序章ー第 Ⅰ 話:始まりの唄

「このゲーム、控えめに言って超クソゲー(泣)」

壁際でスマホゲーム相手にぼやく男子生徒。

もしアニメ化されていたら、おそらく泣きながら悔しがっている事だろう。

彼の名は、子日修平。

俺――七草透晴の親友だ。

そして此処はオカルト研究部。

通称「オカ研」。

部員は驚異の十三人。

『オカルト研究部』というワードにロマンがあるのは認めるが、少し人気がありすぎるのではないだろうか?

もしかしたらオカルトガチ勢で、この世の裏側を解明せんとする、精鋭部隊の集まりなのか?

そう思っていた時期が、俺にもあった。

だが、実際蓋を開けてみれば……幽霊部員達の巣窟だったのだ。

“部活には入りたくない”が、“何らかの活動実績が欲しい”者達の駆け込み寺――それがオカルト研究部なのである。

そんな訳で。

当然の事ながら、日々黒魔法の研究や実験と称した謎の調合など行っている……訳もなく。

なんという事は無い、ありふれた日常を送っていた。

そう、平和な日常が続いていた。

1人の少女が我が部を訪れる日までは。



それはある日の事。

聞きなれないノック音が響いた後、入部して初めての相談者が現れた。

「あの……ここって、オカルト研究部で間違いない……ですか?」

相談者は少女1人。

アイスブルーの艶やかな長髪は、心なしか淡く輝いている様にも見える。

目元は前髪でほぼ隠れてはいるが、美しい装飾を施された眼鏡が髪の隙間から見え隠れしている。

そして少女がおずおずと俯いた顔を上げた時。

俺の視線は少女に釘付けになっていた。

仄かに赤みを帯びた桜色の瞳。

透き通った紅水晶ローズクォーツを思わせる瞳に、俺の意識は吸い寄せられ、心臓が一際強く鼓動を打った。

いわゆる――一目惚れというやつである。

「は……はい、合ってますよ」

思わず声が上ずってしまう。

急に込み上げてきた羞恥心と、謎の気まずさで、顔に熱が込み上げてくるのを感じた俺は、とっさに自分の手元に視線を落とす。

〔なんだ、なんだよコレ!? 心臓がめっちゃ跳ねてるんだけど!? これが一目惚れ……破壊力、えっぐ〕

戸惑う俺とは対照的に、修平はヘッドホンを外す事無くスマホゲームに集中している。

いや、訂正。

よく見ると視線が僅かに上向きになっている。

少なからず意識は来訪者に向いているようだ。

俺達2人の関心を向けられた少女は、僅かに気の緩んだ表情を浮かべたのも束の間、今度は鬼気迫る様子で来訪の要件を口にした。

「あの! とある島に私の父が調査に出かけたきり帰ってきません! 来週から夏休みだと思うので、どうか私の父を見つけて下さい。お願いします!」

唐突に舞い込んだ1つの調査依頼。

修平の指がピタリと止まる。

もちろん俺も。

目の前の女子が放つ、縋る様な態度が。

俺達の注意を引きつけていた。

「それは……どういう――」

戸惑う部員2人を見た少女は、気まずそうにスカートの裾を整えながら自己紹介を始める。「えと……私、高等部1年の花宮華恋と言います。よろしくお願いします」

軽く会釈した華恋さんにつられる様に、俺達も会釈を返す。

〔えーと、なんて話しかけよう……?〕

微妙な空気が場に漂い始める。

対応に悩んでいると、いつの間にかヘッドホンを首にかけた修平が、1つの座席を指差した。

「とりあえず、そこの椅子に座ってくれ」

静かな室内に、修平の遊んでいたスマホゲームの軽快な音楽がヘッドホンから漏れ出る。

正直、今の雰囲気には合わない音だ。

かと言って、重々しい音楽が流れでもしたら、それこそ気まずいというもの。

「おい、修平。スマホゲームの音楽が漏れてるぞ。少し音量を落とせよ」

「ん、そうか? それは済まない。お客人に対して失礼な態度だったな。うむ!」

慣れた手つきでデータの保存をした修平は、スマホとヘッドホンを机の上に置いた。

「済まない、お客人。オレは子日修平という。宜しく頼む!」

元気そのものといった様子で挨拶をする修平。

相変わらず遠くまで響き渡る声質だ。

部室中に響く声を聞いた華恋さんは、苦笑いをしながら「よろしくお願いします」と遠慮気味に挨拶を返している。

〔そういえば、俺も挨拶してないな〕

自己紹介をする為、席を立った俺は華恋さんと向き合う。

「初めまして。俺は高等部2年の七草透晴。よろしく。呼び方は、そうだな……『スバル』って呼んでくれると嬉しいな。それで、花宮さんの事は何て呼べばいい?」

「よ、よろしくお願いします。私の呼び方ですか? それでは……名前で呼んで下さい」

お互いに簡単な挨拶を交わした後、俺は来客用の椅子と机を用意する。

「ごめんね。これまでウチの部に来客が来た事なくてさ。粗末な座席だけど、気を悪くしないでもらえると助かるな」

軽く世間話をしながら華恋さんを座席に誘導した俺は、自分の座席に戻って背筋を伸ばした。

「それじゃあ改めて。コホン……ようこそ、オカルト研究部へ。それで。華恋さんの相談内容は、お父さんを捜して欲しい、で合っているかな?」

可能な限り柔らかな声で相談内容を確認する。

コクリと頷いた華恋さんの表情は、浮かないものだった。

「はい。赤羽群島という島に調査に行ったきり、戻ってこないんです。何でも民俗学の分野で興味深い歴史が記録されていたようで。その他にも、未知の怪異についての伝承が存在していたとか」

ぽつりぽつりと話し始める華恋さん。

彼女の父親についての情報も、少しだが話してくれた。

「父はこの学校の教授だったんです。花宮繁晴、という名前に聞き覚えはありませんか……?」

「あー! 花宮先生か! そっか。確かに苗字が同じだね。確か、専攻は社会民俗学。それから――」

「伝承学。特に妖魔科、民間儀式科を担当していました。父の専門分野でしたから」

乾いた笑みを浮かべながら、花宮先生についての情報を補足してくれる。

だが、どうにも引っ掛かる。

〔今の態度。まるで皮肉を込めたような――お世辞にも尊敬している、っていう感じじゃなさそうだな〕

自分の父親の事を話しているにしては、表情が明るくない。

俺から外した視線を斜め下に向けた所を見るに、何か表立って言えない様な事でもあるのだろうか。

いずれにしろ、もう少し詳しく話を聞いてみる必要がありそうだ。

とは言え、他人の家族の事についていきなり切り込むのは、いくら何でもプライベートな話題に過ぎる。

ここは無難かつ必要な情報から集めるとしよう。

「その……警察には?」

「もう相談しました。でも、捜査を打ち切られてしまって……」

「打ち切り、か……ちなみに、お父さんはいつ頃から行方不明に?」

俺の質問に、一瞬考えこんだ華恋さん。

だが、すぐに答えが返ってきた。

「最後に父の姿を見たのは、3カ月前だったと思います。丁度、赤羽群島に調査に向かう直前です」

「そう言えば、花宮先生が不在になったのも、3カ月前くらいだったな……新年度早々に、理由も明かさず居なくなったのは、そういう事だったのか」

気がかりだった事象に、1つ合点がいった。

「それで、その。父を捜して貰えるんでしょうか? 私は……どうしても父に会わなくちゃいけないんです!」

しびれを切らしたかのように、身を乗り出して最初と同じ質問をぶつけてくる華恋さん。

「そうだね……現状、花宮先生についての情報が少なすぎる。それに、理由を誰にも話さずに赤羽群島という場所に向かったのも、引っ掛かるな…………ごめん、華恋さん。この件、一度修平と話し合ってからでも良いか――」

「行く! 行こう! どうやって行けばいい!?」

「そうだよな。ここは慎重に……って、はあ!?」

即答だった。

しかも修平の奴、途中まで暇そうに、というか完全に興味なさそうにしていた癖に!

いつの間にか興味津々といった様子で瞳を輝かせていた。

「だって、なんか面白そうじゃないか! 明らかに訳アリという空気がビンビンだ! そう、これは! 、というやつだ! それで? どうやって赤羽群島ってところに行くんだ!?」

無駄に声が大きい。

というかそんなに面白いか、この話。

明らかに地雷案件だろ。

だが修平の悪い癖は今に始まった事じゃない。

それは親友である俺がよく知っている。

現実リアル仮想空間ゲームに置き換えて楽しむ、生粋のゲーム脳ゲームジャンキー

それが子日修平という人物なのである。

「ったく。ま、良いか。どの道、赤羽群島に行く方向で説得する予定だったしな。それじゃあ、華恋さん。案内を頼んでも良いかな?」

ニッ、と快活に笑って見せる修平。

対する俺も、軽く口角を上げて返してやる。

臨む所だ。

色々と引っ掛かる事も、分からない事も多い。

けど――

〔惚れた弱みってやつかな。まあ、まだ一目惚れ、言ってしまえば一方的な愛だけど〕

何よりも。

女の子が不安がっているのに、放置して我関せずといった態度を取れる程、人でなしではない。

「……っ! それじゃあ!」

「ああ。俺達は貴女の相談、いや。を正式に引き受けさせていただきます。改めて、よろしくね。華恋さん」

微笑みかけて手を伸ばす。

最初は戸惑っていた華恋さんだったが、何を思ったのか。

柔らかな笑顔で握手を返してくれた。

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。スバル君」

そう。

まるで思考を読ませない、韜晦とうかいした笑顔を浮かべて。

〔……何か隠してるな。それも、恐らくとびきり重要な――この件の核心に迫る、何かを〕

いつもの勘だが、幸か不幸か。

この手の勘は、生まれてこの方一度も外れた事がないのだ。

つまり。

この感覚が意味する事は――

〔この依頼、難儀な事になりそうだな〕

心の中で、少しだけ警戒をするのだった。

「それで? 赤羽群島にはどうやって行く?」

握手を解いた俺は、この先の具体的な行動計画について話を切り出した。

「えと……赤羽群島へは定期船があります。父がよく利用していた宿泊施設なども知っているので、諸々の手続きは私がやります……やらせてください」

膝の上でキュッと拳を握りしめる華恋さん。

何かを覚悟したのか、とても真剣な――言い換えれば、非常に思い詰めた表情で提案してくる。

身内の厄介事に巻き込んでしまった事にでも責任を感じているのだろうか。

「そんなに気負わなくても、って言うのはちょっと違うか。ねぇ、華恋さん。この依頼を引き受けると決めた以上、俺達はもう仲間だ。いきなり十年来の親友みたいにって訳にはいかないだろうけど、あんまり気を使わなくていいよ。俺達に出来る事なら協力するからさ」

少しでも緊張を和らげてあげたかった。

とはいえ、現状どうやって華恋さんに頼って貰うか。

その糸口を掴むのは、今しばらく観察する必要がありそうだ。

「……はい。その、ええと。ありがとう、ごさいます…………っ」

少し顔を俯かせて、か細い声だがお礼を言ったのが聞こえた。

頬が少し赤みがかっていると同時に、少しだけ安心したかのような表情を浮かべているのを、俺は見逃さなかった。

〔……良かった。少しだけでも信頼を勝ち取れたなら、嬉しいな〕

「うむ! 移動手段は解決だな! それなら後は情報だ! 華恋嬢は何か情報を持っているのか?」

何故か満足そうな態度で質問する修平。

恐らく修平なりに空気を読んでくれたのだろうが、やはりタイミングというか何というか。

〔少しだけ……そう。少しだけ、ズレてるんだよなぁ〕

そう思わずにはいられなかった。

「一応は。私が今知っている情報の全ては、父が保管していた手記から入手したものです」

そう言って鞄から取り出したのは、3冊の手帳と『鬼咲神社』という文字が刺繍されたお守り、そして布に包まれた骨の一部だった。

「これは以前父が赤羽群島について調べた手記です。実は父は以前にも一度件の島に行っていて……その時に記されたものだと思います。そして恐らく、お守りと骨は赤羽群島から持ち込まれた物ではないかと」

「ほう! 成程な! それなら、一番の手掛かりは手記か! どんな内容が書いてあるか、分かるのか?」

「えと。赤羽群島についての基礎的な概要、特に怪談について記されています。手記によれば、怪談伝説や妖怪伝説が絶えない島だと」

「そうか! それだけでも十分な情報だが、ウチの学校ならもっと詳しい事が調べられるかもしれないな! スバル、君はどう考える?」

修平にしては珍しく意見を求めてきた。

「同感だ。ウチの学校の資料館で調べた方が、より全体像が分かるかもな。歴史書庫、伝承書庫に妖魔書庫……少し時間はかかるだろうけど、手分けして調べれば効率が良さそうだ。華恋さんもそれで良い?」

「はい。異論はありません」

話がまとまった。

全員見合って一度頷く。

「よし! 今日から学期末まで、放課後は資料館で情報収集だな! 各員、最善の行動を期待する!」

謎に綺麗な敬礼を決め込んだ修平。

ニカっと満面の笑みを浮かべながら、大真面目に大仰な行動をして見せたからだろう。

俺と華恋さんは顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。

俺達の様子を見た修平は「笑顔なのは良い事だ!」と言って大きく二度頷く。

旅の始まりは無事、笑顔から始める事ができた。

この時、俺は1つの誓いを抱いた。

この先、何が起こったとしても。

〔華恋さんが無事にこの場所に帰って来られるように。俺達で彼女を支えるんだ〕

華恋さんの笑顔を護る為に。

そう、決意を固めるのだった――

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