第42話 話し相手


 朝陽はどこか寂しそうな顔をしていた。織也以外では、あまり人と個人的な話をすることはないらしい。琴はあまりにも悲しげな朝陽の瞳を見て、思い切って問いかけてみた。


「親族の方々とかは……?」

「親族はいるが、あまり話さない。父は死んだし、母は行方知らずだ」

「すみません……」

「謝らなくて良い。お前だって家の中で何かあったのだろう?」


 ふいに朝陽は扇を開いた。力強い松が描かれた、とても高価なもののように見える。それを、ぱっと琴の前に差し出した。

 扇が開いた途端、ふわりと良い香りが鼻をくすぐった。


「これは将大が焚きしめてくれた香だ。将大の香は絶品だが」


 朝陽は感慨深げに扇を見つめる。

 凛々しい松の美しさを醸しだす檜扇も、朝陽を静かに見つめ返した。


「聖香師となる前は、これほどの香を焚くことができなかった。いや、焚けるのだが、焚こうとはしなかった」

「そんな……」

「夕海は布をすぐ裂き、涼人は薬師になる夢を捨て、凛太郎は食を拒んだ。なぜだかわかるか」


 問いかけられても、答えられなかった。

 なんとなく想像がついたが、口にするには重すぎる事実だ。軽々しく口にすることなどできない。それは、琴の口から発して良いものなのかが分からないのだから。


「皆、己を封印したのだ。異端児と言われるのを恐れて」

「……」

「世の中はおかしい。才を持つ人間は嫌われ、才を持たない人間は同情される。才を持つ人間がなぜ、そのような仕打ちを受けなければいけないのか。それを救ったのが巫女だ」

「巫女の救済……ですか?」

「誰かから聞いたか」

「将大さまから聞きました」

「そうか」


 朝陽は、何かを思い出しているかのように目を閉じた。

 静かな空気の中、庭院を駆け巡る風だけが音を響かせている。陽は雲の裏に隠れ、少しだけ薄暗くなった。


「四人が今、聖職者として日々を送れているのは、ここで俺と話をしたからだ。俺は異端児とは扱わない。国を担う者として扱うと彼らに告げたのだ。すると、四人は想像以上の才を発揮していった。それこそ真の聖職者。巫女に選ばれし国の精鋭だ」


 朝陽は、聖職者たちのことを大きく褒め称えた。自分のことのように喜び、瞳を煌めかせて彼らを語る。

 そんな帝の話に、ぐっとくるものがあった。熱い何かが、喉をぐいっと迫り上がってくる気がする。喉がツンと痛くなり、琴は歯をくいしばる。


「琴。お前はどうだ」


 涙が落ちそうになるのを堪えていると、ふと朝陽が問いかけてきた。

 優しい声が全身に染み渡っていく。ぽかぽかと、体の中心から全体へとあたたかい。このあたたかさは、名前を付けることはできなかった。

 朝陽は、そんなことの様子を見ながら言葉を続ける。


「お前の才を陰に残したくない。存分に発揮すべきものだ」


 琴の才能は、必要のないものではない。この才能を発揮しても、朝陽は喜んでくれるのだろう。そんな想いを、帝の言葉から汲み取った。

 瞬間。

 目から涙があふれてきた。

 街中で襲われたときは、泣けなかった。でも、朝陽の言葉で涙がどんどん溢れていく。あの襲われたときの分と共に流れてきた涙を受け止めるように、琴は両手で顔を覆った。

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