妹に婚約者を奪われましたが、美形の従兄と自由に生きている内に、彼らは勝手に自滅しました
金色ひつじ
第1話
「エリザベス。申し訳ないが、君との婚約は、今この場で解消させてもらいたい」
ある夜の舞踏会。
私こと、シェルバーン伯爵令嬢エリザベスは、婚約者のタウンゼント伯爵に、突然そう告げられた。
私は、一瞬自分の耳を疑った。
今夜は、王子の誕生を祝う為に、国王が催した舞踏会だ。
国内外から、貴人と要人が招待されている。
そんな中での、突然の婚約解消宣言に、大広間に集まった人々は驚きでざわめいた。
国王が、一時のショックから立ち直ると、口を開く。
「タウンゼント伯爵、これは一体どういう事か?」
タウンゼント伯爵、ロバートは、国王に向かって恭しく頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません、陛下。しかし、私はもうこれ以上、自分の気持ちを隠し通す事は出来ません」
彼はそう言うと、少し離れた場所にいた、1人の若い女性を連れてきた。
彼女は、ロバートにそっと寄りそった。
「陛下、この方が、私の真に愛する女性です」
女性は、国王に向かって、優雅にお辞儀をした。
くるくると渦巻く明るい金髪と、澄んだブルーの大きな瞳。
小柄で華奢な体つきに、淡いピンクのふんわりとしたドレスが良く似合っている、可愛らしい女性である。
その女性を見た私は、驚愕の声を上げた。
「…シャーロット!」
それは、私の妹、シャーロットだった。
彼女は、呆然と立ち尽くす私に、無邪気な笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、お姉様。でも、お姉様も悪いのよ。タウンゼント家の妻になるには覚悟が足りないって、ロバートがいつも言っていたもの」
タウンゼント家は、保守的な考えの旧家だ。
伯爵夫人になる女性には、家庭的な能力と手腕を求めていた。
私は、お世辞にも家庭的とは言えない。
柄にもなく、ロマンス小説家を名乗っているのだから。
しかも、結構売れている。
ロバートは、それがお気に召さなかったようだ。
彼は、妻は良人よりも有能であってはならない、というのが口癖だったから。
シャーロットは、典型的な良妻賢母タイプだ。
彼女の幼い頃からの夢は、お金持ちの由緒ある家柄の貴族と結婚して、子供を産む事だった。
その為に、シャーロットは、日頃の努力を惜しまなかった。
そして今、まさに彼女の夢は叶ったと言えるだろう。
姉の幸福を犠牲にする、という形で。
今夜の私は、175cmの上背と、骨太の骨格が目立たないようにと、瞳の色と同じ濃紺のシンプルなラインのドレスを着ていた。
髪型も凝ったものではなく、月光色の髪をゆるいアップスタイルにしているだけである。
自分の体格が目立たないように、至って地味な装いに徹しているつもりだった。
しかし、どういう訳か、いくら目立たないように努めていても
「今日もお美しいですね」とか「月の女神のようですね」と褒められてしまうのだ。
「…ロバート…どうして…?」
私は当然の事ながら、今置かれている状況が理解できなかった。
説明を求めようにも、ロバートは、私から目を逸らしたままである。
「…すまない、エリザベス…君も人を愛した事が一度でもあるならば、僕の気持ちも分かるだろうに」
その言い方は、まるで私に全ての責任があるかのようだった。
彼は何故、被害者ぶっているのだろうか。訳が分からない。
私は、この時はまだ、裏切り者の2人に対して、怒りを感じてはいなかった。
ただ、伯爵令嬢として、この場をどう穏便に収めるかだけを考えていた。
こんなところが「可愛げがない」とロバートに言われてしまう原因なのだろうが。
私は、深く息を吸って、背筋をぴん、と伸ばすと、幸せそうな2人に向かって微笑みかけた。
「…お幸せに。…さようなら、ロバート」
私は、くるりと身をひるがえし、堂々とした足取りで、大広間を後にした。
私が出て行った途端に、大広間にいた人々が、一斉に話し出す声が聞こえた。
背後で、「エリザベス…!」と呼ぶロバートの声がしたが、聞こえない振りをして歩き続ける。
その夜以来、私は「婚約破棄された気の毒なご令嬢」という、屈辱的なレッテルを貼られることとなった。
城から帰った後、私は、誰とも話さずに、早々に部屋に引きこもった。
今頃は、私が公衆の面前で婚約を解消された話が、貴族社会全体に、光の速度で広まっているだろう。
当分の間は、誰にも会いたくなかった。
ドレスを脱ぎ捨てて、寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。
完璧な貴婦人であっても、今夜だけは泣いても許されるだろう。
私は、布団の中で、声を押し殺しながら、思い切り涙を流した。
エリザベスが、大広間を去った後、残された貴族達は、今夜の事件の話でもちきりだった。
「まあ、なんて大胆なんでしょう、タウンゼント伯爵は。でも、これで彼の出世コースの道は閉ざされましたわね」
「これだけの、貴族が集まる中で、シェルバーン伯爵令嬢に恥をかかせたんですものね。シェルバーン伯爵も黙ってはいないでしょう」
「エリザベス様も、お気の毒に…」
「あれほど美しい女性だと、男の方も息が詰まるのかもしれませんねえ。ほら、あの方、お背がちょっとね…」
「まあ、並の男性は、見下ろされるように感じるかもしれませんね。妹さんは小柄ですし、タウンゼント伯爵とは、お似合いなんじゃありませんか」
ブライトン子爵、エドワードは、宮廷スズメたちの噂話を背にしながら、大広間を退出した。
ウエーブのかかった明るい金髪、晴れた空の色の瞳、均整の取れた長身の持ち主。
太陽神が現代に現れた、と言われる程の美貌の持ち主である。
すれ違う女性達が、彼の姿を見て思わず顔を赤らめる。
そんな反応に慣れ切っていた彼は、そのまま城の出口へと歩いて行く。
従妹のエリザベスが、理不尽に傷つけられるのを見て、胸が痛んた。
「タウンゼントの奴、ひどい事をするな」
そして、久しぶりに会った彼女が、あまりに憔悴しきった様子だったのも気になった。
「以前会った時よりも、痩せたし、顔色も悪かったな…まさか…何かの病気?」
気になったエドワードは、近くに控えていた側近に尋ねた。
「シェルバーン伯爵家の長女が、何か病に罹っている、という話は聞いた事があるか?」
「…いえ、特には」
独身のご令嬢が病気になれば、その情報はすぐに貴族社会に知れ渡る。
「…そうか」
エドワードは、少し考えこんだ。
その後、何か思いついたように、ポン、と手を打った。
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