昔、いじめられていた奴と友情は成り立つのか 少しずつ、距離は縮まる

森の ゆう

少しずつ、距離は縮まる

6 


山岸と会った翌週、俺は珍しく自分からメッセージを送った。


――時間あるなら、また話さないか。


送信して数秒もしないうちに、返事が返ってきた。


――もちろん。いつでも。


その返事を見た瞬間、心の奥で何かがわずかに動いた。

拒絶だけだった気持ちに、ほんの少しだけ別の色が混ざり始めていた。


会ったのは、駅前の小さなカフェだった。

山岸は落ち着かない様子で、コーヒーを両手で包むようにして座っていた。


「……無理して誘ってくれたんじゃないよな?」


「無理なら誘わない」


そう言うと、山岸はほっと息をついた。


沈黙が落ちる。

昔なら、この沈黙が怖かっただろう。

いじめられていた頃、沈黙は“何かされる前兆”だったからだ。


だが今は違う。

沈黙は、ただ沈黙としてそこにあるだけだった。


山岸がゆっくりと口を開いた。


「この前のこと……言葉にしてくれて、ありがとう。

お前がどう思っているか、知らないまま戻るのは怖かった」


「俺も、自分の気持ちをはっきり言えたのは初めてだったよ」


山岸は苦笑した。


「十年遅かったな」


「十年遅れても言わないやつは言わないさ」


その会話のあと、二人は昔話をした。

ただし“楽しい昔話”じゃない。

すれ違い、誤解、あの頃の空気——今になって初めて語れること。


不思議な感覚だった。


十年前の悪夢の中にいた犯人と、

今こうして普通に話している自分。


矛盾しているのに、どこか自然だった。


7 


店を出た帰り道、山岸がぽつりと言った。


「俺さ、本気で変わりたいんだよ。

誰かの痛みに気づける人間になりたい」


「……理由は?」


山岸は少しだけ笑った。

どこか寂しげな、でもまっすぐな笑みだった。


「お前に胸張って会いたいって思ったからだ」


その言葉が、胸の奥の氷をまた少し溶かした。


人は変われない——と思っていた。

いや、そう思わなきゃ自分を守れなかった。


けれど今、目の前の山岸は確かに変わろうとしている。


その姿を見て、俺もまた変わり始めていることに気づいた。


8 


別れ際、山岸が言った。


「今日……楽しかったよ。

こんな風に思える日が来るなんて、想像してなかった」


俺は少し迷ってから言った。


「楽しかった……かもしれないな。

昔の影が完全に消えるわけじゃないけど、

その影に飲まれない自分も、今はいるよ」


山岸はゆっくり頷いた。


「じゃあ……これからも話していこう。

答えを急がなくていい。

いつか“友達”って言葉が自然に出てくるまで」


俺はその言葉を否定しなかった。

否定する必要がなかった。


夜風が静かに吹き、二人の間に残る過去の影をそっと揺らした。


友情は成り立つのか?

まだわからない。

だけど——


過去と向き合う勇気があれば、未来はきっと変わる。


その夜、そう確かに思えた。

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昔、いじめられていた奴と友情は成り立つのか 少しずつ、距離は縮まる 森の ゆう @yamato5392

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