ゲーセンで出会った”不思議な子の話”
吹石
ゲーセンで出会った”不思議な子の話”
俺がその子と出会ったのはいつものように立ち寄ったゲーセン。
その日隣に座った女性はキャスケット帽を深く被り淡々とゲームをしていた。負けると
「今のはダメかー」
と呟く。
格ゲーの腕前は見事で常連の強豪と互角に渡り合っていた。だが敗れた瞬間、悔しさに涙をこぼしそのまま外へ走り去った。
気づけば俺は彼女を追っていた。コンビニで再開した彼女は涙を拭きながらイートインスペースでコーヒーを飲んで落ち着いたような表情で笑った。
その不思議な姿に何故か心を奪われた。
その後ゲーセンで何度か顔を合わせるうちに仲良くなりやがて彼女は名を明かした
「
彼女の携帯に保存されたイラストにはアーケードゲームのキャラクター達が生き生きと描かれていた。素直にすごいと褒めると彼女は寂しげに笑った。
「でももう描かないって決めたの」
笑顔の裏に隠していたのは深い影だった。
彼女には兄がいた。絵が大好きでアーケードゲームを作りたかったが親に夢を折られ東大に進むも司法試験に敗れ続けるうちに心を病んで入院している、という。
そして吹石自身も中学時代に体が弱くいじめで不登校になった。救いは兄と通ったゲーセンだけ。
「だから私ゲームを作りたかったんだ。でもダメだったよ……」
「就活はこれからだしまだチャンスはあるじゃん」
そういった俺に彼女はただ笑うだけだった。その横顔に何故か強く惹かれていく、影を隠しながら強がる姿をもっと知りたいと願った。
だがその笑みの裏にある本当の意味をあの時の俺は知る由もなかった。
その後届いた一通のメールがすべての答えを突きつけてきた。
『今入院しています。
病室で再開した吹石は痩せて帽子を被りそれでも無理に笑っていた。
「本当はねえ、手術終わるまでは一人で頑張って黙ってようって思ってたんだ。 でもやっぱり直前になって怖くなっちゃった。怖いんだよ……手術……絵を描けなくなるのも……ゲーセンにいけなくなるのも……全部怖いんだよ……」
涙をこらえて大丈夫と繰り返すしかなかった
それから俺は大学をサボってでも病院に通った。そこで彼女の母から告げられた。
「手術をしても余命は一年」
世界の音が全て消えた。残された時間は思っていたよりもずっとずっと短かったのだ。
その後手術は無事に終わり一時退院を許された。彼女の要望で俺達はつかの間のデートに出かけることに。ゲーセンを巡りアーケードで笑い合い、ハンバーガー屋でポテトを分け合った。
そんな何気ない時間がどんな宝物よりも尊く思えた。
その日の終わり彼女は泣きながら抱きついてきた。
「ありがとう……これからも……これからもずっとずっと一緒にいてくれますか?」
その言葉が脳内に深く響き渡った。
「ずっと一緒にいるよ」
そう答えながら強く抱きしめ返した。肩越しに伝わる震えと温もりが永遠に消えないようにと強く祈った。
しばらくして泣き止んだ彼女は夢を語りだした。
「ゲーセン減らないでほしいなあ、私色んな人が楽しめるアーケードゲームを作るのが夢だったの」
そう語る彼女の姿は眩しくボロボロ涙を溢してしまった。
「絶対叶えよう。その夢」
翌朝病院に戻った彼女に好きだというトルコキキョウの花を手渡した。
それからの日々は穏やかに過ぎたが季節の移ろいと共に残された時間が迫っているのを痛いほど感じた。
そして彼女の誕生日が訪れた。俺は手作りのウェディングドレスを差し出した。
「着てみる?」
「うん! 着る!」
カーテンの向こうから現れたのは純白に輝くドレスに身を包んだはにかむ彼女。
「似合ってるでしょ〜?」
ただただ美しかった。この日見たこの光景を一生忘れることはない。
「一生そばにいるね」
「私もだよ」
小さなキスを交わした。それが彼女との最初で……最後のキスだった。
程なくして彼女の容態は急速に悪化し声を出すのもつらそうになった。
「いるの?」
「いるよ。ずっとここにいるよ」
「いつも一緒にいてくれてありがとう……わたしがいなくなってもきっと幸せになってね……楽しかったよ……」
二日後。彼女は家族と俺に見守られ静かに息を引き取った。享年二十四。最後は眠るように安らかだった。
しばらくして気づいた。俺も彼女も最初から最後まで好きという言葉を互いに口にすることがなかった。だが言葉などいらなかった。
共に過ごした時間そのものが何より
彼女はもういない。だけどこれからもずっと想い続けるだろう。
そして今日もゲーセンに足を運ぶ。
またいつかこの場所で逢えたらいいな
ゲーセンで出会った”不思議な子の話” 吹石 @kuraunsan
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