異世界国家の成長率が0%らしいので、俺だけ伸びることにした

山田花子

第1話 この国、終わってる(でも俺だけめっちゃ伸びる)

 ────深夜二時三十八分。

 役所の蛍光灯は、今日も死んだ魚みたいな白さで俺を照らしていた。


(また資料の差し替えかよ……昨日と数字一緒だぞ)


 提出期限“本日中”と書かれたファイルが、机の上で俺をじっと見つめている。

 この国では、今日が二十三時五十九分五十九秒まで続くらしい。


 俺、今井ユウト(28)。

 ブラック国家の下級官僚。

 毎日が終わってる。


 唯一の楽しみは、業務で使われてないExcelに勝手に「生産性改善案」をまとめることだけだ。

 もちろん提出しても“前例がないから却下”される。


(……出す前から却下って、テレパシーでも使えるのか?)


 そんなことを考えながら、重い頭を机に伏せた瞬間だった。


 視界が暗転し、次の瞬間、まぶたの裏が金色に染まった。


■ 目が覚めたら異世界でした


「——目覚めよ、勇者よ!」


 気がつくと、巨大な玉座の間。

 天井はバカみたいに高く、装飾は豪華。

 でもどこか“安っぽいテーマパーク感”が漂う。


 目の前の王様が、胸を張って俺に言った。


「貴殿を召喚したのは、この国の危機を救ってもらうためじゃ!」


(出たよ……異世界。なんで俺なんだよ)


 でも、俺は即座に気づいた。


(いや、この王様……目に光がない。どっかで見たぞこの顔)


 ——そうだ。“形だけの責任者”の顔だ。

 日本で嫌というほど見てきたやつ。


「我が国は200年にわたり成長しておらん!」

「民は不満を口にし、若者は旅立ち、技術は停滞し、会議は増え——」


(最後の絶対いらねえだろ)


「そこで勇者よ! 魔王を倒してまいれ! 期限は一ヶ月じゃ!」


(無茶言うなよ)


 俺が黙っていると、王様はさらに言い放った。


「なお、失敗した場合……責任を取って死んでもらう!」


(は????)


 異世界まで来て責任の押し付けかよ。

 これもう生まれ変わっても日本じゃねえか。


■ ステータスが狂っている


 その場で渡されたステータスカードを見て、俺は固まった。


【職業】成長特化

【特徴】あらゆるスキルの“成長率”が異常

【戦闘スキル成長率】+9999%

【交渉スキル成長率】+8000%

【生産スキル成長率】+15000%

【書類処理スキル成長率】+30000%


(書類処理だけやたら高えな。異世界でも地獄を見るのか?)


 ちなみに初期ステータスは弱すぎて泣ける。


※力:1

※体力:1

※素早さ:1


(幼稚園児のほうが強いだろこれ)


 でも説明文によると、

“成長率だけ”がチート級らしい。


(つまり……レベル1の魔物でも倒せば急成長するってことか)


■ 最初の魔物討伐で事件発生


 王城の外で、案内役の兵士に言われた。


「まずは近くの森にいるスライムを倒すのが勇者の初仕事です」


 スライム?

 こんな雑魚、異世界初心者のチュートリアルだろ。


(これなら楽勝……)


 数分後。


「ぎゃあああああああああああ!!!」


 予想外の動きに翻弄され、死にかけた。

 スライムってもっとこう……のんびりしたやつじゃなかったのか。


 だが、瀕死の末に倒した瞬間——


【レベルが1→18に上昇しました】

【全ステータスが18倍に増加しました】

【固有スキル“多段成長”が発動しました】

【経験値獲得効率が永久に+300%されます】


(たった一匹でこの伸び!?)


 試しにその辺の木に軽くパンチしてみたら——


 ドンッ!!!


 木が折れた。


(いやいやいやいや!)


■ 王城に戻ると、騒ぎになっていた


「一時間で……討伐完了……?」

「いや通常半年かかる依頼なんだが……」

「あの男……何者だ?」


 兵士たちがざわめく中、

一人の美女が、無言で俺を見つめていた。


 銀髪で、冷たい瞳。

 威圧感がすごい。


「あなた……“成長異常者(グロース・アノマリー)”ね」


(なんだそれ……褒められてんのか?)


「国家監査官エリシア。あなたを監視します。

 この国が停滞する原因を突き止めるために」


(監査官!?)


「まずあなたに質問があるわ」

「——どうして、あのスライム討伐を“最短記録”で達成できたの?」


 俺は疲れ切った顔で答えた。


「いや……成長率が、ちょっと……高すぎるだけで……」


「“高すぎる”の範囲を超えているわよ」


 エリシアが俺をまっすぐ見た。


「あなたの存在、国家にとって脅威かもしれない」

「だからしばらく、私があなたを監査するわ」


(あ〜……なんか面倒なのに巻き込まれた)


 ただ一つだけハッキリした。


この国は終わっている。

でも俺だけ、やたらと伸びる。


——第1話 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る