだ。
……いや、何の変哲も無いというのは、少し違うだろうか。今この「ゆうやけ」にいるお客さまの大半はあやかしで、人間のお客さまは若い男女カップルの1組だけだった。
「すいません、砂ずりのねぎ塩炒めください」
「はい、お待ちくださいね」
人間のカップルの男性からの注文だ。金色にした短い髪を遊ばせ、黒い丸襟のシャツの上に、紫色のシャツを羽織っている。シュッとしたイメージで、よくぞこの「ゆうやけ」に来てくれたものだと思ってしまう。
お連れの女性もブラウンのロングヘアをさらりと流し、真っ赤な唇が印象的だ。眉毛も柔らかく描かれていて、可愛らしい印象を受けた。
由祐はフライパンを温めてごま油を引いたら、下ごしらえ済みの砂ずりを置いた。ぱちぱちと小気味良い音がする。これはしっかりと火を通してあげなければならない。
火が通ったところに日本酒で風味付け。アルコールが飛んだら軽くお塩を振ってころころと転がし、仕上げに青ねぎの斜め切り。さっと火を通したら浅葱色の丸皿へ移した。
「はい、砂ずりのねぎ塩炒め、お待たせしました。お好みで七味掛けてくださいね」
できあがったばかりのお料理と七味唐辛子の容器を揃えて出した。
「ありがとう」
男性が丸皿と七味唐辛子を受け取ってカウンタデーブルに置くと、女性がさっそく七味唐辛子を掛けようとした。すると。
「ちょ、俺、辛いん苦手やって」
「でも掛けたら絶対に美味しいって」
「自分の分だけ掛けてや。すぐ俺に辛いもん食わそうとするんやから」
そんなじゃれ合いをするカップル。由祐は微笑ましい気持ちになるのだった。
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