Style.22 メイド真受、覚醒の時!?

 

 バイト初日を終えた次の日。


 真受が来ているのはアーカイブ室──という名の、果穂の部屋だった。


 本棚には、過去の『palette⭐︎Styleパレスタ』が年代順にずらりと並んでいる。


 その光景を前に、果穂が腹を抱えて笑った。


「あはは! メイド服って! それもうコンカフェじゃん!」


「ちょっとぉ! ひどいよ果穂! 笑わないでよぉ!」


 真受は涙目になって抗議する。


「ごめんごめん。で、そのバイトをバックれたいって話?」


「ううん、それはダメ。オーナーに悪いし」


「ふーん。意外と真面目だねぇ」


「だからね、相談があるの!」


「相談……?」

 果穂は一瞬だけ、嫌な予感に眉をひそめた。



◆◆◆



 パラパラ、と雑誌をめくる音。


 やがて、真受の表情がぱぁっと明るくなった。


「あった! メイド系女子特集!」


「……なるほど。真受、もう完全にパレスタ信者だね」


「いや、これは研究だよ、研究!」


 真受の脳裏に昨日の光景が蘇る。

──バイト初日は、散々だった。


 メイド服が恥ずかしくて仕方なく、コーヒーを置いたら逃げるように踵を返して退散。


「いらっしゃいませ」の声は、まるで溜め息を漏らしたかのようなボリューム。


挙げ句の果ては、客が来店すると柱の影にスッと身を隠す始末。


 帰り際には苦笑いを浮かべたオーナーから

「もう少し、明るく接客してくれると助かるんだけどなぁ……」と、やんわり釘を刺されてしまった。


 申し訳なさで胸がいっぱいになる中、真受が思いついた打開策──それが、“パレスタで変身”である。




 ──真受は真剣な顔で特集ページを読み込む。


【 役になりきれ! メイド系女子は演じた者勝ち

  異性は“ご主人様”、同性は“お嬢様”

  スカートの両端を持って、ちょこんとお辞儀

  必殺困り顔は最強の萌え兵器! 】


(やっぱり、パレスタ凄い! これだわ……!)


 真受の中で、ご奉仕魂がめらめらと燃え上がる。


 ──スッと立ち上がり、果穂にお辞儀する真受。


「ありがとうございます! 果穂……いえ、お嬢様」


「え!? お嬢様って!?」


「私、決めた!」


 真受は胸の前でぎゅっと拳を握った。


「私、メイド系女子になる!」


「ぷっ、もう変身した!? 早っ!」


 果穂は吹き出しそうになるのを堪えながらも、真受を応援するのだった。



◆◆◆


  ──そしていざ、次のバイトの日。


「いらっしゃいませぇ! ご主人様ぁ!」


「……え?」


 入店した中年男性が、固まる。


 真受は、にこやかに微笑んだまま、ぴしっと立っている。


(演じた者勝ち……!)


「こちらへ、どうぞ……足元にお気を付け下さい」


 男性は一瞬戸惑い──そして、思わず吹き出した。


「ははっ……ありがとう」


 その様子を見て、カウンターの奥でオーナーが目を見開く。


「え!? 今ご主人様って言った!? 真受ちゃん、何があったの!?」


 ──そして、客の帰り際。


 スッ、と店の外まで出る。


「本日はありがとうございました。どうかお気を付けてお帰りくださいませ!」


 スカートの両端を持ち、ちょこんとお辞儀。


男性は、溢れんばかりの笑顔で真受に手を振った。


「ありがとう、また来るね!」


 ──その直後。


 カラン。


 また、ドアベル。


「いらっしゃいませぇ! ご主人様、お嬢様!」


 今度は若いカップル。

外で客を見送る真受を見て興味を持ったようだ。


 さらに、カラン。カラン。

続々と客が押し寄せる。


「わぁー! ご主人様がたくさんいらっしゃったわ!」


 真受の目が、きらきらと輝く。


 店内は一気に賑やかになった。


「可愛い、本物のメイドだ」

「あそこまで振り切ってると気持ち良いよな」

「そこらのメイド喫茶の娘より推せるわ」


 沢山の客を前に必死で接客する真受。


 注文を取り、運び──


「あ……!」


 注文の置き間違い。


 真受はすっと背筋を伸ばす。


「も……も……申し訳御座いません! 私ったら……なんという……飛んだ粗相を……!」


 口元を押さえ、眉を下げ、目を潤ませながら必殺の困り顔。


「……可愛い」

「許す」

「むしろもう一回間違えて」


 客席がざわつく。


 そんな光景を見ていたオーナーは身震いする。


「……て、天才だ。天才が現れた……!」


 その日の店は、いつになく活気に満ちていた。


 笑顔と、笑い声と、ほんの少しの“非日常”。


 パレスタを心の底から信じきった真受は、無敵であった。


◆◆◆


 そして、バイト終わりの時間。


「真受ちゃん、今日最高だったよ! これからもお願いね」


「はい! オーナー様、ご指導有難う御座いました!」


 深々と頭を下げ、真受は事務室へ向かった。


 鏡の前に立ち、背中のジッパーに手を伸ばす。


(やばい……メイド……癖になるかも……)


 そんなことを思いながら、きゅ……と、少し下げたその瞬間。


 ガチャン!


(えっ!?)


 事務室のドアノブが、勢いよく回った。


「お、おい! たかひろ! まだバイトの子が着替えて──」


 オーナーの声が、明らかに焦っている。


 ドアが半分だけ開き──


「……あ」


 そこに立っていたのは、真受より少し年上に見える見知らぬ男だった。


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