第7話
私は、ドキドキする胸を押さえていた。
「大丈夫?エリー」
「…ああ、ちょっと緊張してるだけだ」
「きみは今、女王アクヤクージョなんだから、堂々としていればいいんだよ」
そうだった。私は今、憧れの主人公に扮しているのだ。
アクヤクージョなら、こんな時、どんな風に振舞うだろうか。
私は、黒いレースの扇子を開き、顔を隠して深く深呼吸した。そして…
「おーっほっほっほっほっ!」
突然の高笑いに、エドワードと周囲の人達が、びっくりして飛び上がった。
「…ど、どうしたの、エリー?」
私は、扇子をパチンと閉じた。
それを、驚いた顔の従兄に向ける。
「わたくしは、女王アクヤクージョですわ!名前を間違えるなんて、失礼ですわよ!」
私は、小説のキャラクターに、完全になり切る事にした。
始めはあっけに取られていたエドワードも、彼女の意図を理解すると、すぐさま反応した。
「失礼致しました。女王様」
私は、満足気な表情を見せる。
「よろしくてよ。ところでアイザック、わたくし、あれが食べてみたいですわ」
扇子で指し示した先には、クレープ屋さんがあった。
「おや、女王様は、今までクレープを食べた事が無いのですか?」
「そうですわ。アイザック、今すぐあれを買って来てちょうだい」
「かしこまりました」
私は、生まれて初めてのクレープを、クリームがこぼれないように、そっと口に運んだ。
ふんわりとした、バターの香りと、甘いクリームとイチゴの味は、感動的だった。
「お味の方はいかがですか?女王様」
「まあ、とっても甘くて美味しいわ…」
エドワードは、ハンカチを差し出した。
「女王様、お口にクリームが…」
「あら、いけない」
私は、ハンカチを受け取って、上品に口元を拭いた。
「女王様、他に食べたいものは、ありますか?」
「そうですわね…あら、あれは何かしら?」
子供達が、ふわふわした綿菓子を持って、走り回っている。
「あれは、雲のお菓子ですよ」
「…雲が食べられるんですの?」
それは、初めて聞く話だったので、私は本気で驚いてしまった。
エドワードは、くすりと笑った。
「1つ買って来ましょう。少々お待ちを」
「まあ、これも甘いわ…でも、口に入ると、すぐ溶けてしまうのね…」
私は、この日の夜、今まで見たことの無いものを、見る事になった。
「アイザック、男性が口から火を噴いていますわ!火傷はしないのかしら?」
「あれは大道芸人ですよ。怪我をしないように、ちゃんと仕掛けがしてあるんです」
「…そうなんですのね」
私は、従兄から危険はない、と聞いてホッとした。
私達の仮装グループは、パレードを見物している人々の、話題と注目の的となっているらしい。
「あれが、例のアクヤクージョか…本物そっくりだな」
「アイザック様も、本物以上だわ」
「アクヤクージョ様~っ、こっち向いて下さい~っ!」
「ザック様~っ!」
ギャラリーからの要望に、笑顔で答えつつ、私達はゆっくりと歩いていた。
「いや~、何か有名人にでもなった気分だよ」
エドワードは、歓声を上げている女性達に、笑顔で手を振りながら言った。
「…きみはここでは、有名人なんじゃないのか?」
自分がここの領主だという事を、本人は忘れているのだろうか。
「いつもは、こんなに派手な登場はしないからね。僕は目立つのが嫌いなんだ」
「そうなのか?」
彼の華やかな見た目からは、とてもそうとは思えない。
気が付けば、辺りはすっかり暗くなり、パレードも終わりに近づいて来た。
「…もう、終わってしまうのか…」
何だか寂しい気がする。
「まだまだこれからだよ。今年の仮装大賞の発表もあるし、花火もまだ見てないだろう?」
収穫祭の最後の目玉は、夜空に打ち上げられる無数の花火だそうだ。
「この花火も、職人達が技術を競い合っているんだよ」
「へえ…」
話している内に、パレードのゴールまで来てしまった。
「パレードに参加した方は、広場に集まって下さ~い」
係員が人々を誘導している。
皆が広場に集まってしばらく経ってから、壇上に1人の女性が立った。
「みなさん、お待たせしました。それでは今年の仮装大賞の発表です!」
どこからか、ドラムロールが鳴り響く。
「今年の仮装大賞は…ブライトン子爵チームの、女王アクヤクージョとアイザックです!」
「…ええっ?」
私の驚きの声は、周囲の歓声にかき消されてしまった。
エドワードと私は、壇上に案内された。
「おめでとうございます、ブライトン子爵」
「いや~、僕が賞を貰ってもいいのかな~?」
エドワードのとぼけた言い方に、見ている人々は、どっと笑った。
「何を仰っているんですか、子爵のアイザックは本物以上だって、みんな言ってますよ」
「そう?ありがとう」
「こちらの方も、アクヤクージョにそっくりですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「え?…えーと」
ここで本名を名乗ってもいいのだろうか。
伯爵令嬢がリゾート地の仮装大会で優勝した、と世間に知られるのは、流石にまずい気がする。
エドワードが、心配そうな顔でこっちを見ている。
「わ、わたくしは、女王アクヤクージョですのよ!おーっほっほっほっ!」
その一言で、司会者は何故か納得したようであった。
「そうですか、まだ役になり切っていらっしゃるんですね。分かりました。
では、優勝者のブライトン子爵と、アクヤクージョさんでした~!」
司会者の言葉に、見物人から一斉に拍手が巻き起こった。
優勝賞品は、ウォーターフォードのワインと、ブライトン限定の商品券である。
「ウォーターフォードは、ワインの名産地なんだ、特にスターリング伯爵領のワインがお勧めだよ」
流石は有名リゾート地の領主、各地の名産品をよく知っている。
「この商品券は、いつまで使えるんだ?」
「確か1年くらいかな。次に来た時にでも使ってよ」
それは、また遊びに来てもいいという事だろうか。
「…分かった」
私は、商品券をバッグの中にそっとしまい込んだ。
「さあ、花火を見に行こう」
エドワードが、手を差し出す。
私は、自然にその手を取った。
私達は手をつなぎながら、浜辺へと歩いて行った。
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