第22話
私が新しい小説を出した時、世間の人は、てっきりあの事件を扱った内容だと思ったらしい。
しかし、今回の「ジョセフ&マーカス」は、事件とは何の関係もなかった。
この小説を読んだ人々の反応は様々だった。
「あの事件が書かれた本だと期待したのに、全然違う内容でがっかりした」
「例の事件から既に1年が経過している。辛い記憶を掘り起こすよりも、前を向いて生きよう、という筆者の意思が伝わってくる。素敵な作品だ」
「ロマンス小説家、エリザベス・スチュワートの新境地開拓。これは彼女の新しい挑戦だ」
「ジョセフ&マーカス」は、人気作品となり、シリーズ化された。
しかし、この作品を、快く思わない人もいた。
「ひどいよ、エリー。このマーカス、僕にそっくりじゃないか」
本を読んだエドワードが、早速文句を言って来た。
「さすがはエディ、良く分かったな」
「…ここまで似てればね…幸い僕とマーカスの、外見は変えてくれてるみたいだけど」
「ジョセフ&マーカス」は、2人の貴族の男性が、巷で起こる難事件に挑むミステリー物である。
クールで理性的、人嫌いなジョセフ。温厚で苦労知らず、社交的な性格のマーカス。
正反対の性格の2人が、コンビを組んで事件を解決して行く。
私は、マーカスという主人公の1人を考えた時、イメージとして真っ先に浮かんだのが、エドワードだった。
そして、本人の了承を得ずに、さっさと本を書いてしまった。
「まったく…小説家は油断できないな。どこで自分がモデルにされるか、分かったもんじゃない」
「そう怒るな。間違っても、殺人事件の被害者にはしないから」
「当たり前だよ」
エドワードは、憮然とした顔になった。
出版元のジュリアンは、私の本が売れまくって、大喜びである。
「早く続きを書いて頂戴」と矢の催促が飛んでくる。
私としては、1巻完結のつもりだったので、予想外の売れ行きに驚いていた。
しかし、自分の本が、こんなに世間に受け入れられた事は、素直に嬉しかった。
「よし、続きを書くぞ」
今日も私は、机に向かって小説を書いている。
シャーロットが無事に出産した。
という知らせが、タウンゼント伯爵未亡人から届いた。
「…本当に行くの?」
エドワードが、心配そうな顔をしている。
「ああ、一度は顔を見てやらないとな」
シャーロットは、思ったよりも元気そうだった。
伯爵未亡人が、産着に包まれた赤ん坊を抱えてきた。
「男の子ですよ。シャーロットさん、頑張りましたね」
姑の言葉に、ベッドに座っているシャーロットは、黙って俯いた。
私は、未亡人の腕の中で、すやすや眠っている小さな生き物を見つめた。
「…すごく小さいな…」
私の感想に、未亡人は優しく微笑んだ。
「これからどんどん大きくなりますよ。エリザベスさん、あなたに甥っ子が出来ましたね」
未来のタウンゼント伯爵の誕生である。
未亡人が、赤ん坊を抱いて出ていくと、部屋には私達2人が残された。
私は、久しぶりに会う妹と,何を話していいか分からずに、戸惑っていた。
「…シャーロット、その…」
「…いい気味だと思ってるんでしょう?お姉様」
俯いていたシャーロットが、顔を上げた。
出産で少しやつれた顔に、怒りの表情が浮かんでいた。
「…馬鹿な男と結婚して、挙句の果てに全てを失って…愚かな女だって、私を笑っているんでしょう?」
「シャーロット…」
「…笑いなさいよ!…ああ、そうね。完璧なお姉様は、こんな事で笑ったりはしないのね」
シャーロットは、呆然としている私を睨みつけてきた。
「…お姉様は、いつだって完璧…お父様もお母様も、いつもエリザベスを見習いなさいって、そればかり…舞踏会に行っても、みんなエリザベス様、エリザベス様って…」
シャーロットは、長年の積もり積もった恨み言を、吐き出しているようだった。
「…だから奪ってやったのよ。お姉様の大事な婚約者を!…それなのに、お姉様は、彼の事なんて、何とも思っていなかったのね…すぐに、ブライトン子爵といい仲になるなんて」
「それは誤解だ。私はエディとは何も…」
「お姉様は、あのロバートを、私に押し付けたかったんでしょう?私は、お姉様の計略に、まんまと乗せられてしまった…っ」
シャーロットは遂に、堰を切ったように泣き出した。
産後で、疲れが溜まっているのだろう。
私は、今日の所は帰る事にした。
ただ、これだけは、言っておかなくてはならない。
「…シャーロット、私は、お前の事を完全に許したわけじゃない。だが、お前には守るべきものが出来た事を忘れるな」
「…あの赤ん坊の事?あの子なら、バアさんがちゃんと育ててくれるわよ。次代タウンゼント伯爵に相応しい教育をしてね。…私ができる事なんて、何もないわ…」
「そんな事はない。お前はあの子の母親だろう。例え何もできなくても、愛情を与える事はできる筈だ」
「…愛情?…あの男の子供に?…そんなもの、ある訳ないでしょう」
「ロバートは関係ない。あの子はお前の子供だ。その事を忘れるな」
私は、まだ何か言いたそうなシャーロットを残して、部屋を出た。
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