第2話 訪問
__________
____
ザック、ザク…ザクザク……
少年が鋤を手に持ち土を耕している。
ザク、ザク
「はっ、ふッッ…!」
あれから…宮廷魔術師への道を諦めた。
戦士への道を。アッディーンの剣としての道を、断ったのである。
そして逃げ出してしまった。責任から、重圧から。
今はマラレルの端っこに位置する小さな村に住んでいる。名をキルルワと言うらしいが、覚える気も無いのだろう、未だに間違える。
もう、しばらくマトモに鍛錬すらしていない。気ままな時間に起きて、好きな時に寝る。近所の老人に畑仕事を教わって、魔術師志望の少年少女達の教師役をする。
戦士とは、程遠い生活であった。
だが、本当にのびのびと自分が生きているのが実感できて、ホスロは心から安堵していた。
「先生、先生!」
「稽古つけて下さい!」
土を耕し続けていると、小さな男の子が土を巻き上げ、虫を踏みつぶしながら近づいてきた。ちょっと成長した芽も踏み倒しながら……
「バルカ、あぁ…先生は今な、ちょっと忙しいんよ」
「向こうに行っとれ」
田舎で過ごす内に元々癖のある方言(ホスロの家は生粋のマラレルの出身ではない為)が更に強化された気がする。
それも良い傾向だと、少年は感じている。
男の子は一瞬シュン…としたが、「後で相手しちゃるけん」と言うと、すぐにパァと晴れやかな顔になって。
タッタッタ…と、小走りで去ってゆく。
この村には、ホスロ程の手練の魔術師は居ない。故に移住して早々、彼は青年達の憧れの的となった。
一応、格のみは竜種討伐を依頼された、アッディーン家の嫡男であり、基本的な魔法は扱える上に、固有魔法も強い。
畏怖さえ、された。
「……やっぱ田舎暮らしが、俺にゃ向いとったんじゃろなぁ………」
ホスロは嬉しそうに青空を眺める。
空には、鳥類が翼を広げ、舞っている。
(自由なヤツだ…)
ちょっと、羨ましく思いつつ、再び作業に戻ろうと……したが、また邪魔が入ってしまう。
「魔術師殿、魔術師殿っ」
今度はさっき耕したばかりの土を掘り返しながら、武具に身を包んだ厳つい老人が、ゼェゼェ、と息を吐きながら、あぜ道を越えて走ってきた。
「何でみんな態々畑を荒らすん……?」
畑に乱入して来た、この老人は、名をカンウと言い……キルルワ村の守備隊長であり、かつ、マラレル王家直属の剣士であったが、理由あって左遷されたらしい。
全身の鎧が薄黒く光っており、所々に王家の紋章が見える。立派だ。
「魔術師殿、すまんが、直ちに儂に着いてきてくれ」
「いや…今、俺畑を……てかアンタそこ俺が種を撒いた場所__」
「まぁまぁ取り敢えず行くぞ」
老人は近くに留めてあった馬に、魔法を使って、ホスロを半強制的に乗せると、パカラッパカラッっと駆けてゆく。
「いや話聞けやッ」
老人とホスロを乗せた馬は一直線にあぜ道を走る、走る。疾風の様に駆け、鼓膜は張ったように…会話音が小さく聞こえる。
どうやら村への入口へと、向かっている様だ。
「カンウさん、村の外に出るん?」
「まぁ、会えば分かる……かも知れん」
「…?」
そうして馬上で、揺られながら…暫く道を走っていると、境界線の大門が見えてきた。
ボロボロで、修理する金もないのだろう、今にも崩れ落ちそうである。
そんな、門の側に…誰か…女性だろうか、佇んでいるのが見える。
「魔術師殿、あの方じゃよ、あの方がアンタに会いたいんだと」
「では、仕事が未だ残っておるのでな、儂はここで失礼する」と行って老人、カンウは去ってゆく。
(忙しい爺だな)
そう、ホスロは苦笑いしつつ見送りもせずに、門の側の人物に近づいて行く。
誰だ、誰なのだろうか。
(アッディーンの関係者か…竜種の調査もせずに、寝て暮らしてんのがバレれば、面倒じゃなぁ…)
だが、関係者ならば、どうせ自分に甘いだろう。
そう高を括り、最初はコツコツ、コツコツと小気味よく早いペースで歩いていたのだが、その歩みは途中で止まってしまった。
その人は、いつもの東洋風の武道服に長い黒髪を垂らしていた。
ビキリ…と、嫌な思い出がフラッシュバックし、目を見開き、思わず、不愉快そうに顔を歪めてしまう。
「四ヶ月ぶり……あ、久しぶりですね、ホスロ」
「ネロ……」
その姿を、黒髪を…見た瞬間、ホスロは全身の毛が逆立つ気がした。
(この女…)
「何しに来たん…?」
「あなたを連れ戻しに」
「帰れ、俺はもうここに住む…それに、竜伐庁からの依頼がまだ達成出来とらん」
ネロの言葉を遮り、即答する。が、ソレを聞くと少女は、一瞬で悲しそうな顔になって。
「そんなのは…貴方では……ホスロでは無い」
急に、低い声で、変な事を呟き始めた。
「誰よりも努力家で、プライドが高くて、真面目で、強くて、傍若無人で、格好良くて、可哀想で、可愛らしいのがホスロなのに………」
「…何て?」
「今の貴方は自由ではありません……」
どこか目に光が宿っていない。
それに、泣きそうな顔でネロは喋り続ける。
「とにかく…帰りましょう、王都に戻らねば、ホスロ、いや……最悪無理矢理にも」
段々ホスロは背中に嫌な汗を掻いてゆく。
平穏な生活が壊される様な、そんな予感を…感じ取ってしまった。
(なんだ、父上に頼まれたのか?)
様々な理由を考えるものの、見当がつかない…事はないが、まずい、不味いと。逃げるべきであると。そう、直感した。
そして、少年は、即座に決断すると『操槍』で作り出した大槍に、自らが乗って空に浮かんだ。
「……ネロ、もう帰れ………とにかく何があっても俺は戻らん」
するとネロは、何故か…スッと諦めたのか、小さく会釈をしてニコッと笑う。
ひらひら、と、手を降っている。
まるで深い策でもあるかの様な悠長さである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます