第28話 登録者777人と強制終了
よし、リンゴをもぎたいと思います!
結構ずっしりしてるなー。
わ、虫にやられてるのもある。
こういうのは、ああ、駄目なんですね。
小ぶりでも綺麗な方がいい。
ああ、酒に漬けるんならそうですかね。
品種によって違いがあるみたい。
おお、青リンゴもある! なんだろう、これ、ちょっと食べてみてもいいですかね。
あ、美味い!
しゃくしゃくする!
マスター、これでアップルパイとかジャム作ったらどうッスかね?
「名案ですね」
そーいや、りんごを使ったカクテルってあるんですか?
「ありますよ」
へえー。どんなのです?
「ホット・アップル・トディという、あたたかいカクテルがあります」
あったかいんだ!
「カルヴァドスにりんごジュース、シナモンスティック、クローブ、はちみつを混ぜて、あたためたカクテルです。甘酸っぱくてほっとする味わいですね。風邪予防にもいいですよ」
へぇー、美味そう! 俺も、酒が飲めたら飲んでみたいなあ。
あー、体質なんですよ。アルコールだめで。はい。酒場でバイトしてるんですけどね。
「カルヴァドスなしでも作ってあげますよ」
マジッスか! わーい!
あっ、配信忘れてた、あはははは。
すみませーん。
ん? ……っわ!
え、今、何が起こった……?
なんか、後ろから木が倒れてきたけど。
うわああっ! なに、熊!?
なんでこんなとこに……!
「秋ですからね。今年はドングリが少なかったんでしょう」
えっ!? 熊ってドングリ食べるんスか!?
じゃ、なくて!
ヤバいって!
「これはポイズンベアですねぇ」
ポイズンベア!?
ぽ、ポイズンベア……!?
ヤバいっすよ、マスター。
逃げないと……。
でも、どうやって……。
「リンゴ、食べてくれませんかねえ。おや、ベアの狙いははリンゴではなく、ルーカスくんでしょうか」
……もう、これしかないか。
俺が剣で斬りかかります。
マスター、そのすきに逃げてください。
走って、なるべく遠くへ!
「ルーカスくん」
視聴者のみんな、ごめんな。
ってわけだから。
俺のレベルじゃ、ポイズンベアは無理だと思う。
でも、お前たちにグロいとこ見せるわけにいかないから、切るな。
ありがと。
――― 配信を終了しました ――――
*
ルーカスは、ぼうぼうと伸びた草原にスマホを放った。
赤や青に染まったリンゴをパンパンに詰めた茶色いズタ袋に当たって、コロコロといくつかリンゴが地面にこぼれ落ちる。
グゥアアァァァァァァ!
威嚇するような鳴き声が、辺り一帯に響き渡った。
ポイズンベアは巨大な頭をした熊の魔物だ。
上級者向けのダンジョンや魔境に出現するらしい。
図鑑で見た知識しかなかったけれど、相対すればすぐに理解できた。
理性など無い目と荒い息。ナイフの何倍もありそうな爪。
どす黒い紫色をした牙。よだれがぽたぽた垂れる、分厚い舌。
これは、並みの人間では――勝てない。
今日来たのは、フクオカからほど近いサガという田園地帯だ。
それも、それなりにギルドによって整備がされている道である。
周りに宿屋や小さな店もあり、全くダンジョンめいてはいない。
それなのに、どうして?
マスターは状況を理解しているのかいないのか、まだその場に立ちすくんでいる。
正直、早く逃げて欲しい。
ルーカスのレベルは、8だ。
最高値が100だとして、未だ8ということはどういうことか。
いわば、冒険者としては8歳程度のレベルということだ。
ポイズンスネークにも負けた。
ポイズンベアに勝つなど、夢のまた夢なのだ。
人間にたとえれば、この個体は最低でもレベル50はなければ厳しいだろう。
マスターはギルドの人間なのだ。
魔導石でもなければ、この状況は打破できない。
無理だ。
世話になった恩人を、こんなところで失うわけにはいかない。
ルーカスは自分の腕を見た。
筋肉だけはついている。
いくら筋トレをしても、素振りをしても、無駄だった。
本物の戦闘は美しくない。
結局は、勝ったものが勝ちなのだ。
剣道の試合のようにルールがあるわけではない。
命を奪うと思うと、一瞬ひるんでしまう。
だけど、もうそんなことは言っていられない。
ルーカスは念のために持ってきた護身用のサバイバルナイフを懐から出した。
キラッと陽光を反射した刃物に、ポイズンベアがよだれをまき散らしながら、吠えかかる。
「マスター! 逃げて!」
ルーカスは走り出した。
ポイズンベアが吠えかかり、鋭い爪を振りかざした。
涙が出る暇もない。
たとえ負けても、二人で死ぬよりましだ。
マスターが逃げられるなら――。
「葬送不一(そうそうふいつ)」
聞き慣れた穏やかな声音が、何かを唱えるのがはっきりと聞こえた。
「え」
ボシュゥゥゥゥゥッ……ドゥルンッ!
熊が飲み込まれていく。
黒い粘液のようなものが熊の体に取りついたかと思うと、膨れ上がった。
まるで漆黒のシャボン玉に包まれてしまったかのようなポイズンベアは、なにが起こったか分からない様子で、黒さを増す闇にかき消されていく。
シャボン玉はどんどん小さくなり、地に落ちたごま粒のようになって、最後には見えなくなってしまった。
「少し傷ついてしまいましたね」
と、マスターが言った。
反射的にルーカスは顔を上げて叫んだ。
「どこケガしました!?」
ポイズンスネークでさえ、ルーカスは三日三晩苦しんだ。
ポイズンベアともなれば、どうなるだろう。
ルーカスは血相を変えて、マスターに近寄って腕を掴んだ。
噛まれたところは本当は口をつけてはいけない。
二次感染のおそれがあるからだ。
だけど、そうも言っていられない。
毒を吸い出さなければ。
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