春風と蕾
焔聖來(ほむらせいら)
ひとつの恋
少し肌寒い風が頬をすり抜ける。
朝7時20分はまだ暗く、何の音も聞こえない。
鳥の挨拶も、虫の寝息も、何も聞こえない。
聞こえるのは、頭の中に残る声だけ。
自分の想い人の声、ただそれだけ。
教室の前に来る。電気はついている。
靴を履き替え、中に入れば目が合うのは、
いつもスマホをいじる中辻晶(なかつじあきら)だ。
「おはよ。」
「相変わらず早いなぁ。」
「家にいても暇だしな。」
「そうか、、、。」
自分の席に座り、カバンを開ける。
筆箱を開け、ノートを開く。
メモしていた問題を解き始める。
音のない空間がまたやってくる。
苦痛とは、思ったことはない。なぜなら・・・
「あ、おはよう。」
「おはよう、、、」
自分の後に教室に来る、結木愛菜(むすびきまな)。
自分の好きな人だ。
「え、朝から勉強?真面目だあ。」
「まあ、合唱コンの後テストだし。」
「確かに、私もやろうかな。」
そうして、音のない空間の再来だ。だが、
自分の鼓動の音が絶え間なく響く。
出会って半年経った今でも、話すのは緊張する。
そうして、朝のホームルームの時間になった。
「えー、ひとつお知らせがあります。」
担任が口を開く。
「合唱コンがそろそろ始まります。なので、、、」
「実行委員ですか!?」
思わず大きい声を出してしまう。
「おお、そうだ。男女1人ずつなんだか、」
「僕やります!」
勢いよく手を上げる。何故なら、、、
「私もやりたいです。」
愛菜もやりたいと思っているのを知っていたから。
「おお、じゃあこの2人で行くからな。」
「愛菜、よろしくな。」
「よろしくね、堀田さん。」
「2人は放課後に2人でスローガンを決めてくれ。」
そうして、ホームルームは終わった。
1時間目の数学、何も集中できなかった。
好きな人と2人きり?緊張してしまう。
距離を縮める数少ないチャンスだ。
無駄にしないのが理想的だ。
そうして、給食の時間になった。
「堀田、良かったな。」
「うん、マジで嬉しいよ。」
「合唱コンまでに距離縮めろよ?」
「任せてよ。」
そうして、あっという間に放課後になった。
「じゃ、やろうか。」
「やっぱテーマから決めた方がいいかな?」
そんな他愛ない会話が続き、気付けば5時半だ。
「うーん、、、明日また話すか!」
「え?」
不満げな顔でこちらを見る。
「え、まだ話す、、、?」
「家に帰って電話とかしないの?」
「はぁ!!!」
そうか、その手があったか。
そしたら、まだ2人の時間は終わってない!
「じゃあ、9時半からでいい?」
「了解!遅れないでよ〜?」
「約束破ったことないよ、僕は!」
次の日の朝、やっぱり風は肌寒い。
昨日の電話も11時半まで続いた。楽しかった。
だいたいスローガンも決まりかけだから、
今日はパート分けの仕事になるかな。
そしてまた2人きりの放課後、、、!
楽しみな未来を想像して、気分が上がる。
「おはよう。」
「お、ちょっとテンション高いじゃん。」
「え、なんで分かんの?」
「男の勘?」
「聞いたことなさすぎ笑」
そうして、椅子に座る。
いつも通り勉強を始める。
10分ほど経って、違和感に気づく。
「遅いな、愛菜」
「気にしすぎだろ。寝坊だって。」
「そう・・・だよね・・・」
しかし、その日愛菜が学校に来る事は無かった。
どうやら、インフルにかかったらしい。
放課後、急いで電話をした。
「・・・もしもし?」
「もしもし!?大丈夫!?」
「心配しすぎ。大丈夫。」
「良かったぁ・・・」
「どう?寂しかった?」
「まあ、放課後会議は寂しかったね。」
「ごめんね、インフルかかっちゃって」
「いいよいいよ、愛菜は悪くないし。」
「パートは決まった?」
「うん。あと何決めるっけ・・・」
「歌詞と音覚えて練習でしょ?」
「ああ、そうか。」
「で、動画撮って修正して行く感じ。」
「なるほど理解。」
「あ、薬の時間だ。またあとでねー。」
「りょうかーい。」
そう言って、電話を切った。
電話越しの愛菜の声は、いつもと変わらなかった。
早く、治ってほしいな。
あれから1週間が経った。
「愛菜、やっぱソプラノがさぁ・・・」
「だよね、声小さいよね。」
「まずいね・・・」
3日後には合唱コンクールが始まる。だが、
まだ歌が完成しきれていない。
朝から早めに集合し、会議をする。
「対策として、アルトは減らしたけど・・・」
「足りないな・・・」
「どうするんだ?」
晶が質問する。
「これ以上アルトを減らすのはまずいぞ。」
「テノール・・・は無理か?」
「裏声を使える人は?」
「僕と・・・晶もいけるじゃん。」
「チッ、バレたか。」
「じゃあ、2人はソプラノでいい?」
「一回、それで行くしかないな。」
「はぁ・・・」
そうして、音楽の授業になった。
「みんな、行くよー!」
指揮者の愛菜が、合図を出す。
「晶、行けるよな?」
「仕方ないな・・・」
そうして、歌い始める。
(あれ?これいけるぞ・・・?)
(裏声の方が得意だからな・・・)
(あれ?バランス良い・・・!)
そうして、歌い終わる。
「めっちゃ良い!」
「ふぅ・・・」
「晶、お前うますぎな!」
「あ?普通だろ。」
「2人ともこのままお願いね!」
「了解!」
「うーっす。」
そうして、夜になった。
「愛菜、なんか改善点ある?」
「いや、本当に完璧だよ!」
「じゃあ、大丈夫かな。」
「喉壊さないでね!」
「えー?大丈夫かなー?」
「ちょっと、冗談でもやめてよ笑」
「大丈夫!じゃ、おやすみー!」
「おやすみー!また明日ー!」
そして、スマホを閉じる。
3日後、ついに本番だ。
僕はすでに決めている。
本番の後、告白をする。
自分の気持ちをきっちり伝えるんだ。
いけるかな?不安だなぁ。
「まあ、大丈夫!」
口に出して、落ち着かせる。
そして、あっという間に本番になった。
「みんな、優勝するよ!?」
「よっしゃ行くぞー!!」
「「「おー!!」」」
気合を入れて、体育館に向かう。
変に緊張する。手が震える。
体育館の冷えた空気が唇に触れる。
唇がゆっくり乾燥するのが肌で感じる。
寒いのに、変な汗もかいている。
暑いのか寒いのかよく分からない。
「やばい・・・」
不意に、口に出す。
「大丈夫、いける!」
隣から愛菜が励ます。
何故か、緊張が和らいだ。
だが、変わらず体は震える。
そうして、自分のクラスが歌う番になった。
指揮台に愛菜が立つ。
真剣な目で、クラス全員を見る。
目と目があう。その瞬間、
愛菜が一瞬笑った。気がした。
そして、歌い始める。
「あー、駄目だ、泣く・・・」
「良かった・・・良かった・・・!」
僕たちは無事、優勝する事ができた。
先生からも褒められまくりで、気分が良い。
「やっばい、ガチ嬉しい」
「みんなで頑張ったお陰だよ!」
「いやいや、愛菜のお陰だって!」
「堀田も忘れんなよ!」
そうしてクラスはお祝いムードになった。
放課後になっても皆んなで騒いで、5時になった。
「おい、そろそろ言えよ。」
「晶、そんな急かさないでよ!」
「堀田、お前はギリギリでチキるタイプだからな」
「誇張しすぎでしょ!?」
「いいから、いけよ!」
「うぅ・・・」
ゆっくりと、愛菜の元へ歩く。
「愛菜、ちょっとこっち来てもらっていい?」
「ん?どうしたの?」
そうして、階段の踊り場へ連れて行く。
「ちょっと、伝えたい事があって・・・」
「伝えたい事・・・?」
「あの・・・その・・・」
晶の声が脳内に響く。
『ギリギリでチキるタイプだからな』
分かってる。だから僕は昔、自然消滅したんだ。
もう、そんな失敗はしない!
「僕と・・・付き合ってください!!」
言った。
夕日が写る階段の踊り場で、甲高い声が響く。
言い切った後、びっくりするほど静かな空間に、
頬を赤くする男女が目を合わせる。
「・・・私でいいの?」
「え?」
「本当に、私でいいの・・・?」
「愛菜じゃなきゃ、こんな事言わないよ。」
「・・・実はね、」
「なに?」
「私、好きな人がいるんだ。」
「!?」
頭が真っ白になる。
好きな人がいる?なんで、このタイミングで・・・
頭が変に回転する。嫌なことを想像してしまう。
他の男と隣を歩く愛菜の姿。
一緒に電話をする愛菜の姿。
誰かと笑い合う愛菜の姿。
吐き気がする。倒れそうになる。
「その人は、いつも元気なの。」
ご丁寧に説明まで始めてしまった。
もう、僕の恋は終わったんだ。
「合唱コンも同じ実行委員で・・・」
「・・・へ?」
変な返しをしてしまう。
「面白くて、カッコよくて・・・」
「私の初恋の人。」
「・・・」
ああ、多分、僕は、
この瞬間の為に生きてきたんだ。
「だから、私で良ければ・・・」
「よろしくお願いします。」
「本当に!?本当に!?」
なんだろう、この感情。
初めてのような、久しぶりのような・・・
「じゃあ、今日一緒に帰ろう。」
「うん。あ、トイレ行って来るね!」
「じゃあ、先に教室で待っとく!」
そうして、階段を登る。
教室に戻ると、晶が近付いてきた。
「いけたか?」
「・・・」
「その顔・・・おめでとう。」
「ありがとう。」
「よくやったよ。お前は。」
「めちゃくちゃ嬉しいよ。」
「これから楽しめよ〜?」
「晶こそ。恋愛しなよ〜。」
「俺は良いんだよ。」
「なんで?」
「俺の恋は、今日終わったんだ。」
「え?どういう・・・」
その瞬間、全てを理解した。
「まさか・・・」
「俺は愛菜の気持ちがわかってたからな。」
「じゃあ、なんで・・・」
「俺は、好きな人を応戦する方を選んだんだ。」
「自分の気持ちより、好きな人が幸せならそれで良い。」
「本当に、そう思ってるのか?」
「・・・」
少し沈黙が続いた。
「・・・良いわけないだろ。」
「え?」
「今めっちゃムカついてるよ。殴りてえよ。」
「だろうね・・・」
「でも、いいんだ。もう終わった事だし。」
「告白は・・・?」
「彼氏持ちに告る奴がいるかぁ?」
「自分の気持ちも大事にしないと。」
「ああ、まあ・・・」
少し考える。
「そのうち、な?」
「・・・あ、愛菜」
「帰ろう?憙斗。」
「うん、じゃあな、晶。」
「じゃあな・・・」
2人が出た後、1人天井を見上げる。
「はぁ、チキンは俺か・・・」
夕焼けの帰り道。いつもの道なのに。
何故か初めての道のように感じる。
「ね、手繋いでもいい?」
「え、良いけど・・・」
そうして、2人で手を繋ぐ。
握り合えるなんて、思ってもいなかった。
いつも僕は最後で自信がなくなるから、
僕と愛菜を隔てる心の壁があったかもしれない。
でも、今日、その壁を壊せた。
不意に、夕焼けに2人の手をかざしてみた。
「どうしたの?」
「いや、なんとなく。」
愛菜の温もりを感じる。
生きていると、実感できる。
これから、どんな困難があったとしても、
2人で乗り切ろう、そう思えた。
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