田舎に引き篭もろうとしたらヤンデレに執着されました。
ミドリヤマ
第1話 拗らせコンプレックス
俺は天才だ。天賦の才を持って産まれた。
路傍の虫とは違う。
「流石は、アッディーンの嫡男よ」
「坊ちゃま、坊ちゃま、素晴らしい腕前ですなぁ…」
誰も、俺に追い付けない。誰も…誰も二個以上の固有能力を持って生まれて来ない。そう、誰も。
______
俺は大国『マラレル』の名家、アッディーン家にて産まれた。当家は代々優秀な騎士や魔術師を輩出してきた家で、他国にまで及ぶ…影響力がある。
マラレルの将たるべくして産まれ、周囲に望まれ…俺自身も、信じて疑わなかった。
「なぁ…次の宮廷魔術師、誰だと思う?」
俺は毎度の様に、家中の者に尋ねて回る。これが楽しい楽しい…日課である。
すると、みな、口を揃え、馬鹿の一つ覚えのように「ホスロ様です」、と俺の名を口にする。
吐くような鍛錬を終える度に、俺は自己満足の為だけにこうして毎度毎度、聞いていた。
…聞いていた。聞かねば、気が狂ってしまう。
___騎士にも、魔術師にも成れぬクセに、のうのうとアッディーン家の敷地を歩き回る者共が、許せない。
そうだろう。お前達のような、二十にもなって、ようやく陛下から杖を与えられる凡人とは、格が違うのだ。
龍が、化け物共が未だに跋扈するこの世の中では優秀な魔術師や剣士は重宝される。
中でも王家直属(マラレルの場合はマラレル王家直属)の騎士や魔術師は、守り神の如く崇められ、誰もが夢見る職である。
……俺は宮廷魔術師となり、みんなに崇められたかった、尊敬して欲しかった。俺の努力を、才能を広めたかった。
俺には、私には、全てがある。地位も、金も、魔法も、才能も……全てがある。
凡人とは違う。
地位だけ、格だけの他家のボンボンと一緒にするな……お前達のような、ひ弱な人間とは、生命としての器が違うのだ。
___だが…恐ろしい事である。
いつからなのだろうか、俺が本当の天才では無いと気付き始めたのは。
名家の…アッディーン家の、将来の顔としての重圧と、この半ば狂気じみたプライドのお陰で、俺は十六になるまで、死ぬような能力上げの鍛錬に耐えて来られた。
気が狂いそうだった。自分を天才だと大声で叫ばなければ、本気で頭がおかしくなりそうだった。
自他共に認める天才でなければ、それはアッディーンの嫡男では無い。
毎日毎日、剣を……足りぬ魔力を補う為に剣を振るう。一向に開花しない…眠っているハズの、己の魔術の才能と向き合う。
だが、悲しいことに。十六になった辺で、俺の能力の成長は止まり始める。
『操炎』と『操槍』……己の魔力を、炎や槍の形状に変化させ、実体化させて操る。アッディーン家で代々受け継がれてきた伝統的で、古っくさい能力。
故に、大体家中で研究し尽くされた為に、新たな能力の解釈がほぼ出来なくなってしまっていた。
そのせいだろうか、十八に至る頃には、俺は完全に出来上がってしまった。
典型的な、早熟型。
あぁ…他の名家の御曹司…ライバル達はもっともっと先に進んでいる。自身の能力の解釈を最大限に広げている。
「俺は天才だろう、あぁ、天才だ……」
努力するしか無かった。毎日手から流血する程魔力を練った。家中の者から、父や母に止められるまで剣を振るったりもした。一度、鍛錬場で泡を吹いて、目を開いたまま失神していたらしい。
体を捻りすぎ、臓器を傷つけ、血すら吐いた。
「兄上、将来私も兄上の様な人になりたいです」
「次の宮廷魔術師庁入りは……いや一等魔術師は、ホスロ様で決定ですなぁ……」
やめてくれ。俺が、悪かった。
そう叫びたい時もあった。
鍛錬に明け暮れる内に、段々友達とも疎遠になっていった。
連日の様に耳に入る、他家の跡取りの出世話。ソレを聞く度に、毛布に包まりたい思いである。
「槍炎っ」
鍛錬場で、毎日の様に繰り出される技、だが、半年間その威力は殆ど…否、全く変わらない。
「…なんと、情けないなぁ」
誰も見ていない時に、自嘲すらした。
____終わらない悪夢の様な…クソみたいな、そんなある日……友達の、いや親友とも呼べる(ホスロ視点で)一人が飛び級で騎士候補(宮廷魔術師と同格の位)になったとの報告を受けた。
父母が食事場でコソコソ話しているのを、盗み魏いたのである。
少年は、ホスロ・アッディーンは……聞いた瞬間、思わず頭に血液が逆流した。
親友は、彼女は……「あの、女はっ……」能力を一個しか持っておらず、なおかつ体術も剣術も、少年より格下のハズだった。
「ありえんじゃろっ」
家でその報告を使用人から聞いた瞬間、ホスロは目を赤くし、飛び出して彼女の家まで着いていた。
平素は貴族らしく、マラレル言葉を使っているのだが、思わず、方言が出てしまう程に、少年は取り乱したのだろう。
__彼女の名はネロ。ネロ・ラドリア。同じくマラレル屈指の名家…と言うよりも、戦士の家系の娘である。
あの時は無我夢中で駆けた、ただひたすらに。剣のみ佩びて、護衛も連れず。
ホスロは…無作法にも馬に跨ったままで、ネロ・ラドリアの屋敷に入ると、大声で「ネロ、ネロ」と叫んだ。強引に小門を蹴り飛ばし、鼻息を荒くし、立ち入る。
すると砦の様な所の窓が一つ開いて、中から、フワリ…とした、可憐気な少女が顔を覗かせる。
黒髪の、東洋の武道着に身を包んだ女である。
こちらの気など知らずに、笑顔で優しく、ヒラヒラと手を降っている。そのうち、ストン……飛び降りてきた。
その行為に驚きつつも、ホスロは、詰める様に騎士候補になったいきさつを、彼女に聞いた。
「そんな……別に大した事はありませんよ…ただ試験を受けただけですよぉ」
ホスロは、その言葉を聞いて絶句してしまった。まるで、なんとも無かったかの様に……彼女は話して居るではないか。
ちょっと前まで、圧倒的な弱者、蟻、遥かな格下のハズだったのに。
自分の中の何かが…ブチリ、と引き千切られ、ホスロは思わず言ってしまった。
「…なぁネロ……お前が本当に騎士候補に相応しいかどうか…模擬戦やろうや」
(どうしたのだ、いきなり…)とネロは一瞬頭にハテナを作ったが、多少間を置くとすぐに、ハイッと元気よく叫ぶ。
余裕ゆえか、遊びと思ったのかは、わからぬ。
その後一緒にラドリア家の敷地の一部まで移動すると、両者は軽く剣を持った。自然な動作で、どちらから「始めます」、とも言わずに、スルリ…と能力を使用した。感覚で解るのだろうか。
「操炎、纏火」
ホスロは常に、安全策を採る。
操炎で生成した炎を、ただ、体に纏う技である。
実質的な魔力による身体強化であり、特筆することもない、面白みのない初手技だろう。
少年が弱い理由の一つに違い無い。決められたパターンしか出せない。戦術など考えず、フィジカルでゴリ押す事しか、引き出しが無いのだろう。
対してネロの方は、身体強化に魔力を振らず、自身の体を中心に、円環状に、数本の巨大な矢を配置した。その全てはホスロの方を向いており、キリキリ…と音すら鳴っている。
「練矢、纏弩」
「ホスロの真似です、昔から憧れていたので」
「そりゃあ、光栄じゃなぁ……」
キリ…キリキリ……と更に矢が、空間に引っ張られ、絞られてゆく。
(…ガキの頃の、アイツの矢速は覚えとる……それに纏炎の状態ならば直撃しても大した___)
バンッ、と勢いよく全ての矢が放たれた、と思うと…一瞬でホスロの眼の前に迫ってきていた。
「は……ッ?」
砂利を、小枝を巻き上げながら迫りくる矢を、間一髪でホスロは避ける。
だが何本かは顔や体を掠めた様でツゥぅと鮮血が流れ出ていた。髪の毛の何本かが、千切れ…ハラリ…と落ちた気がする。
「ホスロ、まだ続けますか?」
(コイツ……)
「…舐めんなよ、操槍、突火槍」
自身の魔力を大きな一本の槍の形に変形させ、それに先程の纏炎をかけ合わせて威力を底上げする。
ホスロの…アッディーンの奥義。
「やはり…変わってませんね……嬉しいです」
ネロは、ふと、懐かしげな声音になる。
「練矢、神火崩燼矢(ヒノヤ)」
そして…ネロは軽く何やらブツブツと詠唱を行うと、地面の底からズズズ…と巨大な燃え盛る矢を取り出した。
「ネロ……お前……何故炎を」
「騎士候補ですから」
このくらい簡単です、とでも言いたかったのだろう。
(騎士なら、剣使って攻撃しろよ)
と、内心ホスロは叫んだが、すぐに忘れる。
目の前の技に、対処せねば。
「それに…そもそも魔力を炎に変換する事自体は容易な事です、この技はソレを応用しただけ」
ネロは淡々と語り始めた。
「先程の詠唱で炎を生み出し、加えて『練矢』の能力を強化しました」
軽そうに言っているが、その専用の能力を持たぬ者が炎や水などの物質を、ゼロから魔力で生み出すのは相当な技量と魔力量が要る。覚悟も、必要だろう。
適正が無ければ、何年も費やした意味が無くなってしまう為である。
なるほど……圧倒的な差を見せつけられて、ホスロは思わず悔しさで土を捻り踏む。
顔に、青筋を浮かべた。
「……だがお前、操炎持ちに勝てるとでも?」
「さぁ…撃ってみては、ホスロは昔から強いんですから……勝てますよ」
ネロは何だか悲しそうな顔で喋り続けている。
何かを憐れむ様な、心底失望するような眼で
「舐めとるんか…死んでも責任は取らんで」
ホスロは口角を上げてそう叫ぶと、突火槍に自身の全魔力を注ぎ込んだ。
膨大な魔力と炎に耐えきれず、何だか…ドロドロと槍の形が変形している気さえする。
だが、ネロは……ネロの方は。
ただ突っ立っているだけだった。そして、何とも暇そうであった。
_______________
「いい勝負でした、ホスロ」
「………」
勝負の結果は言うに及ばずである。
「なぁ…ネロ」
「…はい」
「今の俺を、今日の俺を見て、どう思った」
ホスロは、大の字になって地面に突っ伏しながら喋っている。名家のプライドなど遠の昔に置いて来た様に。
「…そのッ、………あ…」
「あぁ…いや、悪かった」
ネロは言葉に詰まった様で、もじもじ…と、申し訳無さそうにしている。
「クックック…昔とは立場が逆になってしもうたなぁ…」
「あの頃、俺は……俺がこの国で一番強いと意気込んどったわ……」
ネロは悲しそうな顔で聞いている。
「今、宮廷学院(騎士候補や見習いの学舎)には…お前と同格……いや、それ以上の猛者がゴロゴロおるんじゃろなぁ……」
ハハッ…と虚しくホスロは嗤うと、ヨイショ、と立ち上がって
「俺は天才じゃ、天賦の才を持って生まれて来た」
と自分に諭す様に、そう小さな声で言ってあげた。
「じゃあなネロ、俺は旅に…いや……遠くに行く」
「……と、遠く……?」
「あぁ…遠くじゃ、誰にも、誰からも追い掛けられん様な遠くに………逃げる」
もう、疲れた。
今日の一戦で何もかもが良くなってしまった。
切れたのだ、糸が。渡ってはならぬ、不断の線が。
__自分の屋敷に帰ると、洗脳された様に家中が出迎えてくれる。
「おかえりなさい」
「お帰りなさいませ」
「よくぞご無事で」
(気味が悪い……俺とお前達は……いや)
「はっはっは、一緒じゃな!」
通りすがりに、お気に入りの使用人の少女の頭を撫でつつ、叫ぶ。
「どうしたんだホスロ…気持ちワリィ」
そう、気味悪がられるも、何故かホスロは、微笑んでいる。
もう、何も聞こえんとばかりにホスロは部屋へと一直線に駆けると、徐に荷造りを始めた。
「遠くに…そうだなぁ……」
焦点の合わない目をして、乱れた髪を直さずに、黙々と荷造りをする。
髭も剃らぬ、何もする気力がない。
遠くに、とにかく、遠くに行かねば。
何だったのだろうか、俺の血を吐くような……拷問は。
何も報われなかったのだろうか、誰か答えてくれ。
嫌だ、嫌だ、誰が……二十を超えてから宮廷魔術師になどなりたいものか。下らない。心底、くだらん。
その時の家族の反応を想像するだけで吐き気がしてくる。ネロはどんな顔をするだろうか、朋友達は何と声を掛けてくるのだろうか。
ニヤけつつ、馬鹿にしてくるに違い無い。
意味が無い…神童だからこそ、俺には価値があったんだ。
もう、逃げたい。
__________________
翌日、ホスロの姿はアッディーン家には無い。
マラレルの竜伐庁(竜種の発見と討伐を行う、マラレル直下の組織)に向かい、小竜の討伐と称し、マラレルの田舎に派遣してもらうように頼んだのだ。
…彼は、彼の姿は……寂れた一本の田舎道の馬上にあった。晴れやかな顔をして、カッポカッポ、と元気よく進んでいる。
「田舎にでも…うん……気が楽じゃわ……」
とてもとても、晴れやかな顔である。
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