ここ5年の記憶がない俺が知らない美少女たちに囲まれています

@UG01

第1話:目覚めたら、そこは知らない天井とハーレムでした

 知らない天井だ。


 ……いや、嘘をついた。このフレーズを一度言ってみたかっただけだ。 ごくありふれた白いクロスの天井。別に珍しくもない。


 問題なのは、ここが俺の部屋じゃないということだ。


「……ん、ぐ……なんだ、これ」


 体を起こそうとして、俺は自分の体の異変に気づいた。 重い。やけに体がでかく感じる。それに、視線が高い。 昨日まで寝ていた煎餅布団とは違う、高級マットレスの感触に戸惑いながら、俺はのろのろとベッドから這い出した。


 俺の名前は柏木和也(かしわぎかずや)。ごく普通の高校一年生だ。 昨日はたしか、学校から帰って、夕飯のハンバーグを食べて、ちょっとゲームをして、それで……。


「……二日酔い、か?」


 記憶にあるのはそこまでだ。 頭がガンガンする。喉がカラカラだ。もしかして、親父の隠し持っていた酒を間違えて飲んじまったとか? いや、そんな記憶はないが。


 ふらつく足取りで、部屋にあった姿見の前に立つ。 そこに映っていたのは、見知らぬ男だった。


 寝癖だらけの髪。無精髭がうっすらと生えた顎。 そして何より、高校生の俺よりも明らかに体格がよく、骨格がしっかりとした大人の男。


「……は?」


 俺は鏡に映る男の頬をつねった。痛い。男も痛そうな顔をした。


「え、誰だお前。……いや、俺、だよな?」


 混乱する頭を抱えながら、俺は部屋を見渡した。広すぎる寝室。置いてある家具も高級そうだ。俺の安物だらけの六畳間とはわけが違う。


「夢、だよな。絶対そうだ。明晰夢ってやつだ」


 そう自分に言い聞かせ、とにかく水を飲もうと部屋を出た。


 ドアを開けると、そこは廊下だった。いつもより広くないか? まあいいか。


 その先から、トントントン、と小気味よい包丁の音と、味噌汁のようないい匂いが漂ってくる。


「母さん? 今日の朝飯なにー?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、リビングダイニングへと足を踏み入れた俺は――。


 その場で石像のように固まった。


 そこは、モデルルームのように洗練された広大なリビングだった。壁一面の窓からは、俺の知らない都会の景色が見下ろせる。タワーマンションの高層階、というやつだろうか。


 だが、俺が固まった理由はそれじゃない。 ダイニングテーブルを囲むように、三人の人影があったからだ。


「――あ」


 最初に俺に気づいたのは、キッチンに立っていたエプロン姿の少女だった。 銀色の長い髪をポニーテールにまとめ、陶器のように白い肌と、神秘的な紫色の瞳を持っている。この世のものとは思えないほどの美貌だが、その耳は人間よりも長く尖っていた。エルフ?


「おはようございます、カズヤ。やっとお目覚めですね」


 彼女は、まるで長年連れ添った妻のように自然に微笑んだ。


「む、起きたか我が主。遅いぞ、味噌汁が冷めてしまうではないか」


 ダイニングチェアに座り、新聞を読んでいたのは、凛とした雰囲気の少女だった。 燃えるような赤髪をショートカットにし、意志の強そうな吊り目。ジャージ姿なのに、なぜかその腰には木刀が差されている。


「もー! カズヤ遅い! 今日の目玉焼きは私が焼いたんだからね! 半熟なんだから早く食べないと!」


 そしてもう一人、ソファから飛び跳ねるように現れたのは、小柄で愛らしい少女。 艶やかな黒髪ツインテール。頭の両サイドには、アクセサリーにしてはリアルすぎる小さな黒い角が生えている。小悪魔、という言葉がこれほど似合う子もいないだろう。


 エルフ耳のクールビューティー。 木刀を帯びたジャージ剣士。 角が生えた小悪魔ロリ。


 三者三様の、とびきりの美少女たちが、当たり前のように俺の(?)リビングにいて、当たり前のように俺に話しかけてきている。


 俺は頬を引きつらせながら、後ずさりした。


「えっと……ここはどこでしょうか。そして、あなた方は……?」


 俺の言葉に、リビングの空気が凍りついた。 三人の美少女たちの動きが同時に止まる。


 赤髪の少女が、信じられないものを見るような目で俺を見た。 「……おい、嘘であろう? まさか貴様、昨晩の酒がまだ残っているのか?」


 黒髪の少女が、涙目で俺に抱きつこうとする(俺は全力で避けた)。 「やだ! カズヤったら、また変な冗談言って私をからかってるんでしょ!?」


 銀髪のエルフの少女だけが、静かにコンロの火を止めた。 彼女はゆっくりと俺に歩み寄ると、その美しい紫色の瞳で、俺の目を真っ直ぐに覗き込んだ。


「……瞳孔の動き、魔力波長、共に異常なし。ですが……認識層に深刻な乖離が見られますね」


「は、はい?」


 彼女は何やら難しい単語を呟くと、深く、悲しげなため息をついた。 そして、混乱の極みにいる俺に向かって、衝撃的な事実を告げた。


「落ち着いて聞いてください、カズヤ。……あなたの記憶が最後にあったのは、いつですか?」


「い、いつって……昨日の夜だよ。高校から帰って、飯食って……」


「そうですか。……やはり、代償は大きかったようですね」


 彼女は寂しげに目を伏せ、そして再び顔を上げると、毅然とした声で言った。


「カズヤ。あなたの認識では昨日かもしれませんが、今の暦は西暦202X年。あなたが高校一年生だったあの日から、ちょうど5年が経過しています」


「……は?」


「そして私たちは――あなたの、同居人です」


 俺は呆然と、窓の外の景色を見た。 見覚えのないビル群。カレンダーの数字。そして、鏡の中の老けた自分。


 俺の青春、いつの間にか5年も過ぎちゃってたってコト!?

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