『三国志の覇道(ハードモード)』は強制選択肢で出来ている ~元・太閤秀吉が劉備に転生したのに、システムが「全裸」か「死」しか選ばせてくれない~
@melon99
第1話:英雄、糞溜めで辞表を出す
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな……なんてな。嘘っぱちだ」
俺――前前世・ゲームプログラマー、前世・豊臣秀吉は、辞世の句なんていう綺麗事を吐いて死んだが、本音は違った。 もっと抱きたかった。もっと美味いモンを食いたかった。 足軽から関白まで這い上がり、日本中のいい女を片っ端から寝所に引きずり込んだ。大名どもの娘を侍らせ、酒池肉林の限りを尽くした。 だが、足りん。権力という名の極上の麻薬は、いくらあっても足りなかった。 あの世に行ったら、まずは閻魔を誑(たら)し込んで、地獄の遊郭でも経営してやるか――。
そう思っていた俺の目の前に広がったのは、極彩色の悪趣味な雲海と、宙に浮く脂ぎった中華仙人(?)だった。
「ニーハオ。精が出るネ、色ボケ猿ちゃん」
「……あ? 誰だテメェ」
俺は不機嫌に睨みつけた。死んでまで中華鍋の油の匂いを嗅がされるとは。
「神様アルヨ。お前の前の人生(プレイ)、視聴率よかったネ。『高貴な姫君を力づくで犯す時の、下卑た笑い顔』とか、最高にクズで人気だったヨ」
「……覗き見趣味かよ。趣味の悪い神様だ」
「で、アンコールにお応えして、次はもっとデカくて血なまぐさい舞台を用意したネ。『三国志』の世界ヨロシ」
神が指を鳴らすと、眼下に巨大な大陸地図が広がった。 日本の何十倍もある広大な土地。だが、そこから立ち上っているのは、尋常じゃない血と腐臭の気配だった。
―――――――――――――――――――― 【ナレーション:30秒でわかる、この世の地獄(三国志)】
三国志。 そこは、西暦2世紀末の中華大陸という名の巨大な屠殺場(とさつじょう)である。
400年続いた漢帝国は腐りきり、政治家は賄賂と酒に溺れ、民は飢えて土を食い、あるいは互いの肉を食らって飢えを凌ぐ。 そこに「黄巾の乱」という宗教カルト集団の反乱が勃発。ヒャッハーな暴徒たちが各地で略奪、放火、強姦の限りを尽くす世紀末状態だ。 英雄? そんな綺麗なモンじゃない。 どいつもこいつも、暴力という最も原始的な力で他者をねじ伏せ、富と女を奪い合う武装強盗団の親玉に過ぎない。 ここは、日本の戦国時代が児戯に見えるほどの、ガチの修羅の国なのだ。 ――――――――――――――――――――
「……お断りします。俺を無に帰せ、クソ神」
俺は即答した。 冗談じゃない。秀吉時代も大概だったが、ここはレベルが違う。 一歩間違えれば、戦場で嬲(なぶ)り殺しにされるか、飢えた民衆に釜茹でにされる未来しか見えない。
「拒否権はないネ。その代わり、ボーナスをやるヨ」
神は下卑た笑みを浮かべ、キャラクター選択画面を空中に投影した。
「『強くてニューゲーム(前世の記憶保持)』と『転生年齢選択』を許可するネ。好きな英傑の、好きな時期から始めていいヨ。 さあ、どの肉体で、この地獄を泳ぐアルか?」
「……年齢選択、だと?」
俺の脳内で、冷徹な計算機が弾き出した答えは一つだった。 この修羅場で生き残るには、「圧倒的な暴力装置(軍隊)」と「使い切れないほどの金」を最初から持っている奴に乗り移るしかない。
俺は画面を睨みつけ、獲物を定めた。
(曹操? あの女狂いの偏頭痛持ちか。能力は高いが、常に暗殺の恐怖に怯える人生なぞ御免だ) (劉備? 論外だ。四十過ぎまで流浪のホームレス生活。妻子を捨てて逃げ回り、惨めな思いをする負け犬の代名詞じゃねえか)
ならば、こいつしかいない。 四世三公の名門。生まれながらの勝ち組ボンボン。 北方の豊かな土地と、数十万の軍勢を親から受け継いだ、この世の春を謳歌する男。
「決めた。俺はこいつの肉体を乗っ取る」
俺はニヤリと笑い、その男の絶頂期を指差そうとした。
「袁紹(えんしょう)! 年齢は二十歳! 親の七光りで酒池肉林のスタートだ!」
その時だった。 生前、京の都で流行っていた梅毒の後遺症か、あるいは死の間際に患った肺病のせいか。
「……っ、ご、ぐふっ、ぶっくしょい!!」
汚い咳とくしゃみが同時に炸裂した。 視界が揺れ、突き出した指先がズレる。 俺の指は、「袁紹」の隣にあった薄汚いアイコンを、勢いよく叩いてしまった。
『グシャァ……♪』
肉が潰れるような嫌な決定音と共に、画面に絶望的な文字が浮かび上がった。
【劉備 玄徳】 (開始年齢:24歳。ステータス:金なし、兵なし、家なし。特技:筵(むしろ)編み。性癖:耳たぶいじり)
「あ?」
―――――――――――――――――――― 【ナレーション:説明しよう!】
袁紹(えんしょう)とは、現代で言えば、毎晩高級クラブでドンペリタワーを立てるヒルズ族のオーナー社長である。 対する劉備(りゅうび)とは、序盤は金もコネもない、ただの貧困層の青年。
つまり今の彼は、社長椅子に座って愛人を侍らせようとして、うっかりドヤ街の日雇い労働(日給数百円)の列に並んでしまったのである! ご愁傷様! ――――――――――――――――――――
「オー、劉備ネ! 一番キツい『黄巾の乱』編からスタートネ! 期待してるヨ!」
「ま、待て! 違う! 俺は袁紹でハーレムを……! 指が滑っただけだ! おいクソ神、戻せ! 袁紹に戻しやがれ!」
「あー……すまんネ。Undo(取り消し)は受け付けない仕様なんヨ。それが人生、それがシステムヨ」
神は嘲笑うように中華鍋を打ち鳴らした。
「じゃ、いってらっしゃい。糞と血の匂いがする下界へ!」 「ふざけんなああああああ! 放せぇぇぇぇ!」
涿県(たくけん)、修羅の国へようこそ
ウジが湧くような熱気。 鼻を突くのは、家畜の糞尿と、長く風呂に入っていない人間の体臭、そして――甘ったるい死臭。
「……オェッ」
目を開けた瞬間、俺は道端に胃の中身をぶちまけた。 視界に入ったのは、ボロボロの筵(むしろ)と、泥だらけの草鞋(わらじ)。そして、自分の手。 ささくれ立ち、泥と血がこびりついた、貧相な手だった。
「マジで……劉備になりやがった……」
俺は絶望した。天下人・秀吉から、古代中国のホームレスへ転落。 ここは涿県の市場。だが、活気なんてものはない。 行き交う人々の目は死んでいて、誰もが飢えた獣のような目をしている。道の端には、餓死した子供の死体がむしろを被せられて放置されていた。
(これがリアルな乱世かよ……日本の戦国が可愛く見えるぜ)
俺は震える手で、商品である筵を抱えた。これを売らなきゃ、今日の飯もない。 その時だった。
「おい、そこの貧相な筵売り」
地響きのような声が、俺の鼓膜を揺らした。 見上げると、視界を黒く塗りつぶすほどの巨体。 熊のような剛毛、血走った目、そして手には、人間を何人も串刺しにしてきたであろう、どす黒く変色した蛇矛(だぼう)。
その隣には、返り血で染まったような赤い顔と、見事な長い髭を持つ、氷のように冷たい目の大男。
(張飛……に関羽……!)
―――――――――――――――――――― 【ナレーション:説明しよう!】
関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)。 ゲームや講談では「義に厚い豪傑」として描かれるが、実態は異なる。 彼らは、法など機能していないこの乱世において、己の武力のみを頼りに生きる生粋の殺戮マシーンである。 今の彼らは、劉備の・ような弱者をカツアゲして酒代を稼ぐ、地元の半グレ集団のボスに過ぎないのだ! ――――――――――――――――――――
張飛(仮)は、俺の商品である筵を、糞まみれのブーツでドカドカと踏みつけた。
「邪魔だ。どけ。俺たちはこれから義勇軍に参加して、合法的に人を殺しに行こうってんだ。 こんな往来でゴミを広げてんじゃねえよ、このウジ虫が」
殺気が、物理的な圧となって俺の肌を刺す。 怖い。天下人のプライドなんて一瞬で霧散した。今すぐ土下座して許しを請いたい。 だが、ここで引けば、劉備としての(そして男としての)尊厳が終わる。
(どうする? どう切り抜ける? 金で解決か? いや金がねえ!)
俺の脳内CPUがパニックを起こし、ショート寸前になった――その時。
『ギギギ……ピコン!』
脳神経をヤスリで削るような不快な音と共に、視界に血の色をしたウィンドウが浮かび上がった。
(来たか、強制選択肢! このクソシステムが!)
―――――――――― 【R15イベント:殺戮者たちとの邂逅】 未来の義弟たちが、あなたの「雄(オス)としての値打ち」を品定めしています。 彼らの度肝を抜き、この場の支配者となりなさい。失敗すれば、嬲り殺しです。
A:二人の前に仁王立ちし、「俺の大耳は王者の証! 天下を孕ませる男だ!」と叫び、張飛の頬を全力でビンタする。
B:筵(むしろ)を引き裂き、極太の葉巻のように丸めて火をつけ、紫煙をふかす。「こんな腐った世の中、俺が煙にして吸い尽くしてやる」と呟き、ゆっくりと全裸になる。
C:張飛のブーツにすがりつき、「兄貴ィ! 靴の裏の糞まで舐めますンで! 命だけはァ!」と泣き叫びながら脱糞する。 ――――――――――
「選択肢が極端すぎるだろッッッ!!!」
俺は心の中で絶叫した。
(Aは自殺行為だ! この筋肉ダルマを殴ったら、次の瞬間には首が飛んでる!) (Cは社会的な死だ! ここで脱糞したら、英雄としての未来は永久に閉ざされる!) (そしてB! 何だそれは! イグサを吸うな! 確実に肺をやられる! しかも何で脱ぐんだよ! ただの露出狂の変態ハードボイルドだろ!)
だが、無慈悲なカウントダウンが始まる。 張飛がイラついたように、蛇矛の石突きで俺の肩を小突いた。ゴリッ、と嫌な音がした。
「ああん? 何黙ってんだコラ。ぶち殺すぞ」
(くそっ……Aは物理的に死ぬ、Cは尊厳が死ぬ……!) (なら、狂人になってイチかバチか賭けるしかねええええ!)
俺は血走った目で、震える指で【B】を連打した。
瞬間、システムに肉体を乗っ取られた俺の手は、目にも止まらぬ速さで筵を引き裂き、クルクルと巻き始めた。 火打石を打ち鳴らす。
「スーッ…………(ジュッ、ブシュゥゥゥ)」
湿った草が燃える、強烈な不完全燃焼の煙が、俺の肺を直撃した。
(グボォッ! け、煙たッ! 死ぬ! 肺が焼ける!)
心の中では激しく咽(む)せてのたうち回っているが、俺の顔はニヒルな笑みを浮かべていた。 俺は肺の奥から絞り出した紫煙を、張飛の凶悪な顔面に吹きかけた。
「……ケッ。こんな腐った世の中、俺が煙にして吸い尽くしてやるよ」
そして、俺の手は帯へ。 バサッ。
死臭と糞尿の臭いが漂う市場のど真ん中で、俺の粗末な着物が地面に落ちた。 生まれたままの姿。天下人・秀吉の(劉備の体だけど)イチモツが、中国大陸の乾いた風に晒される。
「……あ?」
張飛が呆気にとられ、関羽がその細い目を見開く。 周囲の空気が凍りつく。 変態だ。どう見ても、関わってはいけないタイプの危険人物だ。
だが。 氷の男・関羽が、長い髭をしごき、口元に微かな笑みを浮かべた。
「……見ろ、翼徳(よくとく)。この男、狂っている」
「ああ、完全にイカれてやがるぜ兄者」
「だが、この腐りきった乱世で正気を保っている奴など、臆病者か豚だけだ。この男の狂気……一糸まとわぬその覚悟、面白い」
(えええええ!? そっち!? 高評価なの!?)
俺は全裸で仁王立ちしたまま、股間を隠すことも忘れ、心の中でツッコミを入れた。 こいつら、倫理観のネジが根本からぶっ壊れてやがる。
「気に入った! おい筵売り! いや大将! 俺の屋敷に来い! 最高の酒と、いい女を用意してやる! 朝まで飲み明かそうぜ!」
張飛が俺の(全裸の)背中をバシバシと叩く。痛い。骨がきしむ。
―――――――――――――――――――― 【ナレーション:説明しよう!】
これは、のちの蜀漢の皇帝・劉備玄徳の、偉大なる第一歩……。 なのか? 本当にこれでいいのか? 少なくとも、この「全裸の誓い」によって、彼らは常識と倫理をドブに捨てた、最強にして最狂の義兄弟となる運命が確定したのである。 ――――――――――――――――――――
俺は張飛に引きずられながら、遠い目をした。 (袁紹ルートなら、今頃シルクのパンツを履いてたのになあ……)
こうして、Undoできない俺の、血と狂気に満ちた三国志サバイバルが幕を開けた。
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