幸せのハンムラビ法典

@umim1

第1話 降参

「そこまでだ。観念しろ。」


私は“わるもの”だ。いままでに、たくさんの人を傷つけた。色々なものを壊した。いつも自分を大切にできなかった。


喉仏の2cm先には綺麗に磨かれた勇者の剣。反射する自分の顔。泣いているのか、怒っているのか、或いはその両方だろうか。


全てを諦めて勇者の方に顔を向ける。そう。私は全てを投げ出したのだ。生きること、普通にすること、向き合うこと、幸せになること。その全てから逃げ出して、たった1人でも、たった一か所でも、自分を受け入れてくれる場所を見つけたかった。


勇者が何やら説教を垂れている。今更何を言われたって理解できるはずがない。確実に彼の紡ぐ言葉の雨は聞こえてくるのに、右から入った言葉はそのまま左に抜けていくのだった。


勇者の渾身の右ストレート。なかなか効くなあ。左フックで追撃がくると知っていても、もう避ける気力すらなかった。


愚かだった。哀れだった。無様だった。されるがままに痛ぶられて、もうこのまま死んでしまうんだと過去に思いを馳せても、思い浮かぶのはいまこの瞬間とさほど変わらない情景ばかり。


ある意味断ち切る未練もなくてこれはこれで良かったのかな。


さようなら世界。さようならみんな。好いてくれた人も嫌ってくれた人もありがとう…。


「あのさー!これじゃあどっちが“わるもの”か分かんないんですけど!!」


?!


自分に向けられた手足がぴたんと止まる。


「このダンジョン入る前からこれで“わるもの”捕まえられるぞ!!って馬鹿騒ぎしてたけどさあ、大阪の警察だってこんな野蛮な真似しないよ??まずは場所を移して事情聴取じゃないの??」


随分呑気な女の子だなあ。いくらぼろぼろとはいっても、その気になればパーティーの1人や2人なんて消し飛ばせるっていうのに。


「あんたはいつもそう!自分の正義が絶対だって信じて疑わなくて、相手の考えや行動に至るまでのプロセスを全く考慮しない!ほんとの“わるもの”はどっちよ!なんとか言ったらどうなのエレン?!」


なんでこの子は“わるもの”の自分なんかのためにこんなに必死になってくれるんだろう??勇者はエレンって言うのか。名前までかっこいいなんて反則だ。


「だけどよにゃる!、いまのこの状況を見て俺たちの方が“わるもの”だって言うやつがいると思うか?!こいつはたくさんの人を傷つけた!色々なものを壊した!これを“わるもの”と言わずして何がJitだ!何が”わるもの“狩りだ!」


「相手のことが分からないからこそ話を聞く必要があるんじゃないの??彼がどうしてたくさんの人を傷つけたのか、色々なものを壊したのか??罪が引き起こした結果と同じくらい、罪に至るまでの過程も大事だと思う。私にはなんでかこの人が“わるもの”には見えなくて。エレンだって分かってくれるでしょ??」


随分優しい子がいたものだ。にゃるの目に私はどう映っているのだろうか。泣いているのか、怒っているのか、或いはその両方だろうか。


「あなたのお話も聞かせて??あなたはどうしてこんなことをしたの??何か理由があるんじゃないのかな??」


人は勝手に期待したり信じたりするから、相手が思い通りに動いてくれなかった時に、裏切られたと感じてしまう。だから最初から人に期待するだけ無駄だと思っていた。


でも何故だかいまはにゃるのことを信じてみたかった。


ぽつりぽつりと零れ落ちる言葉。耳を傾ける一向。奇妙な関係がスタートした瞬間である。

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