第13話

その夜の舞踏会には、タウンゼント伯爵夫妻とその母親も出席していた。

「まあ、あなたのお姉様、あのオルレアン公に話し掛けられるなんて、大したものですね」

タウンゼント伯爵未亡人が、心底驚いた、といった口調で言った。

「…そうですね」

シャーロットは、そう答えるのが精一杯だった。


シャーロットが、聞いた姉の噂は、このような物であった。

彼女は、傷心を癒すために保養に出かけた。

そこで、ブライトン子爵と男女の関係を持ち、彼と高額の報酬の愛人契約を結んだ。

今では、風光明媚な土地に、瀟洒な館を用意されて、快適に暮らしているそうだ。


今夜の姉は、独身男性達に囲まれて、まるで女王のように振舞っていた。

その中には、噂の相手でもある、ブライトン子爵の姿もあった。

「まあ、ブライトン子爵よ。相変わらずの美男ぶりですねえ」

伯爵未亡人が、思わず感嘆のため息を漏らした。


「あの方のお父様、マーベリントン公爵は、お世辞にも美男とは言えないのに

…母親が美人だから、そちらに似たのね、きっと」

彼女の言い方は、何だか意味深だった。

「あら、ロバートは?」

気が付いたら、隣にいたはずの夫の姿が見えなくなっていた。


「やあ、エリザベス。久しぶりだね」

「…ロバート…!」

私は、かつての婚約者の姿を見て、体を強張らせた。


「何の御用でしょうか、タウンゼント伯爵」

取り巻きの男性の声は、見事に無視された。

ロバートは伯爵。私の取り巻き達は、伯爵の次男か3男以下がほとんどなので、身分の差は明らかである。

とはいえ、今の態度は、相手に対して失礼だろう。


ロバートは、私の顔を、じろじろと不躾に眺めている。

「…いやあ、僕と別れてから、きみは、ますます美しくなったんじゃないか?

一体誰のおかげだろうねえ」

ロバートは、そう言いながら、近くにいたエドワードを、ちらりと横目で見た。


ロバートも、あの噂を信じている内の1人らしい。

「今夜は、シャーロットは来ていないんですか?」

一刻も早く、彼をこの場から追い出したかった。

「え?…ああ、僕の母と一緒にいるよ。そんな事よりも、少し話せないかな?」

「私は、あなたとお話しする気はありません」


私のきっぱりとした拒絶に、ロバートは驚いたようだった。

「…冷たいな。一度は婚約までした仲じゃないか」

その婚約を破棄したのは、一体誰だったのか。

私は、湧き上がる怒りを抑えるために、ぐっと拳を握り締めた。

このままだと、彼を殴ってしまいそうだ。

「とにかく、お断りします。失礼」

私は、立ち上がって、化粧室へと歩いて行った。


流石にここまでは、ロバートも追いかけては来ない。

軽く化粧を直して、鏡の前で深呼吸する。

化粧室を出ると、近くの柱の陰から、エドワードがひっこり顔を覗かせた。

「エディ、ここで何をしているんだ?」

「いや、きみの事が心配で。あの変な奴がまた来たら困るだろう?ボディガード代わりさ」


大広間に戻る気もしなかったので、バルコニーへと向かった。

「…エディ、話を聞いてほしいんだ…その、婚約していた時の」

「エリー、無理しなくていいよ」

「いや、聞いて欲しいんだ」

私は、大きく息を吸うと、今まで誰にも言えなかった話を語り始めた。


タウンゼント伯爵との婚約が決まった時、私は、両親の言う事に素直に従った。

もともと親の決めた相手と、結婚するものだと思っていたし、周りの令嬢も、皆そうやって結婚していたからだ。

初顔合わせの時、タウンゼント伯爵、ロバートは紳士的な優しい男性に見えた。


しかし、彼の求める「タウンゼント家の理想の妻」像は、私には、到底実現不可能な要求としか思えなかった。


ロバートは、理想の妻を求めるあまり、私に無理難題を押し付けた。

服装や、髪型、いつどこで何を着るかまで、細かく指示する。

結婚したら、作家活動は辞めるように、とまで言われた。


そのくせ自分は、派手な女遊びもギャンブルも辞めようとはしなかった。

「賭け事は紳士の嗜みだよ」「僕は女性がほっとけないタイプらしいよ」

そううそぶく彼の遊び方は、少々度が過ぎていた。


極めつけは、ロバートの口癖だった。

「うちの母は、そんな服は着ないよ」「うちの母は、そんな言葉使いはしないよ」

何をしても、彼の母親と比べられる。

ロバートにとって、自分の母親は、まさに理想の妻であるようだった。


私は、彼と婚約して半年で、げっそりと痩せてしまった。

原因は、明らかにストレスである。

その原因は、婚約者の体を気遣うでもない。

「ああ、きみ、また痩せちゃったね。タウンゼント家の妻は、美しい容姿の女性でないと困るんだよねえ」


これから先の結婚生活を考えると、絶望的な気分になった。

これはもう、よその国に亡命するしかない。

本気でそう考えていた矢先に、あの騒ぎが起こったのだ。


エドワードは、話を聞いて、本気で怒ってくれた。

「ひどい奴だね。そんな奴と、結婚しなくてよかったよ」

「…そうだな。今ではシャーロットに感謝しているくらいだ」

私達は、顔を見合わせて、くすっと笑った。


「大丈夫、エリーには、もっといい人が現れるよ」

「…そうかな?」

そんな楽観的にはなれなかった。


婚約破棄された令嬢に、この先、いい結婚話が来るとは到底思えない。

せいぜい、条件付きの貴族か、母親代わりが欲しい、子沢山の家庭くらいだろう。

あるいは、若い貴族令嬢を妻にして、自分の身分を上げたい新興成金か。

どれも気が進む話ではなかった。


「もう結婚話はこりごりだ。私は自分1人で生きていく」

「おっ、エリーらしさが戻って来たね」


私はバルコニーから、夜空を見上げた。

その時、すっと星が流れた。

「あっ、流れ星だ」

「えっ、お願いしなきゃ、早く早く」


エドワードに急かされて、私は慌てて願い事をした。

顔を上げた時、既に流れ星は消えていた。

「…間に合ったかな?」

「きっと大丈夫だよ」

彼は何をお願いしたのだろう。

そんな考えが、ふと頭をかすめた。



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