第15話 『初めてのゴブリン退治の注意点』
翌日から俺は配信冒険者として活動を開始する事にした。
とはいっても、面白企画なんか思いつくようなセンスは無い。
内容はどうしようかと思ったが、玲奈の助言通りに新人向けの講習動画を撮る事にした。
ゴブリンとの戦い方位なら一から台本を考える必要も無い。
それこそ、指導員だった頃のノリでいけるだろう。
「どうも、元傭兵冒険者のトウマです」
ダンジョン一階層の人が来ないであろう二階層へ続くルートから大きく外れた通路で、俺は数年前に購入し既に型落ちとなったドローンを起動する。久し振りの起動で最初はなんか変な音がしたが、撮影は開始しているらしいので続けてみる。
一人でしゃべるのは気恥ずかしさがあるが、心持ちを仕事モードに置けば自然と口が動き出す。
「えー先日、『フェアリー』さんとのご縁がありコラボさせて頂きました。ご覧になって頂けた方はありがとうございます」
短く頭を下げ、
「さて、本日の動画は新人冒険者のソロ向けになると思います。よろしければご覧ください」
タイトルは『初めてのゴブリン退治の注意点』とでもしておこう。
「まずは、ゴブリンという魔物のおさらいです。奴らは個体差がかなり強くでる種類ではありますが、その多くは緑の肌。子供の様な背丈のだらしの無い中年の様な体躯である事が多いです。性格は臆病で卑怯。無知である事がよく知られていますね」
指導員時代は、新人達にここまで言うと既にうんざりとされていたのを思い出す。
だが、今は一人なので好きに続けてしまおう。
「数ある魔物の中で最弱といわれる部類であり、冒険者としてダンジョンに挑み、初めて戦う相手であるでしょう」
しかし、と強調する様に、
「決して油断はしないで下さい。雑魚相手だと侮っているといつのまにか、殺される事になります」
一呼吸入れて。
「子供程の背丈でありますが、体内には魔力を産み出す心臓ともいえる魔石があり、『私達が行う魔力での身体強化』を常にしている状態です。成人男性でも組み付かれれば振り払うのは困難です。冒険者登録をしたばかりの十五歳ほどの女性では、素の身体能力ではまず抗う事は出来ません。なので、ダンジョンに挑むのであれば、どんな状態でも身体強化を行えるようにするか、同様の効果を得られる『ブーストポーション』の携行をお薦めします」
そこまで言って、小さな足音が耳に入る。
そちらに視線を向けると直ぐに、棍棒を持つゴブリンが一体、曲がり角から現れた。
「――丁度、ゴブリンと遭遇したので以上の事を前提として、一対一での戦い方を実演してみます」
「ゲキャキャ!」
ゴブリンは俺が一人と分かると、意気揚々と襲い掛かって来た。
「ゴブリンはこうして闇雲にツッコんでくる事があります。熟練した冒険者ならこのまま切り捨てる事も出来ますが、慣れない内は自分の間合いを保ちましょう。そのもっとも簡単な方法として――」
俺は腰の剣を抜いて、近づくまで待ってやる。
そして、俺の間合いに入る手前でスッと剣をゴブリンに突き出した。
「剣や槍を使っているなら、剣先を向けてみてください。短剣などでは弱いですが、片手剣や短槍などでは圧迫感を与えられます。ゴブリンは無知ではありますが知能はあります。流石に突き出された剣に飛び掛かるのは躊躇する個体が多いです」
「ゲキャ……!」
俺の言葉を体現してくれるかの様に、ゴブリンは急ブレーキをかけて、たじろいだ。
「そして、逃げるか、剣先と別の方向から向かってきます。向かってくる様なら――」
俺の右側に回り込もうとしたゴブリンに剣先を合わせる。
「この様に剣先で追えば、膠着状態を維持できます。一匹ならコレだけで大分、優勢に立ち回れます」
「ギャギャギャ……!」
それを何度か繰り返すと、ゴブリンは苛立った様に地団駄を踏んだ。
「しかし、いつまでもにらみ合いを続けていると堪え性の無いゴブリンは、やぶれかぶれになるので、こちらから先手を打ちます」
ゴブリンの目元を掠めるように手先だけで剣を振るう。
それにゴブリンは大きく身体を仰け反らせた。
姿勢を崩したゴブリンの胴に剣を踏み込みながら突き刺す。
「グゥ、ギャア!?」
「この様に、目を狙うと当たらなくても、反射的に庇うので、そこを突きます。攻撃はやりやすい方法で良いですが、可能なら首を裂く、頭を割る、胴を大きく抉るなど一撃で殺し切るつもりで行いましょう。仮に浅いと感じたなら間髪入れずに追撃です」
剣を引き抜き倒れて動かないゴブリンを確認して。
「注意点として、近づけたくないといって間違っても無暗に武器を振り続けるのはやめてください。確かにその間は距離を保つ事は出来ますが、その分体力を無駄に消費してしまいます。パニック状態になったらまず勝ち目はありません」
例えば、と続ける。
「動きが鈍った時、剣先が壁に当たった時――それが致命的な隙となります。また――」
言いながらゴブリンの横に立ち、逆手に剣を持ち換え、突き刺した。
断末魔を上げて、ゴブリンの身体は霧散する。
「――このように、半端に腹を刺した程度では死にません。このゴブリンは所謂『死んだふり』でやり過ごそうとしていました。中には油断した冒険者へ逆襲を狙う個体も居ますし、仮にこのまま逃がすと、ゴブリンは死線を潜り抜けた事になります。死にたくないゴブリンは同じ轍は踏まないでしょう」
剣を引き抜き、血を振るう。
「武器を手に冒険者の出方を伺い、群れを率いる事になるかもしれません。そのゴブリンは、より大きな脅威になる事を留意してください」
俺は敢えて、語気を少し強くして、
「魔物は死ねば魔石を残し、身体は魔力の霧として霧散します。逆に身体が消えなければ、ソレはまだ生きています」
新人冒険者が命を落とす理由の多くが、それだ。
その油断や躊躇で、俺より一回りも若い子達が何人も死んでいる。
「また、仮にソロで複数のゴブリンと遭遇した場合は、一匹のみを注視するのは危険です。手立てがなければ迷わず撤退を。冒険者で一番大事なのはダンジョンで利益を得る事ではなく、無事に生還する事です。その為の準備はどうか怠らずに」
大きく息を吐き、熱くなりかけた頭を冷やす。
「さて、周辺にはこの一匹のみのようなので、今回はこれで終えようと思います。新人冒険者がソロでゴブリンの群れを相手にする際の注意点もありますので、ご要望があれば制作しようと思います」
流石に、彼女達の様におっさん一人が「またね」は気持ち悪いので、
「ご視聴ありがとうございました」
お辞儀で締めた。
録画を停止して、一安心だが……。
「――これで良いのか?」
需要があるかが、不安だった。
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