第2話 訪問

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ザック、ザク…ザクザク……


少年が鋤を手に持ち土を耕している。


ザク、ザク


「はっ、ふッッ…!」


あれから…宮廷魔術師への道を諦めた。

戦士への道を。アッディーンの剣としての道を、断ったのである。


そして逃げ出してしまった。責任から、重圧から。

今はマラレルの端っこに位置する小さな村に住んでいる。名をキルルワと言うらしいが、覚える気も無いのだろう、未だに間違える。


もう、しばらくマトモに鍛錬すらしていない。気ままな時間に起きて、好きな時に寝る。近所の老人に畑仕事を教わって、魔術師志望の少年少女達の教師役をする。

戦士とは、程遠い生活であった。


だが、本当にのびのびと自分が生きているのが実感できて、ホスロは心から安堵していた。


「先生、先生!」


「稽古つけて下さい!」


土を耕し続けていると、小さな男の子が土を巻き上げ、虫を踏みつぶしながら近づいてきた。ちょっと成長した芽も踏み倒しながら……


「バルカ、あぁ…先生は今な、ちょっと忙しいんよ」


「向こうに行っとれ」


田舎で過ごす内に元々癖のある方言(ホスロの家は生粋のマラレルの出身ではない為)が更に強化された気がする。

それも良い傾向だと、少年は感じている。


男の子は一瞬シュン…としたが、「後で相手しちゃるけん」と言うと、すぐにパァと晴れやかな顔になって。


タッタッタ…と、小走りで去ってゆく。


この村には、ホスロ程の手練の魔術師は居ない。故に移住して早々、彼は青年達の憧れの的となった。

一応、格のみは竜種討伐を依頼された、アッディーン家の嫡男であり、基本的な魔法は扱える上に、固有魔法も強い。

畏怖さえ、された。


「……やっぱ田舎暮らしが、俺にゃ向いとったんじゃろなぁ………」


ホスロは嬉しそうに青空を眺める。

空には、鳥類が翼を広げ、舞っている。


(自由なヤツだ…)


ちょっと、羨ましく思いつつ、再び作業に戻ろうと……したが、また邪魔が入ってしまう。


「魔術師殿、魔術師殿っ」


今度はさっき耕したばかりの土を掘り返しながら、武具に身を包んだ厳つい老人が、ゼェゼェ、と息を吐きながら、あぜ道を越えて走ってきた。


「何でみんな態々畑を荒らすん……?」


畑に乱入して来た、この老人は、名をカンウと言い……キルルワ村の守備隊長であり、かつ、マラレル王家直属の剣士であったが、理由あって左遷されたらしい。

全身の鎧が薄黒く光っており、所々に王家の紋章が見える。立派だ。


「魔術師殿、すまんが、直ちに儂に着いてきてくれ」


「いや…今、俺畑を……てかアンタそこ俺が種を撒いた場所__」


「まぁまぁ取り敢えず行くぞ」


老人は近くに留めてあった馬に、魔法を使って、ホスロを半強制的に乗せると、パカラッパカラッっと駆けてゆく。


「いや話聞けやッ」


老人とホスロを乗せた馬は一直線にあぜ道を走る、走る。疾風の様に駆け、鼓膜は張ったように…会話音が小さく聞こえる。


どうやら村への入口へと、向かっている様だ。


「カンウさん、村の外に出るん?」


「まぁ、会えば分かる……かも知れん」


「…?」


そうして馬上で、揺られながら…暫く道を走っていると、境界線の大門が見えてきた。

ボロボロで、修理する金もないのだろう、今にも崩れ落ちそうである。

そんな、門の側に…誰か…女性だろうか、佇んでいるのが見える。


「魔術師殿、あの方じゃよ、あの方がアンタに会いたいんだと」


「では、仕事が未だ残っておるのでな、儂はここで失礼する」と行って老人、カンウは去ってゆく。


(忙しい爺だな)


そう、ホスロは苦笑いしつつ見送りもせずに、門の側の人物に近づいて行く。


誰だ、誰なのだろうか。


(アッディーンの関係者か…竜種の調査もせずに、寝て暮らしてんのがバレれば、面倒じゃなぁ…)


だが、関係者ならば、どうせ自分に甘いだろう。

そう高を括り、最初はコツコツ、コツコツと小気味よく早いペースで歩いていたのだが、その歩みは途中で止まってしまった。


その人は、いつもの東洋風の武道服に長い黒髪を垂らしていた。

ビキリ…と、嫌な思い出がフラッシュバックし、目を見開き、思わず、不愉快そうに顔を歪めてしまう。


「四ヶ月ぶり……あ、久しぶりですね、ホスロ」


「ネロ……」


その姿を、黒髪を…見た瞬間、ホスロは全身の毛が逆立つ気がした。


(この女…)


「何しに来たん…?」


「あなたを連れ戻しに」


「帰れ、俺はもうここに住む…それに、竜伐庁からの依頼がまだ達成出来とらん」


ネロの言葉を遮り、即答する。が、ソレを聞くと少女は、一瞬で悲しそうな顔になって。


「そんなのは…貴方では……ホスロでは無い」


急に、低い声で、変な事を呟き始めた。


「誰よりも努力家で、プライドが高くて、真面目で、強くて、傍若無人で、格好良くて、可哀想で、可愛らしいのがホスロなのに………」


「…何て?」


「今の貴方は自由ではありません……」


どこか目に光が宿っていない。

それに、泣きそうな顔でネロは喋り続ける。


「とにかく…帰りましょう、王都に戻らねば、ホスロ、いや……最悪無理矢理にも」


段々ホスロは背中に嫌な汗を掻いてゆく。

平穏な生活が壊される様な、そんな予感を…感じ取ってしまった。


(なんだ、父上に頼まれたのか?)


様々な理由を考えるものの、見当がつかない…事はないが、まずい、不味いと。逃げるべきであると。そう、直感した。

そして、少年は、即座に決断すると『操槍』で作り出した大槍に、自らが乗って空に浮かんだ。


「……ネロ、もう帰れ………とにかく何があっても俺は戻らん」


するとネロは、何故か…スッと諦めたのか、小さく会釈をしてニコッと笑う。


ひらひら、と、手を降っている。

まるで深い策でもあるかの様な悠長さである。

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