第49話 お届け物

「いや」


 琴の問いかけに、朝陽は肩をすくめてみせた。

 小さな笑みをたたえたが、朝陽はすぐに真剣な表情に戻る。そして、遠くをじっと見つめた。


「気分が悪い」

「え! すぐに侍医さまを……」


 これは大変だ。

 琴が従者に声をかけようとすると、「良い」と朝陽に停止させられた。帝は、扇をいじりながら小さな声で話し出す。


「具合が悪いのではない。ただ……」

「ただ?」

「何かが起こる気がするのだ」

「そんなことが分かるんですか?」

「あぁ。一応、巫女の末裔だからな」


 少しおどけながらも、朝陽の表情は硬い。

 しかし、その横顔はうっとりするほど美しい。琴は、場知らずと思いながらも、ふっと目を逸らした。

 そのとき。


「主上」


 ふいに侍従長が姿を現した。

 手には、黒くて光沢のある盆を持っている。その盆に置かれているのは、少し大きめな白い箱。侍従長は、それを手に持ったまま、帝に一礼した。


「大臣さまへ贈り物が届きました。すぐに届けるようにと贈り主からの伝言ですが、いかがされましょう」

「贈り物?」

「先ほどの文の通り、従者たちに外から入ってくる物の確認を強化させました。これはきちんと確認された物です」

「そうだな。許可する。すぐに届けよ」

「承知いたしました」


 侍従長は頭を下げると、盆に載せた箱を持っていった。

 琴の近くに座る大臣へ近づき、恭しく箱を渡す。


「大臣さま。こちら、お贈り物でございます」

「私かい」

「それは何でございますか?」


 事前に知らされていなかったのか、大臣が不思議そうに首を傾げる。その隣から、ひとりの貴人が大臣の手元を覗き込んだ。

 大臣は、箱をぱかりと開ける。


「何だろう。お、香炉か」


 箱に入っていたのは、香を焚く香炉だった。

 大臣が香炉を箱から取り出すと、その香炉に全体があらわになる。一瞥しただけでも豪華だと分かるような、派手で華やかな装飾が施されていた。

 大臣は、そんな香炉に鼻を近づけ、胸いっぱいに吸い込む。


「ふむ。良い香りだ」


 その甘い香りはあたりに広がり、風に乗ってあっという間に充満した。花のような香りに、琴は「わぁ」と驚きの声を上げる。

 そのときだ。


「嗅ぐな!」

「やめろ!」


 将大と朝陽の怒声が揃った。

 将大が大臣の方へ走り、朝陽はすっくと立ち上がる。いきなり動いた空気に、誰もがぽかんとする。その中で、二人だけが行動を起こしていた。


「え?」

「皆、嗅ぐな! 手巾で口を押さえろ!」

「何事だ」


 唖然とし、体が固まる貴族たち。

 しかし、次の瞬間。香炉を持っていた大臣が、大声を上げた。


「ぐあぁぁ!!」


 大きな苦しみの声とともに、その場にどさりと倒れ込む。もがき苦しむ様子は、まるで地上に上げられた魚のようだった。見たくないのに、その目は大臣を追ってしまう。琴は、その状況を見て冷や汗がぶわりと出るのを感じていた。

 そんな大臣の姿を見た貴人たちは、時が止まったように大臣を見つめる。しかし、途端に大きく騒ぎ始めた。


「うわっ!」

「どうしました!?」


 その場が混乱する。

 琴は、朝陽の背の後ろへ連れ込まれた。「見るな」と言うように、金茶色の袖が目の前に現れ、さっと庇われる。琴は袂から手巾を二枚取り出すと、朝陽に差し出す。「ありがとう」と受け取ってくれたのを見た後、そっと自分も口を押えた。


「まさか、朝陽さまの嫌な予感って……」

「おそらく、これだ」


 朝陽は、このような混乱に陥ることを察知していたのだろう。それが、先ほどの硬い表情の理由だったのだ。


「主上!」


 どこから現れたのか、いつの間にか織也が近くにいた。さっと駆け寄ってくると、琴を庇う朝陽を守るように、帝の前に立つ。その間も、貴人たちの騒ぎは続いていた。

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