暴君をうっかり誘惑してしまった
@Akaneaou
第1章 戦国時代への旅?
―くそっ! なんで全部俺に押し付けやがったんだよ!?
藤原 春樹は苛立ちを鼻で笑いながら、図書館の廊下を歩き回っていた。
もう三時間以上、古い日本の歴史を調べ続けている。特に戦乱の時代・戦国時代と、史上最年少の戦国大名として恐れられた影山 龍についてだ。
歴史の先生が出したグループ課題だったが、クラスメイトは全員「藤原に任せとけばいい」と決め込んでいた。「いつものことだ」と春樹はうんざりしながら思った。結局いつも一人で全部やる羽目になる。
ため息をつきながら、展示コーナーに飾られた影山 龍の絵画の複製を眺めた。影山 龍は圧倒的な存在感を放っていた。長い黒髪、琥珀のような黄金の瞳、そして魂まで凍りつきそうなほど冷たい表情。
「これが一族全員を虐殺したという悪名高き暴君か……」と独り言を呟きながら、春樹は魅了されつつも嫌悪感を覚えた。
史実はこう語る。影山 龍は側室の子で、父は下級武将だったため、生まれたときから周囲に蔑まれた。母は正妻の嫉妬により彼が幼い頃に処刑された。十五歳で家督を継ぐと、即座に直系の家族を皆殺しにし、絶対的な権力を握った。それ以降、彼の治世は恐怖と血と支配欲に彩られていた。
「絶対権力を持った狂人か」と春樹はノートに書き込みながら思った。
疲労が一気に押し寄せてきた。ここ数日、眠れたのはたった三時間ずつだ。展示のベンチに寄りかかり、ほんの少しだけ……ほんの少しだけ休もう。目を閉じて深呼吸をすると――
すべてが暗転した。
ざわめく声で意識が戻った。
頭を鈍器で殴られたような激痛が襲う。体が妙に重い……なぜか髪が頬をくすぐっている?
「お兄様! 目が覚めた!」
甘い女の子の声が耳に届いた。目を開けると、まず目に入ったのは氷のように青い瞳と、絹のような白髪を持つ美しい少女の顔だった。
「え……?」
体を起こそうとしたが、全身が痛すぎる。何かがおかしい。寝ていた布団も、部屋も、自分のものじゃない。まるで時代劇のセットだ。
「お母様! 怜が目を覚ましました!」
怜? 春樹の心臓が激しく鳴った。怜って誰だ? なぜこの子は自分をそう呼ぶ?
さらに質問する間もなく、豪華な宮廷風の着物を着た女性が慌てて部屋に駆け込んできた。表情には安堵と心配が混じっている。
「神様ありがとう……! もうダメかと思ったわ、私の大切な子……」
女性は近づいてきて、優しく春樹の頬を撫でた。少女と同じ青い瞳が涙で潤んでいる。
春樹は今にも「人違いです」と叫びそうになったが、その瞬間――
知らない記憶が脳内に雪崩れ込んできた。
別の人生、別の人間の記憶。
藤原 怜……今自分が乗っ取っているこの体の本当の名前だった。藤原家の一門で、影山大名の配下に仕える若き貴族。美貌ゆえに性格も従順で、他の貴族たちから常にいじめられていた弱い少年。
そして最悪なことに――本物の藤原 怜はもう死んでいる。
殴打され、頭を地面に叩きつけられて死にかけていた。
春樹はごくりと唾を呑んだ。これは悪夢に違いない。
でも体の痛み、「母」の手の温もり、「妹」(藤原 結衣)の心配そうな瞳……すべてがあまりにもリアルだった。
自分は藤原 怜に転生してしまった。
だが自分は怜じゃない。
弱い少年なんかじゃない。誰にも踏みにじられたりしない。春樹がはっきりわかっているのはただ一つ――この体を殺した野郎どもに復讐するということだ。
あのクソどもがまたいじめられると思ったら大間違いだ。
春樹はため息をつき、母と妹を見た。
「心配しないで……もう大丈夫だから」
結衣が強く抱きついてきて、母は安堵の涙を流した。
数日後
藤原 怜(正確には春樹)は驚くほど早く新しい生活に順応した。藤原家の広大な屋敷での動き方や、使用人との接し方も怪しまれることなくこなした。しかし、本当の怜を殺した犯人探しは一秒も怠らなかった。
ある使用人が真実を知らせてくれた。
「佐藤様のお坊ちゃまたちです……あれほどまでに殴り、死ぬ寸前まで追い詰めたんです」
春樹は冷たく笑った。
最高だ。
この世界のことはまだわからない。なぜ転生したのか、元の時代に戻れるのかもわからない。でも一つだけ確かなことがある――あの野郎どもを許さない。
以前の怜が弱くて大人しかったなら、今度は倍返しでぶちのめす。
「絶対に後悔させてやる」と暗い笑みを浮かべた。
復讐を練りながら、同時に影山 龍の調査も続けた。今この時代にいるからこそ、かつて読んだ暴君の歴史がより恐ろしく感じられた。
帝国中が彼を恐れていた。残酷で、冷酷で、決して慈悲を見せない。
だが一番気になったのは、宮廷内で囁かれている噂だった。
影山 龍が側室や愛妾を探している。
しかもただの女じゃない。王国で最も美しい女を――
怜は背筋に冷たいものが走った。
自分の妹・藤原 結衣は、貴族社会でも随一の美人と言われている。
もし大名が結衣に目を付けたら終わりだ。
新たな問題が立ちはだかった。
復讐だけでなく、妹をこの帝国を支配する怪物から守らなければならない。
もし運命が決まっていたら?
影山 龍が結衣を選んだら自分はどうする?
この時代での穏やかな生活は、もう地獄に変わろうとしている予感がした。
そしてその予感は外れていなかった。
朝の冷たい風が肌を撫でる中、訓練用の庭を見下ろしていた。かつての澄んだ青だった瞳は今、鋭く暗く研ぎ澄まされている。視線は笑いながら談笑する若者たちのグループに釘付けだった。
佐藤家の息子たち。
藤原 怜を殺した同じ野郎どもだ。
胸の奥が熱く燃えた。あの日の本物の怜に浴びせられた一つ一つの殴打、罵倒、蹴りを思い出す。
いや、春樹は思い出しているのではない。
感じている。
体がまだあの日の痛みを覚えているかのように。血が屈辱で汚されたままのように。
だが今日の自分はもう昔の弱い少年じゃない。
今日の自分は――春樹だ。
「一発一発、全部返してやる」
深呼吸して、表情を穏やかに保つ。理由もなく殴りかかるわけにはいかない。まずは相手を挑発する必要がある。
だから待った。
待っていると、案の定、佐藤 健司――一番年上で一番傲慢な奴――が嘲るような笑みを浮かべて近づいてきた。
「おやおや、これはこれは……貴族一の美人、藤原 怜様じゃないか」皮肉たっぷりに言って、周りの連中が笑う。
怜は冷たく笑みを返した。
「完璧。罠にかかった」
「美人? ってことはずっと俺のこと見てたんだな、健司。もしかして俺のこと好きなのか?」
笑いがぴたりと止まった。
佐藤 健司の顔が怒りで歪む。
「なんだと?」
「聞こえた通りだよ。嫌いな相手をあんなに殴るなんて、相当な変態じゃないか?」
健司の顔が真っ赤になった。
「てめえ……!」
やった。
振り上げられた拳を軽くかわす。前世では喧嘩は得意じゃなかったが、護身術は習っていた。そして今、怜の体は予想以上に軽快に動く。
隙をついて、渾身のパンチを顔面に叩き込む。
鼻が砕ける気持ちのいい音が響いた。
佐藤 健司が血まみれの顔を押さえて地面に倒れる。
「くそが……!」
他の連中は呆然と立ち尽くす。藤原 怜が戦う姿など見たことがなかった。
だが怜は待ってやらない。
健司に馬乗りになり、顔面を何度も殴りつける。
「これはお前がこの体に浴びせた一発一発だ……」
また一発。
「これは罵倒の一つ一つだ……」
また一発。
「そしてこれは……ただお前が気持ち悪いからだ」
地面から引きずり上げ、石の噴水に叩きつける。
ようやく他の貴族たちが我に返り、止めに入ろうとする。くそっ。怜は後退りしながら血が騒ぐのを感じた。
「この野郎! 覚えてろよ!」
健司の友達の一人が隠し持っていた短刀を抜いた。
マジで武器持ってんのかよ。
刃をかわすが、腕をかすめられる。痛いが止まらない。
素早く相手の手首を掴み、捻り上げる。骨が砕ける音がして、貴族が悲鳴を上げて膝をついた。
「やめてくれ……もうやめてくれ……!」
みっともない。
都合が悪くなるとすぐこれだ。
残りの二人はその様子を見て逃げ出した。
怜は嘲笑う。
「逃げろよ、臆病者ども。でも覚えておけ。もう一度俺や俺の家族に手を出したら、生きて後悔することもないぞ」
倒れている佐藤 健司を見下ろす。
「まだ終わってないからな」
だが今日はこれで十分な注目を集めた。
満足感を胸に burning させながらその場を去った。
その夜、藤原邸では母と妹が心配そうにしていた。
「お兄様……今日一体何をしたの? 佐藤様の子息たちと喧嘩したって噂が……」結衣が震える声で言った。
怜はため息をついた。
「ただ自分を守っただけだよ」
「でもお兄様はそんな人じゃない! いつも争いを避けてたのに!」
母も心配そうな目で怜を見つめる。
「怜……あなた、どこか変わったわね……目を覚ましてからずっと」
そりゃ変わるさ。
本物の藤原 怜はもう死んでいる。
でもそれは二人に言えない。
「変わらないよ、母さん。ただ、守れなきゃ食われるって学んだだけだ」
母はため息をつき、優しく頬を撫でてくれた。
「ただ……気をつけてね」
怜は頷き、胸の奥に不思議な温かいものを感じた。こんな愛情を受けるのは慣れていない。
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