第2話 国家監査官エリシアの監視がキツすぎる件

 王城のロビーで、俺は呆然と立っていた。


 スライム一匹倒しただけなのに“最短記録”。

 そして今、なぜか“国家監査官の監視対象”にされた。


(……異世界って、もっと夢のある世界じゃなかったっけ?)


「あなた。立ち尽くしていないで、こちらへ」


 冷たい声が背後から降ってくる。


 振り返ると——銀髪の美女。

 国家監査官エリシアが、腕を組んで俺を睨んでいた。


「監視の初日よ。仕事の説明をするわ」


(は? 俺、働くの? いや働くのはいいけど、監査官って何?)


「ちょっといいですか、質問を——」


「だめ。私が先に話す」


(ダメなのかよ)


■ 国家監査官という職業


「まず、私は“国家監査官”。

 この国が成長しない理由を調査する役職よ」


「へえ……そんな役職あるんだ」


「ただし——成果が出たことは一度もないわ」


「え?」


「上層部が、監査結果を“前例がないから却下”するからよ」


(異世界でもそれやるのかよ!!)


 俺は思わず頭を抱えた。


「そんなわけで、私はあなたを調査することになったの。

 この国の停滞を打破する“鍵”があなたにあるかもしれないから」


「俺なんかが?」


「レベル1のスライムでレベル18になる人間が“普通”なわけないでしょ」


(まあ、確かにバグってるわ……)


 エリシアは俺のステータスカードをひょいと奪い取り、眉ひとつ動かさず読み上げる。


「……書類処理スキル成長率+30000%。

 あなた、異世界でも書類地獄に落とされる予定なのね」


「やめて。やめてくださいその未来」


■ 調査は“まず現地”から


「では、さっそく現地調査に向かうわよ」


「どこへ?」


「冒険者ギルド。あそこがこの国の“停滞の象徴”だから」


 王城を出て十分ほど歩くと、木造の立派な建物が見えてきた。

 扉の上には巨大な看板。


【冒険者ギルド:創設200年

 依頼更新率:0%】


(0%!?)


 扉を開けると、受付の女性が死んだ目でこちらを見た。


「いらっしゃいま……あ、監査官のエリシア様……」


「ええ、調査よ」


 エリシアが一歩進むと、ギルド内にいた冒険者たちがざわついた。


「あの監査官来たぞ……」

「また会議かよ……」

「どうせ前例がないって却下されるんだろ……」


 空気だけで胃が痛くなる。


「あなた、冒険者登録しなさい」


「え? 俺が?」


「国の成長には“現場の可視化”が必要なの。

 あなたのバグった成長率でデータを取るわ」


(この監査官、めちゃくちゃ理性的な顔してブラック上司の匂いがする……)


■ 冒険者登録の儀


「はい、こちらが登録カードになります」


 受付嬢から渡されたカードには、俺の名前と職業。


【今井ユウト】

【職業:成長特化】

【適性:未知】


「依頼はこの掲示板から選んでくださいね」


 目の前の掲示板には、ずらりと並ぶ依頼票。


・討伐:森のスライム(推奨レベル10)

・討伐:森のスライム(推奨レベル10)

・討伐:森のスライム(推奨レベル10)


(……スライムしかないのかよ)


「この国では、新しい依頼を出すのは“前例がない”から禁止なの」


「それもう呪いじゃん」


「ええ、呪われてるわね」


 エリシアはさらっと言う。


■ 監査官、実力を試したいらしい


「あなた、もう一度スライムを倒してみて」


「え。なんで?」


「成長率を計測するためよ。

 正しく監査するには“データ”が必要でしょ?」


(監査官ってこんな理系みたいな仕事なの?)


 仕方なく森へ戻り、スライムを探す。

 五分ほどで見つけた。


「うおりゃあぁぁ!」


 パンッ。


 スライムが霧散した。


【レベル18 → 32】

【全ステータス2倍】

【経験効率+20%】


(え。効率どんどん上がってるんだけど?)


 振り返ると、エリシアが目を見開いていた。


「……あなた、本当に異常ね」


「褒められてる?」


「褒めてないわ。

 国家レベルの“異常事態”よ」


 エリシアがカードを見つめながら、ぽつりと言う。


「……もしこの力を国が利用できたら……

 停滞は本当に終わるかもしれない……」


 一瞬だけ、エリシアの表情が柔らかくなった。


(この人も、この国の現状に疲れてるんだな……)


 


■ 次に進むフック


「いいわ。今日はここまでにしましょう」


 そう言ってエリシアは歩き出す。


「明日、あなたには“別の仕事”をしてもらうわ」


「別の?」


「魔王討伐の前に、もっと“ヤバい場所”を調査する必要があるの」


「ヤバい場所?」


 エリシアは振り返って告げた。


「——この国で一番腐敗している施設よ」


 不穏すぎる。


「そこを監査しないと、魔王討伐は絶対に成功しない。

 あなたの成長率が必要よ、ユウト」


 初めて、彼女は俺の名前を呼んだ。


(……なんか急にバディ感が出てきたな)


 だが、俺はまだ知らなかった。


その“ヤバい場所”が——

この国の闇の中心だということを。


——第2話 完

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