第9話:守るべきもの
ショッピングモールでの一件は、まるでハリウッド映画のような大惨事だった。 俺の一撃で半壊した施設。現れた異世界の魔物。 普通の人間なら、この世の終わりだと絶望するだろう。
だが、俺たちの周りには、シルヴィがいた。 彼女は、まるで魔法のように、全ての状況をコントロールした。 「この程度でしたら、『情報操作』と『事象の修正』で問題ありません」 彼女がスマホを操作するたびに、人々の記憶は「ガス爆発事故による大規模火災」へと改ざんされ、ショッピングモールの破壊も「古くなった建物の老朽化による崩壊」という形に修正されていく。 目撃者も、警察も、消防も、誰も異世界の魔物を見たとは言わなくなった。 カズヤが放った聖剣の光も、魔物の存在も、人々の記憶から消し去られた。
恐るべき、エルフの賢者の力。 こんなことができる存在が、なぜ俺の記憶喪失の理由だけを言わないのか。
マンションに戻ると、皆が疲労困憊の状態だった。 特に、魔物の触手攻撃を受けたアイリスは、肩から背中にかけて、痛々しい傷を負っていた。
「アイリス! 大丈夫なのか!?」 俺が駆け寄ると、シルヴィが既に治癒魔法を施していた。 「……肉体的な傷はすぐに癒えます。しかし、カズヤ様が記憶を取り戻しつつあることが、何よりも喜ばしい」 そう言って、シルヴィは安堵の息を漏らした。
「我が主……」 アイリスは、俺の顔を見て、力なく微笑んだ。 「あの力……確かに、我が主の聖剣でした。やはりあなたは、私たちの英雄だ」
リリィも、俺の腕にすがりついてくる。 「カズヤ、カッコよかった……! 私、カズヤが魔物倒すところ、大好き!」 彼女の言葉は、まるで子供がヒーローを褒めるかのように、純粋だった。
俺は、自分の放った力が、あまりにも規格外だったことに、まだ震えが止まらなかった。 一撃でショッピングモールを半壊させるほどの力。 普通の高校生だった俺が、こんな力を振るうなんて、信じられない。
そして、その時、俺の脳裏にフラッシュバックした『勇者』としての記憶。 血塗れの戦い。守り抜いた仲間たち。そして、巨大な魔王と対峙する、もう一人の俺。 あの記憶は、間違いなく俺自身のものだった。
「……なぁ、シルヴィ。俺が、勇者だったって言うのは、本当なんだな?」 俺が尋ねると、シルヴィは静かに頷いた。 「ええ。紛れもない事実です。あの力は、あなたの魂に刻まれた英雄の証」
「じゃあ、俺が記憶を失ったのは、本当に俺が『望んだ』ことなのか? あの、幸せな日常のために、俺が……」
シルヴィは、その質問には直接答えず、俺の目をじっと見つめた。 そして、小さく、しかし確かな声で言った。 「カズヤ。あなたの記憶は、まだ全てではありません。ですが……あなたが、私たちを、そしてこの世界をどれほど深く愛し、守りたかったか。それだけは、真実です」
彼女の言葉は、俺の胸に、温かく、そして重く響いた。 確かに、俺はまだ何も思い出せない。 だが、あのショッピングモールで、アイリスが傷つけられた瞬間、俺の体は、魂は、彼女を守るために動いた。
「……そっか」 俺は、倒れているアイリスの頭を、優しく撫でた。 彼女は、気持ちよさそうに目を閉じる。
「記憶がなくても、お前たちが俺にとって、絶対に守らなきゃいけない存在だってことは、魂が覚えてるみたいだ」
俺の言葉に、シルヴィはハッとしたように目を見開き、そして、安堵したように微笑んだ。 その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。 リリィも、俺の言葉を聞いて、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「カズヤ様……」 アイリスが、ゆっくりと目を開き、俺の顔を見上げた。 その表情は、まるで初めて出会った時のような、純粋な信頼と、深い愛情に満ちていた。
俺は、自分の失われた記憶の先に、どんな過去があるのか、まだ何も知らない。 だが、この三人の美少女たちが、俺の隣にいてくれる。 俺の、空白の5年間を共有し、支え続けてくれる、大切な仲間たち。
俺は、彼女たちの顔を、一人ひとり見つめた。 シルヴィの悲しみに満ちた瞳。 アイリスの、真っ直ぐな忠誠心。 リリィの、無邪気な笑顔。
そして、その全てを守り抜くことこそが、記憶を失った俺の、今の使命なのだと。 俺は、この奇妙で、そしてかけがえのない日常を守り抜く覚悟を、改めて心に誓った。
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