木枯らし

冬部 圭

木枯らし

「かぜがつめたいね」

 日曜日、散歩の途中に立ち寄った公園で息子がそんなことを言った。

「木枯らしだね」

 本当のところは知らないけれど時期的にはそう言うような気がしたので適当なことを言う。

「こがらし?」

 かわいい声で質問が返ってくる。しまった、うまく説明できないと思ったけれど、口にしてしまったものは仕方がない。

「今の時期の木の葉っぱを落としてしまうような冷たい風のことだよ。ほら、歌にもあるでしょ」

 たきびの二番だか三番を歌ってみる。

「かしがちがうよ」

 僕が素で間違えたのか、一番しか知らないのか分からないけれどそんな風に指摘される。どっちが誤りなのか、後で祥子に訊いてみようと思う。

「寒いからもう帰ろうか」

 もう少し暖かい上着を着てくれば良かったなんて後悔しながらそう提案する。

「かぜひいちゃうもんね」

 息子も寒いと思っているみたいで素直に同意してくれる。お許しが出たので帰ろうとすると、

「どんぐりだ」

 と足元に落ちていた団栗を見て大喜びしている。木枯らしは知らないけれど、団栗は分かるのか。保育園で団栗を見るようなことでもあるのだろうか。

「どんぐりひろっていい?」

 これは終わりが見えなくなる奴だ。気を付けて答えを返さないと。そこそこ満足してさっと終わる様な方向に誘導したい。

「いいけど沢山だと置き場所に困るから、みっつだけにしよう」

 祥子に叱られない、息子が満足する。ふたつの条件を満たすのはこのあたりが落としどころだと思う提案をする。

「わかった。みっつだね」

 物わかりのいいことを言ったと思ったのも束の間、息子は団栗を拾っては置いてを繰り返している。厳選するつもりか。

 団栗に夢中になって寒さは気にならないのだろうか。寒さを感じていると思うのだけど、真剣なまなざしで団栗を見つめている。前言を翻してたくさん持って帰ることにしようかという考えも頭をよぎったけれど、みっつにするならみっつにする楽しさを感じているようなので様子を見ている。

「きめた」

 まるで宝物のようにそっと掌に乗せた団栗を見せてくれる。長いの、丸いの、帽子付き。みっつともそれぞれに特徴がある。多分違う木の団栗だと思うのだけど、公園では色々な木を植えているのだろうか。

「そうか。じゃあ、後でお家で良く見せてくれる?」

 団栗をポケットに仕舞わせながらそんな風に声を掛ける。

「おかあさんにもみてもらうんだ」

 新しい宝物を見て祥子はなんて答えるかなと考えながら息子の手に付いた土を払ってあげる。指先がだいぶ冷えている。風邪をひかないうちに帰った方が良さそうだ。

「寒いから帰ろう」

 さっきも同じことを言ったなと思うけれど、息子はそのことに気付いているだろうか。

「おとうさんはさむさによわいもんね」

 先日、炬燵を出すときに祥子は同じことを言った気がする。

「そう、木枯らしが吹くからね」

 本当に木枯らしなのかは分からないけれどあまり細かいことは気にしないことにする。

「こがらしってさむいんだね」

 凄いことが分かったみたいな口調にこちらの口元が綻ぶ。

「そうだね」

 冷えた手を繋いで家に帰る。


「お帰りなさい。寒かったでしょう」

 家に入ると祥子がそう言って迎えてくれる。息子とふたりで手を洗ってうがいをして。息子は外から戻った時の約束をしっかり守ってくれる。

「こがらしだからさむいんだよ」

 息子が覚えたばかりの知識を祥子に披露する。祥子は小さく笑って、

「木枯らしなんてよく知っているね」

 と応じてくれる。

「たきびの歌にあるよね」

 さっき不安になったことを祥子に聞いてみる。

「あるね。三番かな」

 そう言って祥子はその部分を口ずさんでくれる。よかった。記憶違いじゃなかった。

「かしがちがうよ」

 もう一回息子は同じ指摘をする。

「そうだね。良く知ってるのとは歌詞が違うね。でもね、後の方にこういう歌詞の部分があるんだ」

 祥子はそんな風に言って息子を納得させる。

「そうなの?」

 息子は小首をかしげて祥子に聞く。僕の時とだいぶ態度が違うので苦笑いする。

「そうだよ」

 そういって祥子はもう一度たきびの歌の木枯らしの部分を歌う。

「こがらしのおうたがあるんだね」

 同じ歌の同じ部分を歌ったはずなのに片や信じてもらえず。祥子のほうが信用があるのか、僕が自信なさげにしていたのが良くなかったのか。少し拗ねたい気持ちになる。

 木枯らしの話がひと段落したところで団栗のことを思い出す。

「お土産があるんだよね」

 このままだと洗濯機から団栗が出現しかねないので、息子に話を振ってみる。息子は、はっとした顔をした後ポケットから団栗をみっつ取り出す。

「みて。どんぐり」

 息子が誇らしげにしながら祥子の目の前に団栗を差し出した後、

「どんぐり、かっこいいね」

 なんて言葉を続ける。その感性は僕には理解できないけれど、嬉しそうだから良しとする。祥子も「かっこいい」にはさすがに共感できないだろう。

「そうか。団栗、かっこいいんだね」

 なるほど、祥子のこういう時のあしらい方は参考になる。

「色々な種類の団栗がいっぱい落ちていたよ。面白いね」

 どういう風にかっこいいのかの話が始まりそうだったので先に僕の話をさせてもらう。

「こがらしでおちちゃったんだね」

 結局息子に話の主導権を奪われる。新しく知った言葉を使いたいのだろうけれど、違和感のある言い回しになっている。

 素直に風が強いから落ちたことを言いたいのだろうなと考えていたら、

「冷たい風だから、団栗さん、寒い、寒いって震えてたら落ちちゃったってことかな」

 変な言い回しの言葉を祥子がかみ砕いて聞き直してくれる。息子に聞きながら、僕に説明するなんていう高等技術を駆使している。そんなに難しいことを考えているのかなと疑う気持ちが湧いたけれど、

「ぶるぶるでころん」

 と楽しそうに答えたところを見ると祥子の見立ては正解のようだ。やはり祥子のほうがこの子の考えることを理解しているってことか。張り合っても勝ち目がなさそうなので、震えて落ちた説に乗ることにする。

「そうか。寒かったからね」

 そう語りかけながら、僕が木枯らしは強い風と説明せずに冷たい風と教えたから、「寒くてぶるぶる」に行きついたことに思い当たる。彼なりに僕を立ててくれたということか。

 外は木枯らしかもしれない風が吹いて寒いけれど、家の中は大丈夫。一緒にたきびの歌の木枯らしの部分を歌いながら、冷たい手を温めるべく親子二人で炬燵に入った。

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木枯らし 冬部 圭 @kay_fuyube

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