第4話:女騎士、日本の高校に降り立つ
あのリビングでの一件以来、俺の頭の中は整理がつかないままだ。 異世界。勇者。魔法。そして、俺が「望んだ」という記憶喪失。 あまりにも非現実的な話だが、目の前の三人の美少女たちが、その全てを肯定している。
だが、時間は待ってくれない。 シルヴィが手配してくれた書類手続きで、俺は高校へと「転入生」として復学することになった。本来なら「復学」なんだろうが、空白の5年があるため、俺の年齢も一つ上がっている。 異世界で5年間過ごしたのはまちがいない。でも、戻ってきたのはこっちの世界の5年ごとは限らない。高校一年生だったはずが、なぜか高校二年生として学校に通うことになったのだ。
「カズヤ様、いよいよ日本の学び舎へと赴かれるのですね! 張り切っていきましょう!」
朝、玄関で出迎えてくれたのは、制服姿のアイリスだった。 俺と同じ、青いブレザーにチェックのスカート。 だが、その背中には、なぜか竹刀袋が提げられている。
「……あの、アイリス。なんでお前が制服なんだ?」 俺が尋ねると、彼女はキリッとした顔で胸を張った。 「当然でしょう! 我が主の護衛は、私の使命。見知らぬ場所で、もしものことがあってはなりません!」
「いやいや、学校だぞ? 護衛とかいらないだろ」 「しかし、日本という異国の地は、魔王の残党が潜んでいるやもしれませぬ!」 「ここは平和な日本だよ!」
俺が必死に説得しようとしていると、後ろからシルヴィの声が聞こえた。 「カズヤ、アイリスはあなたの登校を強く希望しました。異世界でのあなたは、彼女にとって何よりも優先すべき存在でしたから」 「そうよ! カズヤはいつも私の隣にいてくれたんだからね!」リリィまで口を挟む。
……どうやら、俺の異世界での行いが、彼女たちをここまで心酔させているらしい。 特にアイリスは頑固だ。こうと決めたらテコでも動かない。
結局、俺はアイリスを連れて学校へ行くことになった。 幸い、シルヴィが「カズヤの転入に伴い、転居してきた妹」という設定を捏造してくれたので、形式上は問題ないらしい。
学校に着くと、当然のように視線が集まる。 俺は地味な生徒だったはずだが、隣に並ぶアイリスの美貌は、どんな漫画のヒロインにも引けを取らない。 おまけに、彼女は真面目な顔で、常に俺の半歩後ろを歩いている。 「カズヤ様、お手を」と、カバンを持ってやろうとするので、必死に断った。
「そこの生徒! ちょっと待ちなさい!」
その時、甲高い声が響いた。 生活指導の教師、通称『鬼山』が仁王立ちしている。 鬼山は眉間にシワを寄せ、アイリスの制服姿から竹刀袋、そして俺の顔へと視線を移した。
「柏木! 新しい転入生か何か知らんが、その竹刀袋は何だ!?」
そう思いますよね~、普通……。俺も何とも言えないので帰す答えはない。
「 校内への武器持ち込みは厳禁だぞ!」切れ散らかす鬼山。
「武器、ですと? これは我が主をお守りする、私の魂の証たる聖剣……」 アイリスが竹刀袋に手をかけようとした瞬間、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。
「だ、大丈夫です先生! これ、部活見学で剣道部に興味があるらしくて! まだ中身は入ってません!」 苦しい言い訳をなんとかひねり出す。 鬼山は疑わしげな目を向けたが、一応その場は収まった。
教室に入ると、担任の先生が、俺を「5年ぶりに復学した柏木」として、アイリスを「転入生の柏木」として紹介した。 クラスメイトたちのざわめきが聞こえる。 「え、柏木ってあんなイケメンだったっけ?」 「転入生の柏木さん、超可愛い!」
俺は高校一年生までの記憶しかないので、クラスメイトの顔がほとんど分からない。 自分の席に座ると、アイリスはなぜか俺の隣の空席に座ろうとした。 「あ、アイリス、そこは……」 「我が主の隣こそ、私の席にふさわしい!」 「いやいや、先生が指定した席に座れよ!」
なんとか説得し、アイリスは指定された席へ。 そして始まった授業中も、アイリスは大変だった。 先生の話を「聞き取りにくい」「何を言っているのか理解できない」とばかりに首を傾げ、 「我が主はもっと素晴らしい教えを受けていた!」とブツブツ文句を言う。 挙げ句の果てには、「この問題、我が主なら一瞬で解かれる!」と、指名されていないのに俺を指さして答えさせようとする。
休憩時間になると、男女問わずアイリスの周りに集まってきた。 「柏木さん、竹刀なんて珍しいね! 剣道やってるの?」 「いえ、私は騎士道を極めております。貴様らのような軟弱な者では、我が主の剣技には及びますまい」 アイリスのぶっきらぼうな物言いに、クラスメイトたちは苦笑い。 そもそも会話が成り立ってない。会話のキャッチボールへたくそか。
だが、その真剣な眼差しと、整った容姿に、なぜか皆は引き込まれているようだった。
放課後。 俺はアイリスを連れて、校舎裏へと向かった。 「まったく、お前は本当に……」 「申し訳ありません、我が主。日本の常識というものが、いまだ理解できず……」 しょんぼりと俯くアイリスの耳が、少しだけ下向きになっている。
「いや、分かってるよ。お前も大変なんだろうな、初めての場所で」 俺はそう言って、ぽんとアイリスの頭に手を置いた。
その瞬間、アイリスはハッとしたように顔を上げた。 そして、その瞳に、まるで幼い子供のような純粋な輝きを宿らせる。
「カズヤ様……! あなたは、いついかなる時も、私を信じてくださるのですね!」 「いや、信じるとかそういうんじゃなくて、困ってる奴がいたら助けるのは当たり前だろ」 俺がそう言うと、アイリスは急に瞳を潤ませ、俺に抱きついてきた。 「カズヤ様あああ! なんと慈悲深いお言葉……! やはり、あなたは私の、私の……!」
「ちょ、おい! 校舎裏だぞ!」 俺の記憶では、校舎裏といえばイチャつくカップルか、喧嘩の場所だ。 そんなところでこんな大胆な行動をとるなよ、と焦る俺。 だが、アイリスは俺の背中にぎゅっとしがみつき、離れようとしない。
その時、校舎の角から、数人の生徒が通りかかった。 「あ、あれ、柏木じゃね?」 「転入生の子と、校舎裏で……」
俺は、一気に顔が赤くなった。 こんな誤解を招くような状況、頼むからやめてくれ! だが、アイリスの抱きしめる腕は強く、俺は身動きが取れない。
――俺の新しい高校生活は、波乱の予感しかしなかった。 そして、この奇妙な状況の中で、彼女たちとの絆が、少しずつ形を変えていくのを感じる。
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