第47話 宴の準備
慌ただしい日を迎えた。
陽が天の頂点に達したころ、侍女や従者は宮殿を走り回っている。ぱたぱたという足音が、今日の忙しさを表しているようだった。
今夜、貴族のみで行われる祝宴がある。
聖職者も正式に参加するため、誰も彼もが大忙しなのだ。
「どうだ、準備の方は」
聖真殿。帝の執務室で、朝陽は顔を上げずに問いかけた。
さらさらと白い紙に文字を書いていく。生まれ持った流麗な字が、踊るようにどんどん並んでいた。
侍従長が、手にした資料に目を落とす。
「順調のようです。宴の会場は聖貴殿となっておりますが、何かご指示はありますか」
「特にない。そうだ、これを」
朝陽は顔を上げ、書いていた文を畳んで差し出した。
侍従長は両手を伸ばし、恭しく受け取る。
「どなたさまにお渡し致しますか」
「渡すと言うより、その文に書いてあることを従者全員に伝えて欲しいのだ」
「勅命ですか。承知致しました」
かたりと筆を置くと、朝陽は頷いた侍従長を見上げた。
「そう言えば、宰相はどうした。宰相が指揮官だろう?」
「宰相殿は、彩南国との貿易に問題が発生した件を追っております。そのために、私が臨時指揮官を任されました。ここへ来たのは、陛下にその旨をお伝えに」
彩南国は、聖花国の隣に位置する国だ。
聖花国とは違った文化を持ち、資源が豊富で貿易もさかんに行われている、いわば先進国である。
隣国の皇帝はご高齢なため、朝陽と同じくらいの歳の皇太子が、国の政治をほぼ担っていると聞く。
ただそれは表上だけで、実質は皇帝よりも自由に動き回れることを利用した皇太子が政権を握っているらしい。
「なるほど。では、宰相に替わってそなたに一任する」
「ありがとうございます」
「では、よろしく頼んだ」
「御意」
侍従長は頭を下げると、静かに部屋を去った。
閉じられた襖を見る。
真っ白い襖が朝陽を見つめてくる。
「嫌な予感がする」
ぽつりとつぶやいた。
*
「うわぁ、広いですね!」
聖貴殿の広間に入った琴は、あたりをぐるりと見渡し、歓声を上げた。
きれいな絵が描かれた襖、部屋いっぱいに広がる木の香り。主に宴で使われる建物とあって、豪華な作りだ。
今宵の宴は、全ての襖と戸を開け放って行う。庭院に咲いた桜を楽しみつつの宴らしい。そんな解放感のある中、聖職者たちは貴人たちに初披露目となるのだ。
「琴さま。こちらです」
小夜に案内され、広間の隣の部屋へ行く。
部屋に入ると、たくさんの楽器が並べられていた。
そして、雅楽団の人たちが並んで座っている。
琴の姿を見ると、雅楽団は頭を下げた。
「初めまして。雅楽団の長を務めさせていただいています、一誠と申します。よろしくお願いします」
「いえいえ。そんな頭を下げられても……」
明らかに自分より歳上の男性に頭を下げられ、琴はしどろもどろする。
そんな琴の姿を見て、緊張していた団員たちの顔が徐々にほどけていく。
顔をわずかにほころばせた一誠は、琴を見た。
「聖琴師さまの筝をお聴きできると知って、団員一同楽しみにしております。もしよろしければ、琴さまを軸とした曲を披露したいのですが」
「わ、私を軸に、ですか?」
「えぇ」
一誠は、顔を綻ばせながら琴を見た。
穏やかな性格なのだろう。話し方や所作が、彼の本質を表している。
「いかがでしょうか」
「わかりました。やってみます」
「ありがとうございます!」
団員たちは、飛び上がって喜ぶ。
こうやって、同じような筝の奏者と話すことは夢だったのだ。琴は心を躍らせながら、あっという間に雅楽団の輪に溶けこんだ。
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